福ちゃんの散歩道

コロナ禍で関空での遊びも卒業、栂地区ウオーキングコースを中心に近場の日々の散歩で何か見つけよう。🚶‍♂️🚶‍♂️

澁野日向子 プロ 猛 チャージ ‼️首位でホールアウト ・・・結果はどうなるか❓ 結果は㊗️優勝です‼️⛳️ 世界11位にアップ‼️

2019-09-22 12:45:47 | 故郷
デサント東海クラシック
渋野日向子選手
8打差スタート 大逆転 ー13 トップで上がる。
2位申ジエ -12 残り5ホール どうなるか?





どうなるか❓

結果 ⛳️凄い‼️

㊗️

⬇️
大逆転劇


 ◆女子プロゴルフツアー デサント東海クラシック 最終日(22日、愛知・新南愛知CC美浜C=6437ヤード、パー72

 首位と8打差20位からスタートした渋野日向子(20)=RSK山陽放送=が8バーディー、ボギーなしの64で回り、通算13アンダーで大逆転優勝を飾った。今季ツアー3勝目。海外メジャーのAIG全英女子オープン(8月1~4日)を合わせ、今季4勝目を挙げた。2打差2位は台湾のテレサ・ルー(31)=太陽生命=らだった。

 日本女子ツアー史上最大の最終日逆転優勝は2002年広済堂レディスで11打差を大逆転した藤野オリエ。1998年の東洋水産レディス北海道の大場美智恵と並び、渋野はツアー史上2番目の大逆転劇を成功させた。スタート前はV圏外だったが、ツアー自己ベスト(今年4月のKKT杯バンテリンレディス第2日の66)を2打も更新する64。まさに“シンデレラ・チャージ”だった。

 世界を制した“スマイル・シンデレラ”が最終日で本領を発揮した。20位からスタートした渋野は前半は3連続を含む4バーディー。得意の後半で、さらにパワーアップした。10、12番でバーディーを奪った後、15番パー5では2オンに成功し、バーディー。ついに首位に並んだ。続く16番パー3では第1打をグリーン左のラフに外したが、残り約15ヤードのアプローチを直接放り込み、チップインバーディーで単独首位に立った。最終18番パー4では2・5メートルのバーディーチャンスにつけたが、惜しくも外れ、グリーンを囲んだ大観衆から大きなため息が漏れた。

 渋野が単独首位でホールアウトした時点で、1打差につける申ジエ(31)=スリーボンド=ら実力者がプレー中。まだ、勝負の行方は全く分からない状況だったが、ここで、天も渋野に味方した。渋野がプレーを終えた直後に風雨が強まり、後続の選手のスコアが伸び悩んだ。ホールアウトから約1時間30分後、渋野の優勝が決まった。

 渋野は昨年までツアー獲得賞金は0円。今季、全英女子オープンの優勝で約7200万円の賞金を手にしているが、日本ツアー獲得賞金は先週まで9203万4570円でランク2位。今大会の優勝賞金1440万円を加え、生涯&今季の獲得賞金は1億643万4570円となり、大台を突破した。24試合目での生涯獲得賞金1億円突破は、17試合目となる先週の日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯で達成した畑岡奈紗(20)=森ビル=に次いで日本人2番目のスピード記録。元世界ランク1位の“レジェンド”宮里藍(27試合)を超えた。

 賞金ランク首位を走る韓国の申ジエを猛追。ツアー本格参戦1年目で賞金女王も見えてきた。

以前




デサント東海クラシック







最終ランキング


賞金ランキング




LPGAツアー第29戦『第50回デサントレディース東海クラシック』(賞金総額8,000万円、優勝賞金1,440万円)大会最終日が9月22日、愛知県美浜町・新南愛知カントリークラブ美浜コース(6,437ヤード/パー72)で行われ、渋野日向子が通算13アンダーで大逆転優勝。

20位タイから、1日で8打差をひっくり返すミラクルVだった。
通算11アンダー、2位タイは申ジエ、上田桃子、濱田茉優、李知姫、テレサ・ルー。(天候:曇り 気温:26.5℃ 風速:5.1m/s)

 50回大会のフィナーレは、LPGA史上に残る大逆転劇。ツアー史上2位の大差をひっくりかえした。ヒロインは、渋野日向子。8打差をひっくり返した。シンデレラはまたも奇跡を起こす。

 「優勝した私が、たぶん一番驚いている。これほどのスコアが出るとは思っていなかった。また、ノーボギーでプレーできるなんて、まったく考えていない。8打差がついた昨日、たぶん(優勝は)無理だなぁと感じたから、きょうは最後の最後まで、悔いを残さず攻めることが目標です。18番のバーディーパットは外れたけど、悔いはありません」と短い間に、1日を振り返った。

 とはいえ、もっとも印象に残ったのは、「きのう、きょうと(台風17号の影響で)天候があやしい。雨にも降られなかったし、朝のうちは風がないとか、終わってみれば、心から幸運でした」とも。

 それはそうかもしれない。渋野がホールアウトすると、なぜか風が強くなりはじめ、時折、雨も…。勝負は時の運とはいわれるが、改めて神の子ではないか。そんな印象をもったファンもたくさんいたに違いない。

 序盤からアグレッシブだが、安定感は抜群。4番から3連続バーディーを奪って加速する。ただし、いつものような笑顔はなかった。パー3の16番までは-。第1打を外して、ボールはグリーン左のラフへ飛び込んだ。

 「1メートルぐらいに、寄せられるかなぁ」と、手応えがあった14メートルのアプローチは、見事なチップインバーディーだった。その瞬間、右手の拳をギュッと握りしめ、少ししてから笑顔がこぼれる。この日、8つ目のバーディーで、通算13アンダーとして、単独首位に立つ。

 あとは申ジエ、テレサ・ルー、イミニョンという最終組の状況しだい。しかし、実力者トリオは、スコアを伸ばせない。ホールアウトしてから、優勝が決定するまで90分間、プレーオフへ備えて準備を行った。あえて、「途中経過は確認しませんでした。パッティング練習を頑張るぞ。そんなことを考えていた」と話した。

 AIG全英女子オープン優勝で、一気に周囲の環境が変化。シブコフィーバーが巻き起こる。「ツアーに出はじめた頃、試合に出られることだけでうれしかった。でも、全英の優勝後は、当たり前のように、試合へ出させていただけます。うまくいかないプレーで、感情を出してしまったこともある。ゴルフを楽しむことができなかった」と、笑顔の裏の苦悩を明かした。

 しかし、「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯が終わって、何かが吹っ切れた。自分へ、プレッシャーをかけていたのかなぁ。(連続オーパーパーなしの)記録が途切れて、なぜか、ありのままの自分に戻ることができた」と、屈託のない笑みを浮かべている。今回の優勝で、年間獲得賞金が1億円を突破。1位の申ジエと1千万円差に迫り、2位へ浮上した。

 「実感がわかない。ルーキーイヤーからの1億円プレーヤーは、なかなかなれないことでしょう。予想をしていなかった結果ばかりです、今年は。だから、(私も)なかなかついていけない。ただ、期待されることはやりがいも多い。結果を出せば、多くの皆さんが喜んでくださいます。私は、そんな恵まれている環境にいるのですよね」と質問に答えながら、もう一度、足元を確認。

 無限の可能性をアピールした凱旋優勝で、次なるターゲットを宣言した。「皆さんが思っている、賞金女王かな」。残り10試合、シンデレラ伝説は一気にエピローグへ向かう。

(メディア管理部・鈴木 孝之)


作陽高校

昔は(小生高校生の頃)女子高校だったが、現在は共学だ

岡山県北 津山市 人口約10万人弱

サッカー部は全国大会の常連であり

多くのJリーガーを輩出、

2014ワールドカップ日本代表の青山敏弘は

ここ作陽高校サッカー部の出身。

女子プロには 5名

藤本麻子 ・・・・出身は津山市

東博子 ・・・・岡山県勝田郡

西木裕紀子 ・・・・神戸市

澁野日向子 ・・・・岡山市

丹 萌乃 [タン モエノ] ・・・・愛媛県

●知らんかった

オダギリジョーもここ作陽高校の卒業生なんだって!

●飛ばし屋№1(平均318ヤード)、今売り出し中の幡地隆寛

在学時に日本ジュニア3位の成績を挙げている。


最新の情報
渋野日向子が自己最高の11位に浮上 畑岡奈紗も1ランクアップ【女子世界ランキング】
9/24(火) 7:01配信 ゴルフ情報ALBA.Net

最新の女子世界ランキングが発表され、国内女子ツアー「デサントレディース東海クラシック」で今季国内3勝目を挙げた渋野日向子は自己最高位となる11位に浮上。トップ10が見えてきた。


首位と8打差からの大逆転劇を演じた渋野。奇跡的な勝利を経て、これまでの最高位12位を更新する結果となった。

日本勢1番手は1ランクアップで6位とした畑岡奈紗。日本が誇る黄金世代2人が世界でもトップクラスを維持している。

日本勢3番手は26位の鈴木愛。4番手は52位の比嘉真美子。以下、56位の上田桃子、59位の河本結、65位の勝みなみ、67位の成田美寿々、77位の小祝さくら、83位の稲見萌寧、84位の穴井詩、87位の原英莉花、93位の岡山絵里と、トップ100に13人が名を連ねる。

米国女子ツアーが休みのため、上位陣に大きな変動はなし。コ・ジンヨン、パク・サンヒョン(ともに韓国)、レクシー・トンプソン(米国)、イ・ジョンウン6(韓国)、ブルック・ヘンダーソン(カナダ)のトップ5に変わりはなかった。

(撮影:村上航)<ゴルフ情報ALBA.Net>

女子ゴルフ 穴井ー13 ・渋野・濱田 ー12 、並んでいる。熾烈です ❗️穴井選手 優勝🎉残念 渋野選手 3位でした‼️‼️

2019-08-18 11:30:18 | 故郷
熾烈な試合ぶりですね〜



本当に面白い試合の様子ですね〜

穴井選手 ー13で 単独首位ですね〜



残念だった


本当にお疲れ様でした

岡山へ里帰りリフレッシュして下さい!


結果 穴井選手優勝


穴井詩-炎の最終日 POで今季初V

LPGAツアー24戦『NEC軽井沢72ゴルフトーナメント』(賞金総額8,000万円、優勝賞金1,440万円)大会最終日が8月18日、長野県軽井沢町・軽井沢72ゴルフ 北コース(6,705ヤード/パー72)で行われ、穴井詩が通算14アンダーで今季初優勝を飾った。勝負はイミニョンとのプレーオフへ。1ホール目で穴井がパーをセーブし、LPGA通算3勝目を飾った。注目の渋野日向子は17番まで首位を並走。しかし、18番でボギーを叩き、惜しくもプレーオフ進出はならなかった。(天候:晴れ時々曇り 気温:27.0℃ 風速:3.1m/s)

 パット・イズ・マネーは勝負の鉄則。今季、初優勝を飾った飛距離自慢の穴井詩がしみじみと勝因を語った。「それほど、ショットでチャンスをつくったわけではない。パッティングで頑張った感じです」。プレーオフは初体験だった。しかし、1ホール目で10メートルを2パットでパーセーブ。通算3勝目を飾る。

 「初めてのプレーオフに手足がガタブルしていた。自信はありません。だって、緊張しいだから」と明かす。しかし、最終日のスタート前からファイターの覚悟をもって臨んだ。「きのう、17番で池へボールを入れてしまった。そのおかげで燃えていたのです。絶対に取り返すという気分。また、(上位へ)追いついてやろうと思っていた」という。前半、3バーディーを奪取。

 勢いが加速したのは12番。12メートルのバーディーを奪い、続く13番で7メートル、そして、14番は3メートルを沈めた。3連続バーディー。さらに、16番で7つめのバーディーを加えた。65をマークし、首位でホールアウト。戦況をみつめていたそうだ。

 指定練習日のことである。穴井は渋野日向子とラウンド。「そうなんです。GOLF5の選手がいて、そこに入ろうとしたら、渋ちゃん(渋野)もいた。失礼します、と後からソッと…」といい、「いやぁ、本当にうまい。すごくショットが上手。それだけではないなぁ。すべてでした」。もちろん、プレーオフへ、その渋野も加わると思っていたが、「私も待っていた。入れてくるのではないかと…」と、さびしそうな表情を浮かべている。

 2016年にツアー初優勝。翌年、2勝目をあげたが、3勝目にはなかなか手が届かない。今季もトップ5フィニッシュが6回もある。「単純に、まだ力がたりないなと思います。こんなレベルでは、優勝はできない」と控えめだが、「若手に刺激をいただいている。渋ちゃんの笑顔をみると、すごく元気になるでしょう」。

 今季の賞金ランキングは4位に躍進した。「1億円は超えたいと思います」と目標を口にしながら、「今回の賞金で、タブレットのPCを買いたい」。ご褒美はつつましかった。

(メディア管理部・鈴木 孝之

珈琲の漢字の由来は❓ご存知ですか❓知りませんでした〜❗️ 津山は珈琲の街:故郷 ‼️

2019-08-15 08:30:00 | 故郷
FBでの情報で びっくり‼️ 珈琲の漢字の由来は津山藩 蘭学者 宇田川榕菴 が発案者とは!

コーヒー飲みながらアップ

小生宅 珈琲の木 もう 30年以上です 時折 実ををつけます。チョット見直しました❗️

冬は宅内・夏場は玄関横日陰で

珈琲の文字由来・・・以下、ネットコピーですが・・・わかりやすい!

みなさんはコーヒーって飲みますか?

僕は休みの日の朝に飲むコーヒーが好きで日課になっています

ところでこのコーヒーって漢字で書くと「珈琲」って書きますよね?

当て字?ちゃんとした意味があるの?

ってなんとなくフシギに思ったのでシークしてみました!

日本のコーヒーの歴史は江戸時代から

そもそも日本にコーヒーが入ってきたのは18世紀末
当時鎖国していた日本と、唯一交易をしていたオランダ人によって長崎に持ち込まれました
このときカステラなんかも同じように伝わったんですよね
当時は今みたいに嗜好品っていうわけじゃなく、薬としての効果を期待されていました
ただこの黒い液体はどうみても怪しいですよね

日本人に浸透させるためにさまざまな名称が考えられました

「可否」「架非」「加非」「哥非乙」「黒炒豆」といろいろ考えられましたがどれも浸透しませんでした

蘭学者の宇田川榕菴(うだがわ ようあん)

そんな中、幕末の津山藩(岡山県津山市)で藩医でもあり蘭学者だった宇田川榕菴がオランダ語のkoffie(コーフィー)を当てて「珈琲」という用語を考案しました
これを自筆の蘭和対訳辞典に載せたことが後に浸透した始まりだと言われています
実はこの宇田川榕菴は日本になじみが無かった植物学や化学の書物を自分で翻訳しては造語をたくさん生み出しているんですよね
今では当たり前のように使っている「酸素」「水素」「窒素」「溶解」「細胞」など
教科書にはかかせない用語を造ったのも、この宇田川榕菴と言われていますね
すっごい人ですねー

「珈琲」の由来にはこんな意味があった
さてここで宇田川榕菴が造った「珈琲」にはどんな意味が込められているかシークしてみます
まず漢字そもそもの意味から見てみましょう

珈は「かみかざり」
珈は訓読みで「かみかざり」と読みます
いやもうこの時点でなんかすごい
珈なんて「珈琲」以外で使っているところをあんまり見たことないですからね

1文字でこんな読み方をするなんて知りませんでした

次に漢字の意味はどうでしょう
同じく「かみかざり」という意味と「玉をたれさげたかんざし」という意味があります
かんざしとは「玉飾り」ともいいますよね

これをよく覚えておいてください

琲は「つらぬく」

琲は訓読みで「つらぬく」と読む
こちらもこんな読み方があったなんて知りませんでしたね!
こちらも漢字の意味は「玉を連ねた飾り」
そう先ほどの「玉飾り」と同じなんです!
あと「かんざしの玉をつなぐ紐」を表しているそうですね

ということは珈琲という感じを二つ合わせて「玉飾りとそれをつなぐ紐」という意味になるわけですね
ここまでオッケーでしょうか?

玉飾りとそれをつなぐ紐」とは何のこと?

意味はわかりましたがなんのことやらさっぱりわかりません

ですが、この画像を見てものすごく納得しました!
これはコーヒーチェリーといって「コーヒーの実」です
完全に「玉飾り」じゃん!
枝が「それをつなぐ紐」とでもいうんでしょうか!
すごいですねー完全にシンクロしましたよ
なかなかコーヒーの実は見ることが無いですからねー

ちなみにこの実から取り出したタネを乾燥させたのが僕らが知っているコーヒー豆になってるんですよね!
しかしこの見た目から漢字字体の意味も合わせて「珈琲」という造語を造るとは…

宇田川榕菴はロマンチストだったんですかねー
あー深い
めっちゃ深いわー

以上ネットコピー

✳️津山は珈琲の町 町興しの一例

津山みんなカフェでは、私たちが焙煎したコーヒー豆をプレゼントしています。
(プレゼントは津山市近郊にお住まいの方限定です。)
みんなカフェでは、コーヒーの本格的な淹れ方を学ぶことができます。
あなたの隙間時間や空いている場所を使ってカフェをはじめる教室です。
津山はコーヒーの町。
珈琲という漢字は津山の蘭学者である宇田川榕菴(うだがわ ようあん)が考案したのです。
津山藩(岡山県津山市)で藩医で蘭学者だった宇田川榕菴がオランダ語のkoffie(コーフィー)を当てて「珈琲」という用語を考案したりだそうです。


✳️津山市も町興し応援しています
津山珈琲倶楽部 city.tsuyama.lg.jp/tcc/ #津山珈琲倶楽部


別の情報コピーですが

珈琲の語源

「コーヒー」はアラビア語でコーヒーを意味するカフワ(アラビア語: قهوة‎:qahwa)が転訛したものである。元々ワインを意味していたカフワの語が、ワインに似た覚醒作用のあるコーヒーに充てられたのがその語源である。一説にはエチオピアにあったコーヒーの産地カッファ(Kaffa)がアラビア語に取り入れられたものともいわれている。

この語がコーヒーの伝播に伴って、トルコ(トルコ語: kahve)、イタリア(イタリア語: caffè)を経由し、ヨーロッパ(フランス語: café、ドイツ語: Kaffee、英語: coffee)から世界各地に広まった。日本語の「コーヒー」は、江戸時代にオランダからもたらされた際の、オランダ語: koffie(コーフィー)に由来する。

日本では漢字で「珈琲」のほか「可否」「架非」「加非」「咖啡」などの字も当てられてきた。

漢字による当て字である「珈琲」は、津山藩医蘭学者の宇田川榕菴(うだがわ ようあん)が考案し、自筆の蘭和対訳辞典に記載したのが、最初であると言われている。


これ以外にも、「可否」(可否茶館)、「カウヒイ」(大田南畝『瓊浦又綴(けいほゆうてつ)』)、「哥非乙」(宇田川榕菴『哥非乙説』)などの表記も過去には用いられた。

なお、中国語においても、訳語に関して19世紀に試行錯誤があり、当時の日本語の当て字を借用して現在に至るものとされている。ただし、漢字は口偏で「咖啡」(kāfēi)と表記される。


         
Vol.19 榕菴のコーヒー研究

▲榕菴の描いたコーヒーカン

 (コーヒーの煮出し器)の図
 (武田科学振興財団杏雨書屋所蔵)
津山洋学資料館展示の復元品

カフェオレやエスプレッソ、カプチーノなど、今ではさまざまな種類があり、食生活に欠かせなくなったコーヒー。その日本への伝来については諸説がありますが、江戸時代の初めごろにオランダ人が出島に持ち込み、出島に出入りする通詞(通訳)や役人もコーヒーを飲んでいたことが『和蘭商館日記』などに記されています。
 さて、このコーヒーに興味を持ったのが津山藩の洋学者・宇田川榕菴です。榕菴はわずか19歳で「哥非乙説」という論文を書いています。当時まだ一般の人が口にすることのほとんどなかったコーヒーを、榕菴はいつ飲んだのでしょうか。
 「哥非乙説」をまとめる2年前、榕菴は養父の玄真とともに、将軍に拝謁するために江戸へやって来たオランダ商館長と面談をしています。こうした江戸参府の時にお土産としてコーヒーを贈ることがあったようで、この時榕菴もコーヒーを口にするチャンスに恵まれたと考えられます。きっと独特の色と香りに驚きながら飲んだに違いありません。
 後に玄真と榕菴は、幕府の仕事でフランス人ショメールが書いた『家庭百科事典』(オランダ語版)の翻訳に携わることになります。その訳本『厚生新編』の中のコーヒーの項目を担当した玄真は、榕菴の考えとして「えごの木と、図で見るコーヒーの木は形状がよく似ていて、味は淡白、微甘、油気が多く西洋の船がもたらすコーヒー豆と異ならない」と書き加えています。実験を大切にする榕菴らしく、他の植物と比べたり、またそれを実際に食べてみたりと、詳しく調べていたことが分かるのです。
 榕菴とコーヒーとのつながりはそれだけではありません。「珈琲」の当て字は、榕菴が考えたものといわれているのです。昭和初期に研究家がまとめたコーヒーの異名・熟字の一覧には「珈琲」について「宇田川榕菴自筆蘭和対訳辞書ヨリ。現代の【珈琲】の字は榕菴の作字なりし」とあります。作字とは、文字を新しく作ることです。しかし、「珈」も「琲」も旧来からある漢字なので、正確には字を当てた、ということなのでしょう。この辞書は、現在早稲田大学の図書館に「博物語彙」という資料名で所蔵されており、コーヒーの項目に「骨喜」「哥兮」などとともに「珈琲」の字があるのを確認できます。
 コーヒーは幕末に正式に輸入されるようになり、明治以降次第に人々の暮らしの中に広まっていきます。道端の自動販売機で手軽にコーヒーを買える今日の様子は、さすがに榕菴も想像できなかったことでしょう。

故郷チョット情報でした



余談ですが、澱粉という漢字も宇田川榕菴





㊗️渋野日向子、全英女子制覇「鳥肌立ちすぎて言葉にできない」…日本人メジャー42年ぶり快挙‼️

2019-08-05 04:30:00 | 故郷
渋野日向子がメジャー初出場で初優勝 日本勢42年ぶりの制覇
ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO) 8/5(月) 2:49配信

最終ホールバーディで優勝もぎ取る🏅 1打差


メジャー初出場の渋野日向子が快挙を達成した



偉業達成ですね〜
歴史に残る
凄すぎる




渋野、プロ実質1年目でメジャー制覇の快挙 周囲に恵まれ、豊かな環境で土台培う

ゴルフの全英女子オープンで優勝し、日本勢42年ぶりのメジャー制覇を果たした渋野日向子(20)は、プロテストを初受験した2017年には合格を逃すなど、決してスムーズに歩みを進めてきたわけではない。しかし周囲の人々に恵まれ、豊かな環境で選手としての土台を培ってきたことが実り、プロとして実質1年目で一気に大輪の花を咲かせた。
 渋野は、岡山市職員の父悟さん(51)、地元で体操教室の講師を務める母伸子さん(51)の次女として育った。幼い時から伸子さんの教室に参加し、さまざまな運動やダンスに親しんだ。ゴルフを始めたのは小学2年の夏。ゴルフ練習場に勤める友人の父から体験会に誘われたのがきっかけだった。

 その秋にはスポーツ少年団でソフトボールも始めたが、ゴルフもソフトボールも大好きな渋野を、少年団の指導者たちは積極的に応援してくれた。打撃を左打ちに変え、3年になって投球練習を始めたのも、体を左右バランス良く使うなど、ゴルフにも通じる動きを身につけられるようにと勧められたからだ。

 中学校ではソフトボール部がなく、学校に相談して男子しかいない野球部に入った。放課後の練習はゴルフと重なって休む日もあったが、朝練習には参加。2年になってゴルフで頭角を現す一方で、男子との体力差が大きくなったこともあり、顧問教諭から「もう一本に絞っていいのでは」と後押しされてゴルフに専念することを選んだ。

 ゴルフでは岡山県連盟のジュニア育成事業によりゴルフ場での錬成会に格安で参加。そこでは技術や結果より、ルールやマナーを重んじて指導された。中学で県ジュニア選手権3連覇。高校は自ら県内の強豪、作陽高を選んで寮生活を送って自立心も養い、全国高校選手権団体優勝などを経験して土台を培った。

 渋野は、自分の意思を尊重してくれる地域の人々に支えられ、ゴルフに偏らないさまざまな競技や動きを経験しながら、勝利至上でなくマナーを重んじて着実に成長した。早い時期から一つの競技に専念し、勝つことを求められて育つ選手が多い日本のスポーツ界の中では、異例とも言える。伸子さんは「日向子は地域の人々や環境に恵まれ、育ててもらった」と言う。渋野のトレードマークである笑顔には、自分を支えてくれた周囲の人々への感謝の思いも込められている。【石井朗生】
最終更新:8/5(月) 4:21
毎日新聞




TV放送でも





黄金世代」が大仕事 渋野、全英女子ゴルフV 縮小市場活性化に期待
女子ゴルフのメジャー今季最終戦、全英女子オープンで日本の渋野日向子が優勝。1977年の樋口久子以来42年ぶりのメジャー制覇を20歳の若さで果たした。98年11月生まれの渋野と同じ学年、98年度生まれの「黄金世代」が日米両ツアーを通じて18勝目の大金星。縮小一途の国内ゴルフ市場に活気をもたらすことはできるだろうか。
日米24勝を一人で挙げて、一昨年引退した宮里藍の影響を抜きに黄金世代の誕生は語れない。宮里が18歳の高3のアマチュアでプロツアーを制し、プロ転向したのが2003年秋。「藍ちゃんブーム」に触発され、小学生になったばかりの子どもがジュニアゴルファーの道へと足を踏み入れた。98年からメジャー優勝を重ねた朴セリの背中を追って強豪が続々と育った現在世界最強の韓国と状況はよく似ている。

そこへ14年に当時高1のアマチュア、勝みなみが15歳でツアー初優勝をなし遂げ、同学年のジュニアに火をつけた。畑岡奈紗は16年日本女子オープンで初優勝すると、プロとしての主戦場は米ツアーに置き、昨年の全米女子プロでプレーオフに敗れ2位となるなどこの世代のメジャー挑戦の先陣を切っていた。

日米24勝を一人で挙げて、一昨年引退した宮里藍の影響を抜きに黄金世代の誕生は語れない。宮里が18歳の高3のアマチュアでプロツアーを制し、プロ転向したのが2003年秋。「藍ちゃんブーム」に触発され、小学生になったばかりの子どもがジュニアゴルファーの道へと足を踏み入れた。98年からメジャー優勝を重ねた朴セリの背中を追って強豪が続々と育った現在世界最強の韓国と状況はよく似ている。

そこへ14年に当時高1のアマチュア、勝みなみが15歳でツアー初優勝をなし遂げ、同学年のジュニアに火をつけた。畑岡奈紗は16年日本女子オープンで初優勝すると、プロとしての主戦場は米ツアーに置き、昨年の全米女子プロでプレーオフに敗れ2位となるなどこの世代のメジャー挑戦の先陣を切っていた。

競争は激烈だ。女子のプロテストの合格ラインは黄金世代が受験を始めた17年に2アンダー、18年は8アンダーへと「急騰」。ジュニア時代は無名で、ソフトボールと二刀流を続けていた変わり種の渋野も、18年にプロの関門をくぐり抜けた。合格同期の河本結、原英莉花、1学年下の稲見萌寧がプロルーキーイヤーの今季そろって初優勝を挙げていることからもレベルの高さがわかる。


「日本のLPGAツアーからいきなりメジャー優勝。ツアー強化が実り、二重の喜び」と、日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長。渋野の今季国内2勝、そして全英女子はすべて4日間大会だ。東京五輪決定後、選手強化を目標に掲げ、4日間大会を増やしてきた施策が生きた。


宮里、男子の石川遼の登場で増え続けた日本ゴルフ協会のジュニア登録者数はピークの約1万5千人から減り始め、16年は1万1千人でそのうち女子が4200人。女子人気は根強いとはいえ、少子化の波はすでに押し寄せ、スターを輩出するジュニアのパワーダウンは避けられない。東京五輪の成功と、その先の日本のゴルフ界の未来図をどう描くのか。米ツアーを経由せず、日本から直接メジャー優勝者を出した今がまさに備えの時だろう。

2019/8/6付日本経済新聞 
(編集委員 串田孝義)