激変ニッポンの空 コロナで縮むANA・JALの翼2020/4/24 2:00日本経済新聞 電子版
新型コロナウイルスの感染拡大がニッポンの空を一変させた。空前のインバウンド需要を謳歌した状況が一転。入国者数は前年の1割の水準に急落した。ANAホールディングス(HD)と日本航空(JAL)は2020年1~3月期の連結最終損益が赤字だったもようだ。コスト削減のため、大規模減便に踏み切った。ただ、国際線と国内線が同時に需要を失うという前例のない窮地に打開策はなく、忍耐の経営を迫られている。
これから待ち受ける難路を告げる発表だった。JALは22日、業績を下方修正し、20年1~3月期が233億円の最終赤字(前年同期は442億円の黒字)になったもようだと発表した。従来予想に比べ400億円下回る。四半期の最終赤字は12年の再上場後初めて。
ANAHDも20日、20年1~3月期594億円の最終赤字(同331億円の黒字)になったもようだと発表した。四半期の赤字額は、開示を始めた03年度以来最大となる見込み。新型コロナ流行に伴う旅客者の急減が響いた。旅客需要が蒸発する異常事態に経営トップは身構える。
「とんでもないことが起きている。まだまだ底が見えていないし、先も見えていない」――。3月29日、羽田空港で取材に答えたJALの赤坂祐二社長は現在の状況をこう語った。
この日は羽田の国際線発着枠が拡張された記念すべき日。だが、新たに開業したばかりの第2ターミナルの国際線出発ロビーすら人影はまばらで「お客がどこにもいない」(航空業界関係者)。今の日本の空を象徴していた。成田空港内は人がほとんどいない状態だ(3月下旬)■国際線は両手で数えられる程度の数に激減
両社がどれほどの窮地に立たされているかは、現在の国際線の路線数から見て取れる。国際線はANA、JAL双方にとり、旅客収入の半分を占める経営の大黒柱だ。
例えば19年3月期に両社が国際線収入の3割弱を稼いだ北米。ANAの米本土向けの路線数は12路線から3路線にJALも11路線から2路線に減少した。
国際線の柱に育った中国もANAが21路線、JAL11路線から両社1路線に減った。中国当局が新型コロナの感染が海外から逆流するのを懸念し、検疫を強化したためだ。残った1路線も週1往復と、最小限の運航しか許されていない。
路線の大幅な縮小により、国際線の全体運航本数はANAが3月29日~4月24日までで556便と計画の1割程度、JALも3月29日~4月30日までで638便と同じく1割程度しか飛んでいない。日本と世界をつなぐ空路は今や両手でかぞえられる程度に減った。
空路が急減すれば、航空会社の業績をけん引したインバウンドも必然的に激減する。法務省の出入国管理統計によると、3月の新規入国者数は前年同月比94%減の15万2162人に落ち込んでいる。
政府はこれまで、訪日外国人旅行者数を20年に4000万人、30年に6000万人という目標を掲げインバウンドビジネスを振興してきた。東京五輪も延期が決まり、もはや20年の政府目標の実現は雲散霧消したと言っても過言ではない。
航空はインバウンド拡大をけん引する中核として期待され、航空会社も「ネットワークを広げることでお客様を日本に呼び込む役回りをしてきた」(ANA幹部)。インバウンドの右肩上がりを前提に積極的に路線を開設し、国際提携を進めてきた。それだけに新型コロナの影響が長期化すれば、戦略は根本的な修正を余儀なくされる。■多大な人員と設備で重い固定費 減便迫る構造問題
もっとも、需要が急減するなかでの減便は、航空会社が生き残るためにやむをえない。
航空産業は高額な航空機のほかパイロット、客室乗務員、整備士、倉庫、補修設備など運航に多大な人員と設備を要する。航空会社は固定費の割合が大きく、5割を超えることも少なくない。業界では座席の利用率が5~6割程度で採算ラインと言われ、下回ると途端に収益が圧迫される。需要に合わせた減便を素早く実行して変動費を抑えなければ、現金流出が急速に進み、倒産を招くことにつながる。
日本の航空会社は需給変動に合わせた減便で、テロや戦争に伴う旅客需要の減少という嵐を何度も生き延びてきた。「生命線」となったのが国内路線の存在だ。
国際線を減らしても、一定規模のある国内市場を頼りにできた。例えば、羽田―福岡や羽田―新千歳といった国内主要路線の利用者数は世界の国内線トップ10に入る。
だが、新型コロナは日本の航空会社の常識を塗り替えた。JAL幹部は「国内線も影響を受ける点が、従来と違う」と話す。2月までの国内線利用者数は前年同月比数%程度の減少にとどまっていたが、「3月以降にガクッと減少した」(ANA幹部)。
政府の緊急事態宣言が出されている今、5月の予約数はANAで19年比約9割減、JALで同約8割減と超低空飛行だ。国際線だけでなく、生命線の国内線も断たれ、逃げ場がない状況にある。■「コロナ影響、年間2兆円超えの恐れ」 リーマン危機以上のインパクトに
ANAやJAL、スカイマークなど民間航空会社でつくる定期航空協会(定航協、東京・港)は、日本の航空会社の減収額が2~5月までで5000億円に達すると見込む。08年のリーマン・ショックは年間で3000億円だった。新型コロナの影響は既にリーマンを大きく超え、「年間では2兆円を超える恐れもある」(同協会の大塚洋理事長)。
ANAとJALの資金繰りへの懸念はあるが、「財務は悪化するが、両社とも手元資金はあり、当面の健全性は維持される」(証券アナリスト)と冷静な見方が多い。JALは19年12月末で年間売上高の約2.5カ月分に相当する2964億円の現預金がある。ANAの自己資本は19年12月末で約1兆1600億円あり、短期的な業績悪化ならばしのげる。■20年の旅客収入 3140億ドル減収へ IATA予測もちろん、日本の航空業界だけが危機にあるわけではない。国際航空運送協会(IATA)は2020年の旅客収入が19年に比べ3140億ドル減少すると予測する。19年の55%分に相当する収入が吹き飛ぶ計算だ。
IATAは世界の航空会社が6月30日までの第2四半期に610億ドルの現金を失うとも予測。世界の航空会社の手元資金は平均で経費の2カ月分と言われ、異常事態の長期化は世界の航空会社に資金不足の危機を招く。
21日には豪航空大手のヴァージン・オーストラリアが経営破綻に追い込まれた。IATAのドジュニアック事務局長は「航空会社は商業航空の歴史の中で最も危機的な時期に直面している。一部の政府は支援に乗り出しているが、さらに多くが必要だ」と訴える。ヴァージンはコロナ影響で経営破綻に追い込まれた(シドニー)=ロイター今後の需要回復についての見通しも楽観論は退潮しつつある。03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)は流行が中国に限られ、終息後の航空需要はV字回復を見せた。
当初はSARS後のような需要の復活を見込む声もあったが、世界中でコロナが流行し、世界各国の入国制限が長引くとの声が多く聞かれる。「需要が戻るには数年かかる可能性がある。出張などビジネス需要はそもそも元に戻るか分からない」(航空業界関係者)との悲観論も浮上する。■米国は米航空会社の財政支援に動く 支援額は6兆円規模に
米政府はアメリカン航空など米航空各社の財政支援に本格的に動き出した。支援額は6兆円規模にのぼる。日本では定航協が政府に支援を要請。国内航空会社の減収額が年2兆円になる恐れがあることを前提に、政府保証付きの融資などを国に要望した。7日の緊急経済対策には日本政策投資銀行による危機対応融資の活用が盛り込まれた。
かつて日本の航空会社は事業の多角化を進め、バブル崩壊後に整理に苦しんだ。本業の航空分野に資源を集中して経営を効率にした結果、皮肉にも旅客需要の蒸発で存亡の危機に立たされた。コロナ禍は航空会社に新たなビジネスモデルの創出を迫る。羽田空港で機内への案内を待つ搭乗客。いつ空港の日常風景は戻ってくるだろうか
まもなく日本は大型連休を迎えようとしている。普段ならば旅情気分も高まるころ。空港でANAの機体に入ると、機内で流れるイメージソング「アナザースカイ」を聞き、日常から非日常の世界へいざわれる気分になる人は少なくないだろう。今、航空会社の眼前には思いがけないアナザースカイが広がる。平穏な空は再び戻ってくるのだろうか。
(企業報道部 井沢真志)
関空第2ターミナル
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