光りの「カナタニ」行くぞ!

日本の政治・経済・国防につてい情報発信します!
アジア情勢について情報発信します!
よろしく

自粛要請には"抵抗"する権利がある! Part 2 - ここが変だよ日本人! Interview

2020年10月04日 06時19分04秒 | 日記

自粛要請には"抵抗"する権利がある! Part 2 - ここが変だよ日本人! Interview

自粛要請には"抵抗"する権利がある! Part 2 - ここが変だよ日本人! Interview

 

 

2020年11月号記事

 

自粛要請には"抵抗"する権利がある!

 

忍び寄る不況。その原因は行政の「自粛要請」にある。

仕事を守り、雇用を守るために「抵抗」する人々の姿を追った。

(編集部 長華子、河本晴恵、竹内光風)

 


contents

ここが変だよ日本人! Interview

自粛要請には"抵抗"する権利がある! Part 2 - ここが変だよ日本人! Interview


 

ここが変だよ日本人!

 

Interview

 

アメリカ人は、政府と議論する

 

アメリカで長年、減税運動をリードしてきた活動家に話を聞いた。

(取材協力 西幡哲)

 

全米税制改革評議会会長

グローバー・G.ノーキスト

(Grover G. Norquist)1956年生まれ。ハーバード大学卒。全米税制改革協議会(ATR)会長。レーガン大統領の要請で同団体を立ち上げ、歴代共和党政権の税財政に関するアドバイザーを務める。トランプ政権にもアドバイスをしている。著書に『「保守革命」がアメリカを変える』(中央公論社)がある。

 現在、アメリカでのコロナ対策の問題は、ばかばかしい行政の規制にあります。

 アメリカでは、州知事の判断で、ロックダウン(都市封鎖)の実施と解除が行われます。すると、例えば厳しい都市封鎖をした州の方が、規制が緩い州よりも死者数が多く、経済も低迷するとなれば、判断ミスを犯したことになる。知事はその責任を取って、次の選挙で落選します。

 誰か賢い人や、委員会か何かが国全体のことを決めるのではありません。人々は、50州や多くの都市で採られた政策の結果を見て、「あの州は都市封鎖をしていないし、我々よりうまくいっている。都市封鎖は不要かもしれない」と考えるのです。規制緩和の最善の方法は、知事たちを競わせることなのです。

 このように、人々が結果を比較して判断する権限を持つことはとても重要だと考えています。

 

 

理由を尋ねてみる

写真提供:Matt Gush / Shutterstock.com

 日本で過度な自粛要請をじっと我慢している方々があちこちにいる、ということに驚いています。日本の皆さんは、政府や自治体が手を出しすぎないように反論する必要があると思います。

 叫んだり騒いだりする必要はありませんが、「政府が人々の生活に介入する範囲には限度がある」と、はっきりさせるべきでしょう。規制や要請について、政府が納得いく判断根拠を示さないときは特にそうです。

 アメリカでは、政府が「あなたはこうしなさい。こうしてはいけません」と言うと、人々は「なぜ?」と問い、よい理由がなければ、「私はそうしたくない。罰金のようなものは科せられたくありません」と言うでしょう。政府が市民生活に手を出しすぎると、こんなやり取りが起こるのです。

 日本と違ったやり方をしている、他の国や地方の例を指摘して取り上げてみてはいかがでしょうか。もし政府が「みんなこうしないといけない。この道しかない」と言ったとしてもニュージーランドのやり方は違いますし、アメリカやスウェーデンも違います。

「なぜ、スウェーデンは都市封鎖をしていないのに、都市封鎖をしたイタリアよりもうまくやっているのでしょうか」と聞いてみればいいのです。「これが極端な封鎖の例で、これは軽い自主規制の例です。どちらがうまくいったか比べてみましょう」と、いろいろな事例を手に入れて検証するのが一番でしょう。(談)


ピケティ氏の映画「21世紀の資本」を見てみた 貧富の格差は拡大している!?

2020年10月04日 06時14分04秒 | 日記

ピケティ氏の映画「21世紀の資本」を見てみた 貧富の格差は拡大している!?

ピケティ氏の映画「21世紀の資本」を見てみた 貧富の格差は拡大している!?

 

 

《本記事のポイント》

  • 資本は労働者のものになるため、資本家と労働者との二項対立は無意味
  • 貧しい者を無前提に善人だとみなすと、努力をして成功した人を正当に評価ができない
  • 神の見えざる手は、悪魔の手なのか!?

 

 

トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」が映画となり、今年5月より日本でも全国で順次公開されている。原作者のピケティ氏自身が監修し、出演もするほどの力の入れようだ。

 

本作は、資本が一部の者に集中し、持てる者はますます富み、持たざる者がますます貧しくなる様子を、歴史を振り返りながら描き出すノンフィクション映画。中心テーマは「格差是正」論である。

 

ピケティ氏の自論に基づき、映画は資本主義という仕組みを「利用」して、強欲な者が資本を増殖させことができる一方、中間層や労働者が次々に没落していく姿を描き出す。

 

この映画の中で、資本主義は悪者だ。資本主義は資本を持つ強欲な資本家のためにしか存在しない。資本の成長速度は速いので格差が生まれる諸悪の根源とされる。

 

20世紀、1980年代のレーガン大統領とサッチャー首相の新自由主義的な改革で、この格差が拡大。さらに2008年のリーマン・ショックで、資本主義に対する絶望が世界に広がった様子が描かれる。

 

映画には経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏、政治学者のフランシス・フクヤマ氏、フィナンシャル・タイムズの編集長など、数々の著名な学者がピケティ氏の主張を擁護する形で登場。

 

その上でピケティ氏は、この格差の解消は可能であるとし、格差を防ぐために、きわめて社会主義的な踏み込んだ提言をする。

 

 

資本は「資本家」のものではなく「労働者」のもの

貧困層へのまなざしは一見すると宗教的で、弱者への思いやりに満ちているかに見える。

 

映画では、リーマン・ショックや、ロボットが雇用を奪う未来などと混在させて描いているため、資本主義そのものが"悪玉″に見えてくる。

 

しかしリーマン・ショックは、本来なら家を買うことができない人々に、金融商品をつくって売りさばいたことに問題がある。またAIの発達による雇用減少は将来取り組むべき課題であることは間違いないが、それでもって「資本主義悪玉論」を主張するには、十分条件を満たしているとは言えない。

 

ピケティの議論の展開には、いくつもの問題がある。

 

一つは「資本家」と「中間層や労働者」とを、二項対立で捉えることは正しいのかという問題だ。

 

そもそも資本主義のもとでは、労働者は仕事に従事することで、知識やノウハウなどを手に入れ、資本を手に入れられる。その過程で、労働者は経営者の視点を得ていく。そうした者の中から将来の経営者が輩出されるのが資本主義社会であって、資本家と労働者とは、階級が固定されたものではない。

 

むしろピケティ氏の構図は、「持てる者」(=搾取する階級)と「持たざる者」(=搾取される階級)との階級闘争を終わらせれば、人類平等のユートピアが来ると考えたマルクスと瓜二つであるという批判を免れないだろう。

 

 

成功者は財産を相続したから生まれるわけではない

またピケティ氏は、マルクスの『共産党宣言』と同じく、格差是正のために、殊のほか「相続税」を重要視する。人生のスタート時点で相続される財産によって、有利に立つ者が出て、地位や権力が固定されるのを防ぐ必要があるというのだ。

 

しかし2016年の米大統領選の候補者のマルコ・ルビオ氏もテッド・クルーズ氏も父はキューバ出身だ。ルビオ氏の父はバーテンダー、クルーズ氏の父は牧師だったが、二人とも巨額の財産と呼べるものなどなかった。またレーガンの父は靴屋であり、サッチャーの父は雑貨屋で、質素倹約を旨とした家庭で育った。ビル・ゲイツ氏、ソフトバンクの孫正義氏、ユニクロの柳井正氏、楽天の三木谷浩史氏など、富豪の生まれは一人もいない。ということは富豪の子供であることが、社会的成功を決めるわけではないということになる。

 

これらの事例は、後天的に受けた教育や考え方などが社会的成功を左右するとことの証明ではないか。ピケティ氏は、資本所有に基づく格差が常に固定され、累積的に拡大するというが、それは事実ではないのだ。

 

 

貧しい者は無前提に善人と見なされると、努力して成功者になった者を評価できない

さらに、貧しい人たちは無前提に「善人」だ、とみなすのも問題である。貧しい人の中には、努力すべき若いころに、勤勉さを欠いた生活をしていた人もいるかもしれない。

 

また、羨ましく見える「富める者」は、人より創意工夫し、お客様を喜ばせるために余分に働いてきたり、共働き生活をしてきたりしたのかもしれない。

 

この世で、努力を積み重ねてきた人々に対する正当な敬意を払うべきであり、個々の事情を無視して、富める者は「悪い人」とくくるのは、努力を続け「良い種」を播けば、結果として「良い実」が実るという「縁起の理法」に反することである。

 

この点を如実に語るのは、ピケティ氏の守護霊である。大川隆法・幸福の科学総裁が収録したピケティ氏の守護霊の、質問者の以下の問いに対する返答に注目してほしい。

 

質問者が、「生まれながらの金持ちに対して『許せない』という一種の正義感は非常に感じられるのですが、努力して、付加価値をつくって、豊かになっていく人の正当性というものをお認めにならないのですか」と聞くと、同氏守護霊はこう答えた。

 

努力はね、経済学的にはね、まったく評価されないの。経済学には『努力』っていう言葉はないのよ。『経済学的人間は、みんな一定の行動をする』と想定されている。だから、『努力する人』と『努力しない人』を区別する理論は、特にないの

 

現代の経済学では確かに「努力する人」と「努力しない人」とを区別できない。だからといってそれを言い訳にして、努力しない人を、事実上高く評価する結果に陥れば、配分を求める人ばかりとなり、国は発展しなくなる。そのような結果を招来する経済学は、存在価値があるのかと疑問を持ってしかるべきだろう。

 

 

「結果平等」を目指す社会は、面白みのかけた"複数性″のない社会を創る

また「結果の平等」を目指すと非常に抑圧的な社会となる。イチローが高い年俸を得ているからといって、社会がその所得を奪うのが当然で、単純労働者と同じ賃金しかもらえないとするなら、最初からイチローは厳しい訓練や節制に耐えたのだろうか。

 

誰もが"ほどほどの鍛錬"しか行わなくなったとしたら、卓越した人を輩出できなくなり、子供たちは憧れの対象を失ってしまう。

 

そんな結果平等を目指す社会は、面白みのかけた、理想からは程遠い社会となるに違いない。経済的自由が侵害された社会は、ハンナ・アーレントのいう「複数性」が失われた社会を作ることに他ならない。

 

 

増税で勤労意欲が下がり、景気が悪くなれば、貧困層に打撃

最後に、経済的に根本的な点だが、強度の累進課税と相続税、そして財産権の否定までして再配分をする社会は、働く人のインセンティブを失わせる社会となる。勤労意欲が削がれ、社会の労働生産性は、下がってしまう。

 

しかも法の抜け穴をかいくぐって脱税にエネルギーを浪費する人が増えてしまう。それを裏付けるのが、本誌でも連載しているトランプ米大統領の経済顧問アーサー・B.ラッファー博士らの研究成果だ。トップ1%の所得は、最高税率と反比例するというのである。

 

しかもアメリカでは減税によりトップ1%(130万人)の富裕層の連邦レベルの歳入に占める負担率は増え続け、2015年時点で40%に達した。この数字は、下から数えて95%の約1億3000万人の納税額に匹敵する。これは減税すると金持ちを優遇し、資本がさらに格差を生むというピケティ氏の主張を否定するものである。

 

増税は景気を冷え込ませるので、貧しい人はもっと貧しくなる。一方、景気がよくなれば、すべての人の生活は上向く。「上げ潮はすべてのボートを浮かばせる」のだ。

 

 

神の見えざる手は、「悪魔の手」!?

ピケティ氏守護霊は、「アダム・スミスの言う、『神の見えざる手』は、『悪魔の見えざる手』なのよ。『人間が欲望のままにやったら、経済が発展する』っていう考えは、神でなくて悪魔だっだのよ、実は」と述べている。

 

しかし、アダム・スミスが霊言で述べているように、レッセフェール(自由放任)の思想は、ただ自由に放任し、人々を堕落させることを目指しているものではなかった。「『神の見えざる手』と言っているように、一定の理念、要するに、『神の望まれる繁栄』というものがバックにあって、その上で、各人の創意工夫による自由性を担保するということ」であったのである(『アダム・スミス霊言による「新・国富論」』)。

 

この点をはき違え、宗教的倫理性を失ってしまった現代の資本主義は責められなければならない。だが、「格差」を問題視して、大きな政府をつくることはもっと問題である。それは自助努力をする人を駆逐し、「貧しさの平等」しか実現できない。豊かな人は騎士道精神を発揮すべきであるのは言うまでもないが、富を生み出す人を尊敬し、チャンスの平等を認めるカルチャーなくして、繁栄する世界は開けないのである。

(長華子)

 

【関連書籍】

『現代の貧困をどう解決すべきか トマ・ピケティの守護霊を直撃する』

『現代の貧困をどう解決すべきか トマ・ピケティの守護霊を直撃する』

幸福の科学出版 大川隆法著

幸福の科学出版にて購入

Amazonにて購入

 

【関連記事】

2015年4月号 ピケティブームがあなたの給料を減らす - 本当の「資本主義精神」とは何か? Part1 格差問題

https://the-liberty.com/article.php?item_id=9241

 

2020年8月28日付本欄 トランプ大統領はなぜサプライサイド経済学を支持するのか(1) 「努力即幸福」の尊さを説くサプライサイド経済学

https://the-liberty.com/article.php?item_id=17537


錬金術の歴史を振り返る-中世ヨーロッパの錬金術I-

2020年10月04日 06時11分36秒 | 日記

錬金術の歴史を振り返る-中世ヨーロッパの錬金術I-

錬金術の歴史を振り返る-中世ヨーロッパの錬金術I-

 

 

HSU 未来産業学部プロフェッサー

志波 光晴

プロフィール

(しわ・みつはる)1957年、福岡県生まれ。神奈川大学経済学部経済学科卒業後、プラントメンテナンス会社、非破壊検査装置会社で働く中で理科系の研究者を決意。放送大学教養学部で理科系を学び、東京大学先端科学技術研究センター研究生を経て、同大学工学部より工学博士を取得。同大学先端科学技術研究センター助手、(財)発電設備技術検査協会鶴見試験研究センター研究員、(独)物質・材料研究機構上席研究員を経て、2016年よりHSU未来産業学部プロフェッサー。専門は、材料工学、非破壊検査、信頼性評価。著書に「環境・エネルギー材料ハンドブック」(オーム社)など。

今回からは、一般に最もよく知られている「ヨーロッパの錬金術」に入っていきます。

 

これまでの連載では、「錬金術の発祥の地」とされたエジプトから、錬金術がどのように他の地域に伝わっていったかを見てきました。それは、錬金術が先端技術とされ、錬金術に関わる人と文献が当時の覇権国家に吸収されていった歴史でした。

 

ローマ帝国に支配され、キリスト教が国教化された4世紀のエジプトでは、錬金術師たちは異端として弾圧されたため、中東の地に亡命しました。そして、エジプトの錬金術とインド、中国といったシルクロードの錬金術が、ササン朝ペルシアからイスラム帝国に受け継がれることでアラビアにその中心が移り、10~11世紀にはイスラム科学が黄金時代を迎えます。

 

一方、この時期になると政治的にはアッバース朝が衰退しました。中東からアフリカ、ヨーロッパのイベリア半島まで広がっていたイスラム帝国はキリスト教国に奪還され、しだいに衰退が始まります。ヨーロッパのキリスト教国家は、14世紀のルネサンス(文芸復興)、16世紀の宗教革命、17世紀の市民革命、18世紀の産業革命と呼ばれる社会変遷を経ながら、イギリスに代表される覇権国家への道を辿りました。

 

それらの流れの源流として、12世紀の中世ヨーロッパにおいて、錬金術はイスラム帝国からキリスト教王国(中世ヨーロッパ)へ、主にアラビア語の文献のラテン語訳を通じて流れ込みます。これは、14世紀のイタリアから始まる有名なルネサンスの前駆現象として、12世紀ルネサンスとも呼ばれています。

 

今回は、12世紀ルネサンスとも呼ばれるアラビアからヨーロッパへの導入経路と、中世以降のヨーロッパの錬金術の全体の流れを、HSU卒論(*1)でまとめられた内容と、参考文献(*2)を紐解きながら、見ていきます。

 

【参考文献】
(*1)丸山久美子著 『錬金術の研究-幸福の科学の視点に立って-』 HSU卒業研究論文、(2019)
(*2)伊藤俊太郎著 『近代科学の源流』 初版、中公文庫、(2007)

中国の名門大で「習思想」を必修化

2020年10月04日 06時06分05秒 | 日記

中国の名門大で「習思想」を必修化 【これだけ知っトクNews(10月3日版)】

 

「これさえ知っていれば、世の中の流れをつかめる」というニュースを、編集部がピックアップ。そもそモグラ博士が、ひと言コメントしてお送りします。新聞の代わりとして、ニュースチェックの習慣づくりに、ご活用ください。

 

  • (1) 中国の名門大で「習思想」を必修化
  • (2) 日銀短観で景況感の緩やかに改善も……
  • (3) 任命拒否で話題 「日本学術会議」とは?