京都つれづれなるままに

京都好きの旅日記。お寺、神社、グルメからスイーツまで!思いつくままに。

滋賀県 湖族のまち・本堅田をめぐる

2023年10月09日 06時54分00秒 | 日記
 9月28日は、滋賀県堅田へと来ました。
堅田は琵琶湖北湖と南湖の最狭部に位置し、古来より内陸部に北国街道が通じ、また、湖上交通の要でした。

① 堅田内湖





かっては琵琶湖の一部だった「堅田内湖」です。
今も"琵琶湖真珠"の養殖が行われています。

② 居初(いそめ)家(天然図画亭庭園).













堅田豪族のひとつで、下鴨神社の供御人の系図を引く旧家「初居家」の邸宅と湖東の山並みを借景とした庭園です。









敷地の南側に主屋、北側に米倉、文庫蔵などの建物群が並び、主屋から廊下で繋がった数寄屋風の書院があり「天然図画亭」の名のとおり琵琶湖を望む景色と庭園、書院とが一体となった庭園で「琵琶湖八景」のひとつに数えられています。



かっては琵琶湖の水位が高く舟から直接出入りが出来たそうです。

③ 祥瑞寺(しょうずいじ).









一休宗純禅師が華叟和尚の基で青年期の22歳から35歳までの13年間、ここで厳しい修行をした寺として知られています。

④ 浮見堂















正式には「海門山満月寺」と言う臨済宗大徳寺派に属する禅宗寺院です。

平安時代の後期、比叡山横川の恵信僧都源信が琵琶湖の湖上交通の安全と人々の救済を願って建立したと伝わります。







龍安寺 世界文化伊遺産

2023年10月08日 07時15分00秒 | 日記
 9月21日は、「祇園さゝ木」で美味しいランチを頂き、久しぶりに世界文化遺産にもなっている龍安寺を訪ねました。







参道脇の「龍安寺垣」がいい雰囲気を醸し出しています。

庫裡の入口で半券を渡して堂内へと入堂します。







直ぐに有名な"石庭"が広がります。
石庭内には15個の底石が配され、どの場所からも全ての庭石を見る事は出来ないように配置されています。





東西25m、南北10mの狭い?空間ですが、菜種油が混ぜ込まれた土塀は右手奥が低く築かれていて遠近法により実際より広く見せる様に工夫されています。

過去にイギリスのエリザベス女王が来られ、この庭を絶賛されてから外国人の拝観者が圧倒的に多いです。











また、方丈内の襖絵は今年の春に元首相細川護熙氏により奉納されたものです。
これで方丈襖絵40面が完成しました。
10月末までは第2期では襖絵40面(第1から第9までの龍)が公開されています。

(2019)に奈良薬師寺の慈恩院、京都地蔵院、建仁寺、正伝永源院と次々と襖絵や障壁画を奉納されています。



建仁寺小方丈に奉納された時にお願いして撮って頂いた写真です。
(お互いに若い、、、)

全てを拝見していますが、奉納の度に絵に躍動感が出てきているようです。
(彼も今年で85歳になられます。ご自分のペースで取り組んでもらいたいものです。)

後、数面の襖絵の制作も依頼されているそうです。





方丈裏にある“知足のつくばい(レプリカ)です。
徳川光圀公の寄進と伝えられています。

オリジナルは茶室「蔵六庵」(非公開)の庭園に据えられています。













龍安寺と言えば「石庭」が有名ですが鏡容池を中心とした庭園もまた、また、魅力が溢れています。

冬には塔頭寺院の西源院で名物の"湯豆腐"を頂く事が出来ます。
ゆっくり、ほっこり、美しい庭園を眺めながらの湯豆腐は"これぞ京都"感があります。

龍安寺の境内地は広大で約50万㎡(東京ドームの約10.7個分)もあり、視界に入る山々は全て龍安寺の所有です。



境内地にある朱山の麓には「朱山七陵」と呼ばれる三天皇陵を含む陵墓群があります。







中之島香雪美術館「茶の湯の茶碗-その歴史と魅力」

2023年10月06日 07時44分00秒 | 日記
 9月28日は、中之島香雪美術館で開催中の企画展「茶の湯の茶碗-その歴史と魅力」を観賞しました。

大阪メトロ四つ橋線肥後橋駅に直径した中之島フェスティバルタワー・ウェスト4階にあり交通の便が非常にいいです。





お寺の呈茶やたまに行くお茶会で見よう見まねの自己流ですが、お茶を拝見するのは楽しみのひとつです。









楽茶碗に天目茶碗、志乃茶碗、、、茶道の流派の数の多さもそうですが、種類があり過ぎます、、、









それぞれの茶碗には作陶家の強いメッセンジャーが込められているのは、形や釉薬の使い方から素人の僕でも感じ取る事が出来るのも魅力のひとつです。









割れてしまった茶碗もちゃんと継いで使う、、、そこに"美"を見いだすのも日本人の感性ですねー。









しかし、茶碗は"使ってこその茶碗"ガラスケース内では魅力が半減してしまうのが残念なところですね。









こちらのもう一つの魅力が神戸市香雪美術館内にある茶室「玄庵」の写しがある事です。









茶道藪内流燕庵の忠実に再現されたもので、数寄屋建築の第一人者だった故中村昌夫先生が監修を担当されました。





一部の壁が取り払われ、内部の構造がよく分かります。
構造ビル・フェスティバルタワーウェスト4階に造られ、まさに「市中の山居」です。





鎌倉時代の阿弥陀如来立像 名品を訪ねて

2023年10月05日 08時38分00秒 | 日記
 9月30日はJR東海「そうだ 京都、行こう。」の表題のイベントに参加しました。

このイベントを含めて後は今月14日の「中村先生と歩くふたつの屯所跡」と30日の「乗船付き!田邊朔郎のお孫さんが語る琵琶湖疏水記念館」の3イベントのみとなってしまいました。







一ヶ所目は浄土真宗佛光寺派のお寺「大行寺」です。



ご住職は女性僧侶の英月さんです。
本の出版や講演活動、また、まいまい京都のガイドを務められるなど多方面でご活躍されています。

今回、解説して頂くのは奈良国立博物館主任研究員の山口隆介先生です。
奈良博の研究員の方を講師に迎えるところがまた、「そう京」の凄いところです。







大行寺のご本尊阿弥陀如来立像は鎌倉時代の名仏師・快慶作の確証のある仏さまで国の重要文化財に指定されています。
この時代に多く製作された"三尺阿弥陀"の内の一体です。






(上記の資料は山口先生作成の資料からお借りしました。)

近年、奈良博がX線CTスキャン調査など詳しく学術調査をされ、体内には上端を折り曲げた紙製の包みが納入されているのがわかっています。

また、金属線をU字に曲げて輪をつくり、末端をぬじっています。この輪に歯を括っていたのかもしれないとの見解を述べられました。

施主が誰かの供養の為に快慶に阿弥陀如来立像の造立を依頼し、亡くなられた方の歯を胎内物として納入された可能性が高いとの山口先生の見解でした。

何年か後?に解体修理が必要になった際には、更に詳しい事が分かるかも知れないですね。   



浄土真宗のお寺では御朱印はされていませんが、参拝者からの要望が多いのでしょうか、"記念品"として書置きを販売されています。

次に蓮光寺へと向かいます。







蓮光寺の快慶作と伝わる負別(おいわけ)阿弥陀如来立像も鎌倉時代に造立された三尺阿弥陀で螺髪銅針金製。両手首先銅製です。



この像の特徴を共有する阿弥陀如来立像が一定数現存していて"雛型"となる特定の像が存在していた事が推測されるそうです。

山口先生の見解では快慶作ではなく、快慶と同じ工房の仏師の造立だろうとの事でした。







境内の墓地には、大坂夏の陣で敗れた長曽我部盛親公の五輪供養塔があります。









境内にある地蔵堂も特別に開扉して頂きました。
中には弘法大師作と伝わる駒止(こまどめ)地蔵菩薩像(石像)と観音菩薩立像がお祀りされています。



次に上徳寺に向かいます。









「そう京」イベントで何度も訪れている上徳寺ですが、今回はご本尊の阿弥陀如来立像がメインです。

慶長8年(1603)、徳川家康公により建立され、開基は家康公の側室・阿茶局です。

本堂は何度も火災に遭い現在の本堂は永観堂禅林寺の祖師堂を譲られた建物物です。







元は江州鞭崎八幡宮にお祀りされていましたが、家康公がその縁起に深く感銘を受け、
ここ上徳寺に寄進されました。

三尺阿弥陀の形態を取り仏師・快慶作と伝わる阿弥陀如来立像です。
一般的な阿弥陀如来の印とは逆の右手垂下の逆手の阿弥陀さまです。

また、唇に水晶が入れられていて、像の生身性が強調されています。

こちらの像もX線による学術調査が行われていて、像内に縦約30cmの巻上の品一巻の存在が確認されています。

快慶作の仏像には銘記が入れられているものが多く、この阿弥陀如来立像も銘記が見つかっていないので快慶作との確信はないようです。





境内の墓地の一角にある"阿茶局の供養塔"です。「上徳院殿」の院号が刻まれています。

大河ドラマ「どうする家康」では家康の懐刀として有能なアドバイザー役として描かれています。



奈良博の主任研究員の山口先生の解説のもと、阿弥陀さまを拝んでいると、専門家の視線で話されるので、"目から鱗"な事ばかりで大変勉強になりました。






デュシタニ京都

2023年10月04日 06時57分00秒 | 日記
 9月26日は今月に開業された「デュシタニ京都」へ。






外観には木材が多く使われ"隈研吾"さんの設計かなぁと思わせる程です。



場所は下京区西洞院通沿いにある茶道藪内流燕庵の100mほど北にあります。









優雅で高いホスピタリティのタイ王国から名門ラグジュアリーホテルが日本初進出です。

最初に館内ツアーがありスタンダードツイン1室とスイートルーム2室を見学しました。











スタンダードでも約40㎡あり、空間に余裕を感じます。
窓には障子が使われるなど"日本"を意識した部屋になっています。











こちらは2部屋あるスイートルームのひとつで約100㎡あります。
さすがに広さに余裕を感じます。

館内ツアーを終えて、もうひとつの楽しみのランチコースです。
今まで本格的なタイ料理は経験がないのでより一層期待が膨らみます。



先ずは、器に入れられた水で手を清めます。
昔のタイでは今の様にスプーンとフォークを使わずに手で食べていた"名残り"が残っているのでしょうね。







厨房も今の流行りのオープンキッチンになっていて、タイ人と日本人の料理人スタッフがチームワークよく調理されてしました。













辛いと思われるタイ料理ですが、香辛料の後から旨みが追って来ます。

日本人向に多少辛さを調整されていると思いきや、本場タイの料理をそっくり再現されているそうです。

大阪のカレー専門店「インディアンカレー」で鍛えられているからでしょうか?刺激的な辛さは感じなかったです。











最後にはお茶とデザートまでついて充実のランチコースでした。







後、コーヒーが欲しかった、、、

日本の、また、京都の要素を多く取り入れたホテルですがタイ王国を思わせる場所や展示物も随所に取り入れられ異国情緒を感じるホテルです。