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グローバル工場---機能の階層(4):在庫管理のトラブル

2012-02-10 | ことばとグローバルシステム
前回のグローバル工場---機能の階層(3)の続き。


                         工場機能の階層図
     出典:筆者著“生産管理の理論と実践” COMM Bangkok、2010

(2)レベル1:購買管理、在庫管理、受注管理
このレベルは、左から右に流れる川に例えることができる。工場外から直接材料を購入して、社内工程で加工して完成品を作る。その完成品を製品として顧客に出荷する。淀みなく、かつ絶えることなく流れる川、これがレベル1の理想である。

1)レベル1の位置づけ
レベル1の購買管理、在庫管理、受注管理の主役は品物である。その品物の品目コードと名称は、すべてレベル0で定義したものを使用する。品物の仕入先と製品の販売先もレベル0で定義したコードと名称を使用する。品物を正確に特定することがレベル1の基本条件である。

レベル1で把握したいろいろな数量をレベル2の生産計画(MRP)に伝える。具体的には、購買管理が把握している発注済みの品物とその数量、在庫管理が把握している直接材料、仕掛品、完成品の在庫数、受注管理が予定している製品とその出荷数、これらをレベル2の生産計画(MRP)に引渡す。

レベル2はレベル1から受取った数量にもとづいて生産計画を立案し、その結果は後日生産実績としてレベル1に現れる。これはレベル1とレベル2の間のフィードバックシステムであり、どちらかが欠ければこのシステムは機能しない。

実際には、レベル1の流れは、図のように単純なものではない。図の左の材料購入は、世界の津々浦々を網羅するサプライチェーンである。工場内の仕掛品は社内工程と国内外の外注工場を行き来する。また、製品の出荷先も世界に広がる。

たとえば、多国籍製造業のレベル1をイメージすると次のようになる。製品戦略に合わせて米国、日本、シンガポール、英国に工場とハブ倉庫を配置する。世界各地から受注した製品を在庫のあるハブ倉庫で引当て、すばやく顧客に届ける。工場のハブ倉庫は空港のすぐ近く、駐車場の金網の向こうには駐機場が見える。製品は隣の空港から毎日定期便で世界各国に飛び立っていく。このような光景が目に浮かぶ。

2)在庫数量の把握
在庫管理には、品目コード、在庫場所、数量の3つの要件が必要である。ある製品Aがこの倉庫に30個あるといわれても、30個を探し出すのは難しい。小さな倉庫は別として、記憶で在庫を管理することは難しい。多くの担当者やロボットにとっては、倉庫の棚番Xに10個、棚番Yに20個、合計30個といった情報が必要になる。品目コード、在庫場所、数量の3点セットで在庫を物理的に把握することを実地棚卸という。

A.実地棚卸
実地棚卸は、月末や期末の会計報告のために実施する。この実地棚卸は工場を止めて従業員総出で品物の在庫を数える。直接材料、仕掛品、完成品、この他にダンボール箱や機械設備の補修部品などの間接材料の在庫も数える。この実地棚卸は、工場を止めているので、正しい在庫数を容易に把握できる。ここで把握した在庫数を金額に換算して、財務諸表に報告する。

B.生産管理に必要な在庫管理
生産管理に必要な在庫管理は、実地棚卸で確定した品目別の数量を起点に、生産開始とともにその品目の入出庫数を加減して最新の在庫数を計算する。この計算した在庫数を理論在庫という。実地棚卸のたびに理論在庫を修正し、生産開始とともに再び最新の理論在庫を計算する。もちろん、理論在庫と実地棚卸の差異はゼロが望ましいが、実際には差異がある。この差異が大きければ理論在庫は使い物にならない。

経験から得た目安であるが、従業員500人ほどのタイの日系工場であれば、生産管理用の理論在庫は工夫をすればエクセルで問題なく管理できる。【グローバルシステム---現状分析6(2011-11-26)の事例を参照】

500人以上の規模であれば、オンラインリアルタイムの在庫管理システムが必要になる。オンラインシステムでは、少なくとも直接材料の倉庫、工程の各職場、完成品の倉庫と出荷場にワークステーション(端末)が必要になる。このシステムでは、入力ミスを防ぐために品目コードはバーコードで入力するのがベストである。

3)在庫管理のトラブル例
ふたたび経験論になるが、国や業種に関係なく多くの工場は理論在庫の管理にさまざまな問題を抱えている。その原因は単純ではないが、最も多い原因はレベル0が軟弱、次に現場担当者の運用に問題がある。また、システムの機能はオンラインシステムが望ましいが、オンラインシステムでもレベル0や運用に問題があれば、在庫管理は失敗する。

ここでは在庫管理の典型的なトラブルを紹介する。ただし、紹介する例は、あくまでも過去に筆者が直面したトラブル、現在の話ではないと断っておく。また、必要に応じてトラブルの背景などを補足する。

なお、トラブルの国名としてタイが多いが、タイばかりでなく日本、アメリカ、ヨーロッパ、シンガポール、オーストラリアなどでもトラブルは多い。

A.品目コード付与のトラブル(タイ)
現状分析の結果、日本の本社工場とタイ工場の共通材料の一部で品目コード(品番)が違っていた。担当者は変換テーブルで輸出入の書類を処理していた。

担当者からのヒアリングによると、新しい品目コードの付与方法は、前任者から口頭で引き継いだが、付与ルールの書類や日本本社からの指導はなかった。当然の結果だが、実地棚卸や期末決算報告は月単位で遅延していた。工場では、受注を見た上での生産だったが、それにもかかわらず、デッドストックは年商額に対して非常に多かった。このような状況が続いていたが、現地の会計監査からの指導はなかった。

現状改善の第一歩として、生産工程の改善と生産基礎情報の整備、従業員の教育とまともな管理職の採用から着手した。

B.品目テーブルの内容トラブル(タイでよく見る例)
ある工場で生産指示書は手書き、割り込み生産、仕掛品の放置、当然ながら在庫管理は混乱していた。品目テーブルを分析すると品物の本名(本当の品目コード)、又の名、仮名、通称、昔の名前、入力ミスの放置、メーカー側の名前などが混在していた。購買、生産計画、受注の担当者達は、自分が担当する品目の在庫を独自のデータで自分自身のエクセルで管理していた。

このような状況のもと、各担当者は自分の在庫だけは正しいと信じていた。しかし、組織的な管理が不在、在庫の精度は低く生産計画や購買に使えるデータではなかった。日本の親会社から導入した生産管理システムは、長年稼動することなく眠っていた。

本社のデータベースや設計図面を手掛かりに約半年を費やして品目テーブルを整理し、エクセルの在庫管理を組織的な仕事として定着させた。エクセルの次は本社ITの支援を得てコンピューターによる在庫管理、その次は生産管理へと段階的なシステム化を計画した。

C.NG品や仕損品や切り屑など、スクラップの在庫管理(タイ)
社内工程のNG品やスクラップ、外注工程に無償で支給した材料から生じるNG品やスクラップも在庫として管理する。細かい話だが、これも基本的な仕事、手抜きをすればやがて大きなトラブルに結びつく。

在庫管理の現状分析でスクラップの売却は経理を含む特定の社内関係者と業者の裏取引と分かった。数量と金額は僅かだったが、組織的な不正を黙認すると禍根を残す。

工場では残業と休日出勤が常態化していた。もちろん正当な手当ては付くが、月末棚卸しの手仕舞いではコーラの一本ぐらいを出して労をねぎらいたい・・・そう思う工場長の気持ちも理解できた。しかし、予算がない。一方、社長は堅物(実際には話せば分かる人)なので話せない。そこでスクラップに目を付けた。棚卸しに立ち会う経理も黙認、裏帳簿の管理を担当した。

筆者の調査ではその動機には悪意はなく、理解できる点もあった。社長と関係者が意思の疎通を欠いた点も一因だった。裏帳簿を前に社長を交えた話合いの結果、各自の非は非として認め、予算を立てて再発防止策を取り決めた。現地の会計監査人はこの問題を看過していた?よく分からない。

D.部門間の連携不足による過剰在庫とデッドストック(タイ)
3000人規模のある工場は、素材加工、材料加工、最終組立の3つの部門で編成していた。大きな工場にもかかわらず、コンピューターシステムは貧弱だった。在庫は棚札とエクセルでの管理だけだった。

さらに、この工場は日本企業数社とタイ資本の寄合い世帯、部門間の競争意識、全体をまとめる経営者不在など、かなり複雑な背景があった。

エクセルの在庫情報を部門間で共有することは物理的に不可能、おまけに部門間の連携は希薄、各部門内の生産計画(エクセル)は存在するが全社的な生産計画不在の状態だった。

詳細は省くが、仕掛品在庫がストックルーム、通路、空きスペースに所狭しと、時には山積みになっていた。塵も積もれば山となる。3000人規模の工場から生じる塵は馬鹿にならなかった。財務データからは億円単位の過剰在庫や不要品やデッドストックがあちこちにあると分かっていたが、改善の動きは見られなかった。BOI免税の関係もあって【補足参照】、デッドストックの処分も先送りになっていたようだ。

事態を憂慮したタイ人女性経理部長の要請で現状分析を実施した。

筆者は突然に現れた日本人、十数人の日本人管理職には得体の知れない余計な人物に見えたのも無理はなかった。複雑な経営事情はさておき、四面楚歌での現状分析、しかし、現場従業員の協力で分析を完了した。分析の結果、日本人管理職たちの意識改革、コンピューターアレルギーの解消とシステム化への協力が必要との結論に達した。この課題を一つひとつ改善するためには、長期戦が必要と判断した。そこで、日系ソフトハウスにレベル0の再構築とシステム化を依頼した。

なお、現状分析を始めたとき、日本人社員達は口も利いてくれなかった。しかし、だれが見ても分かり易い工場の現状と改善方針(日英語)、職場を流れる約100種類の帳票(現物コピー)には説得力があった。

やがてコンピュータ部門の日本人管理職からコンサルティングの打診があったが、断った。理由は、日本人の経営陣の顔が全く見えず、不気味にさえ思えた。コンサルティングを引受けても、糠に釘だと思った・・・世の中は金だけで動くものではない。

ここで日米の比較だが、米国のベンチャー企業2社と7、8年コンサルティングで付き合った。2社とも経営陣と同じテーブルに就いてあれこれ議論した。時にはアメリカ本社のITや生産管理担当者の採用の面接も頼まれた。経営風土はオープン、創始者の言動に多くを学んだ。

【補足説明】
タイのBOI(Board of Investment:投資委員会)は「輸出製品用の原材料の輸入税免税」を認めている。しかし、免税された原材料で作った製品をタイ国内で販売または廃棄したときは、その免税額を税務当局に支払わなければならない。

E.日本とタイの連携不足によるデッドストック(タイ)
ある工場で数億円以上と思われるダンボール詰の不用品の山が倉庫からはみ出し、スコールにさらされていた。中身は良品だが、日本側の発注ミス、そのままタイ工場に品物を送り続けた。しかし、ある日、デッドストックの山がなくなっていた。ようやく処分に踏み切ったと思ったが、見苦しいので外部倉庫を借りて保管したとのことだった。

【補足説明】
タイ国内で焼却すればその費用とBOI免税分の支払が必要になる。しかも、デッド・ストックの焼却処分は大気汚染防止の法規制で簡単ではない。国外で売却すれば、焼却費とBOI免税の支払ともに回避できる。対症療法だが、周辺国で叩き売るプロジェクトの編成を提案した。これは誰でも思い付く案だが、誰かに言われてはじめて実行するのでなく、その前に会計監査と相談の上で行動して欲しかった。

その後、在庫管理を含む生産管理システムの導入プロジェクトが発足した。

なお、この工場の現状分析では、人件費が安いので日本ではやりたくない作業をタイに押し付けていることも見聞した。日本は不良債権やデッドストック(一種の不良債権)だけでなく“やりたくない作業”の“飛ばし”にも手を染めていた。

以上、典型的なトラブルを説明した。事例紹介はこの辺りで打ち切る。

日本はあらゆる面で空洞化が進行している。しかし、日本を脱出すればみなうまくいくとは限らない。海外に出て水を得た魚のように成功する会社がある反面、そうでない工場もけっこう多い。

海外でうまくいく工場は日本本社もうまくいっている。人材も厚く管理もしっかりしている。また、経営陣の顔がよく見える。しかし、目的は分からないが、中には海外に“できの悪い”人材を送り出す会社がある。そのような会社の海外工場は間違いなく傾き、その立て直しに時間が掛かる。

一般論では指摘できないが、海外工場に明白な問題点がある、経営者はなぜ気付かないのか、気付いていても確信犯のように黙殺するのか、とあれこれ気を揉むことが多い。時には日本人として残念に思うこともある。

学生の頃、先生から“君達は前途有望、ということは、現在はまだまだ駄目だということだ。頑張れ!”と背中をポーンと叩かれた。海外の日本の製造業には未完成な点や改善の余地が多い、逆説的に見ると日本の製造業はまだまだ前途有望、夢と希望がある。

その夢を叶えるには先ず、日本で襟を正して、改善すべきは日本で改善し、その上で進出すれば効率的である。海外でのトラブルは、多くの場合は日本に起因している。

“意思決定者不在の成行き経営”“郷に入れば郷に従え⇒良きに計らえ”“タイ人があきれる無能管理者”が海外に増加すれば、進出先の経済発展とともにその会社の採算性は悪化する。その時、会社は物理的には海外に存在するが、経済的には空洞化したといえる。海外のそのような実態を看過すると、日本は国内外での二重の空洞化に陥る恐れがある。これは想定できる危険性、決して忘れてはいけない。

以上、蛇足ながら一言付け加えた。

次回は、レベル2のMRP、工程管理の説明に続く。

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