韓国客船の沈没に思う
2014年4月16日、韓国の客船が多くの乗客を乗せたまま沈没した。まず、なすべきは犠牲者の救助と収容、これが最優先事項である。操船者全員逮捕などと話題をそらしてはいけない。
テレビで生々しい事故の映像を見ていると、いろいろな船乗り言葉が「ほのるる丸」元三等航海士の筆者を刺激する。その刺激で、ここに50年前の筆者がよみがえる。【参照:「今日からブログを始めます」(2010-08-26)】
1)ラッシング(Lashing:荷物の固定)
貨物船が港で荷役をするとき、航海士の最も大切な仕事は、積荷のラッシングである。実際の作業は、荷役会社の作業員と本船の乗組員の仕事であるが、航海士は陣頭指揮を取る。
ダンネージ(Dunnage:荷敷き板)、角材、ワイヤー、ロープ、チェーンなどで積荷を固定する。荷崩れの恐れがある重量物やデッキ・カーゴ(甲板積貨物)のラッシングは特に入念に、時には営業担当者や荷主も立ち会って出来ばえを確認した。重量物の積載では、積込み時の船体傾斜角度を10mほどの重り付き釣り糸で求め、単純な方法で重心の位置を計算した。
なお筆者の時代(=ほのるる丸時代)の話だが、船体の安定性は船の状態に応じて様々な方法でチェックした。例:Cargo Plan(貨物積付図=貨物の荷印、数量、重量、揚地、積載位置等を色別で示す船倉図面)と出港時の燃料、清水、食料&喫水(船首/船央/船尾+海水比重)から計算する方法、航海中のローリン周期や回頭中(旋回中)の船体傾斜でチェックする方法、重量物積載時の船体傾斜と喫水+海水比重から計算する方法などがあった。
2)荒天・・・ローリング(横揺れ)&ピッチング(縦揺れ)
東回り世界一周航路は、大圏コース(球面上の二点間最短コース=円弧:球面三角法)で太平洋を横断する。横浜を出て金華山沖からアリューシャン列島に向け北上、そこからアメリカ大陸に沿うように南下、パナマに向かう。
冬のアリューシャンは低気圧の墓場(低気圧が行き着き消滅する地域)といわれいつも荒れている。荒天が激しいときは通り抜けに3日程かかった。客船は静かな貿易風帯を東進するので、航海は快適だがその航程は長くなる。
大荒れの北太平洋では、片舷30~40°のローリングを繰り返す。大きなローリングでは、傾斜計が最大目盛(43°)を振り切るが、なぜか43°の数字が今も記憶に残っている。また、不思議なことに恐怖心はなかった。
激しいローリングとピッチングで、ときどきスクリューのレーシング(Racing)とハンマリング(Hammering)が起った。レーシングはスクリューが水面から飛び出し空転すること、スクリューにかかる水圧の変化でエンジンが高速と低速回転を繰り返す。時には船首が波頭に大きく持ち上げられ、船体が船尾方向にずり落ちる形で後退した。もちろん、速度計はマイナスになっていた。
ハンマリングは船首が波頭とぶつかり、水を浴びた犬のように150mの船体が10秒ほど身震いする。船体の共鳴(共振)である。ストッパーをかけ忘れた自室の引き出しは飛び出していた。(引き出し下部に1cmX3cm程のストッパーがあり、このストッパーを垂直にして引き出しの飛び出しを防ぐ)
このような荒天はめったにないが、荷崩れしないかとハラハラする。しかし、荷崩れしない。もちろん、船内に手摺りがなければ歩けないが、船酔いでは仕事にならない。握り飯が続くが、出るだけましと乗組員たちは感謝した。大学の同級生2人は、練習船の船酔いが辛くて宮崎の航空大学校に転校した。
【参考】
航海士は、荒れ模様になればローリング周期で船の安定性(復元力)をチェックする。この周期は、船ごとに異なるが、「ほのるる丸」の場合は12~13秒以上が危険な周期、もちろん、キャプテン(船長)に報告する。(「ほのるる丸」:長さ約150m、幅約22m、ブリッジ眼高約16m:水面上の目の高さ)
【経験】
名古屋港ですべての荷物を下ろし、軽荷状態で神戸に向け出港した。(軽荷状態:Light Condition⇒重心が高めになるので風波には要注意)
伊良湖岬を通過し太平洋に出たとき、突然海が荒れ始めた。筆者(三等航海士)が当直中のこと、ローリング周期が12秒、直ちにキャプテンに報告した。キャプテンは4番タンクにバラスト(海水)注入を命令、無事に神戸に入港した(バラスト注入で重心を低くした)。神戸で4番タンクの清掃に二百万円近くかかったと今も記憶している。
3)一流と三流の違い
一流の船会社や船乗りと三流の違いは明確、一流は航海中に荷崩れを起こさないとキャプテンに聞かされた。
三流会社の船では、荒天でハッチ(船倉)の積荷が暴れだすことがある。荒天で荷崩れを起こしても、海が収まるまで危険なハッチには入れない。最悪の場合は、転覆もあると聞いた。
筆者は4年間三等航海士を務めたが、幸い積荷の損傷事故は一度も経験しなかった。
4)キャプテン・ラスト(Captain Last:キャプテンはすべての人を退船させて最後に退船)
「船長最後退船義務」は「キャプテン・ラスト」の2語で広く世界に知られる通念である。
日本の船員法12条「船長最後退船義務」は、1970年の改訂で「義務」はなくなった。しかし、11条「在船義務」はそのまま残り、12条の解釈を含む議論が多い。その議論は長くなるのでここでは省略する。
遭難船から私服でこそこそと逃げ出す。それは、やはり「キャプテン・ラスト」に後ろめたさを感じるからであろう。その後ろめたさは、その先の人生に禍根を残す。船乗りが腕に巻く金筋は身分と責任の証し、金筋が多いほど責任が重いと教えられた。Captain LastはOfficer(士官)の基本的な責務である。
筆者はキャプテン・ラストを、船に限らず「最後まで逃げ出さない」で納得のいくまでなすべきことをなすと理解している。神は人に「あなたはいかに生きるか」と問いかける。その問いに筆者(船乗り)は「キャプテン・ラスト」と即答する。
ヨーロッパでは危険な河川航行が多い。当然、スタン・バイ(総員部署に付く用意)も多くなる。いつ何が起こっても対応できるように制服のままの仮眠が続いた。
韓国客船のキャプテン、羽田沖逆噴射のJALキャプテン、彼らは制服姿でなかった。もし筆者が救助すれば、直ちに現場に追い返す。それは、本人のためである。
参考知識:復元力
液体に浮かぶ浮体、たとえば船には必ず重心と浮心がある。下の図は重心と浮心の関係を示している。
図:重心と浮心の関係⇒復元力
図の説明:
重心=船全体の重量の中心:重心に働く力は船を押し下げる方向に働く。
重心にかかる重さ(トン)=排水量(トン)・・・1トン=1000Kg
船が傾いても重心の位置は変化しない。しかし、積荷が荷崩れすると重心の位置は変化する。
浮心=水面下の容積の中心:浮心に働く力は船を浮上させる方向に働く。
水面下の容積×海水の比重=排水量(トン)=船の重さ(トン)に等しい。
船が傾けば浮心の位置は変化する。
A 重心が低い場合
船を傾けると浮心が右に移動する。この時、重心は浮心の内側に作用するので、船は梃(テコ)の原理で元の姿勢に戻ろうとする。この「元の姿勢に戻る力」を復元力(Stability)という。
B 重心が高い場合
船を傾けると重心が浮心の外側になり、ますます傾きが大きくなりそのまま横転する。
重心が低い船の復元力は大きく(強く)、ローリング周期は短い。高くなるにつれて周期が長くなる(=復元力が弱くなる)。さらに高くなると僅かな傾きがさらに大きくなって船は横転する。ローリング周期が短い船をクランク・シップ、長い船をテンダー・シップと云う。テンダー・シップは、揺れが穏やか(tender:柔らか)で乗り心地は良いが、復元力が弱く危険である。
以上で(臨時)を終り、次回 ハノイ旅行に続く。