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脳梗塞とリハビリ(3)

2017-03-25 | 日本の将来
脳梗塞とリハビリ(2)から続く。

(3)リハビリ生活の中身
2)リハビリの本質
まず、リハビリの目的は、失った運動機能を取り返すことである。失った運動機能は手足の動きだけでなく、視覚や聴覚やバランス感覚など、目に見えないものもある。

具体的には、療法士の先生の動きを、何回も真似ながら失った動きを少しずつ取り戻す。その動きで、脳の中に新しい脳細胞の回路(ネットワーク)が生れ、動作の反復でその回路が活性化し、徐々に脳内に定着するという。

その論拠は、心筋梗塞では壊死した心筋は再生しないが、脳梗塞ではリハビリにより別の脳細胞が新しい回路を作り、失われた機能を補完する。心筋はOnly One、脳には使われない予備細胞が待機しているので再生が可能という。これが心筋梗塞と脳梗塞の違いだと先生たちに教えられ、絶望から希望が湧いてきた。

たとえば、筆者は体を右にひねると激しい目まいに襲われた。この症状に対して、輪投げの輪を10個左から右に移動、続いて逆方向の作業、これを繰り返しと徐々に目まいが改善した。この改善では、単に輪投げの輪の移動だけでなく、ベッドでのマッサージとストレッチも必要だった。さらにエアー・クッションを利用した骨盤の運動や平行棒での歩行訓練、また、平衡感覚を取り戻す目と首の運動や「同時並行動作」(後述)も必要だった。

リハビリを進めるにつれて、一つの症状に潜む多くの原因を探り当て、一つひとつを改善しなければならない。その作業から、人間は、脳という名のコンピューターと骨格・筋肉という名の動力系が構成する極めて緻密な生きものと知った。脳の指令であちこちの筋肉が動き、総合的に微調整を加えながら目的を達成する。80年近くも人間として生きたが、人体への無知さ加減を我ながら恥ずかしく思った。

動作の繰り返しで新しい脳の神経細胞の回路を生成することは、新しいコンピューター・プログラムを脳に刷り込むことに等しい。それは、今日の工場でみられる学習型ロボットに新しい動作を覚えさせるのと同じである。なお筆者の独断だが、脳内のコンピューターはデジタル・コンピューターでなく、アナログ・コンピューターに近いとみた。【補足1参照】
【補足1:コンピューター】
 今日ではコンピューターといえば、デジタル・コンピューターを意味する。しかし、1960年代のデジタル・コンピューター(デジコン)には、大きさ、計算速度、記憶容量、リアルタイム性に多くの課題があった。当時、デジコンとは別にアナログ・コンピューター(アナコン)も存在した。現在でも、微分回路(電気回路または機械的な仕組み)など、いろいろなアナログ系のシステムや機構が存在する。たとえば、このブログ冒頭の「ほのるる丸」の速度計は、ピトー管と回転子と回転円錐板から成る微分機構(メカ)だった。【参考:高校物理⇒距離を時間で微分=速度、速度を時間で微分=加速度】
 アナコンは電圧・電流などの強弱をそのまま数値に見立てて数値計算をするコンピューターである。数値の計測精度は低いが、変化への反応が速いというリアルタイム性に優れているため、制御系の分野で活躍した。
 さらに、アナコンとデジコンそれぞれの弱点を補完するために両者を連結したハイブリッド・コンピューター(Hybrid-computer)も存在した。ちなみに筆者がヒューストン大学で経験したシステム制御用のハイブリッド・コンピューターは32チャンネルのAD・DA変換回路(Analog Digital・Digital Analog Converter)がアナコンとデジコンを連結していた。当時、システム制御には便利だったが、小型化・軽量化には程遠い代物だった。
 デジコンとアナコンの大きな違いは、取り扱うデータにある。たとえば、デジコンが計算する数値は2進数(文字も2進値に変換)、他方、アナコンは電圧や電流の強弱(ボルトやアンペアの値)をそのまま使用する。人間が感じる温度、痛み、甘み、音などはアナログ系のデータである。
【補足2:神経細胞の伝播速度】
 新幹線が誕生した1960年代の中頃、運転手が前方に障害物を見付けてブレーキを掛けるまでの時間が新聞に載った。その記事で、神経細胞の伝播速度は、秒速約70mと知った。
 今日では、神経細胞の伝播速度は、情報の種類と伝達部位により異なるが、毎秒数mから100m程度といわれている。デジコンとアナコンが扱う電気や電波や光は秒速30万km(一秒で地球7回り半)、人間に比べて超高速処理が可能である。ただし、伝送する情報量は、データの圧縮やブロッキングの技術が介在するので伝播速度だけでは単純に比較できない。

ここで書物の引用になるが、イルカは知能、運動能力、コミュニケーション能力ともに優れた高等動物といわれている。講談社の「イルカと人間」(黒木敏郎著、1973年)には、“イルカやシャチの脳の神経細胞がヒトの十分の一程度と仮定しても・・・イルカの脳作用と同じ作動を行い得る計算機や制御システムを組み立てたとした場合・・・たいへんな重量と大きさになり、そんじょそこらの潜水艦に積んだら、ただその装置の重さだけで沈んでしまう仕儀になりかねまい。”とある。

潜水艦はさておき、21世紀の現在でもコンピューターはまだまだ発展途上、ハードとソフトの将来は計り知れない。リハビリの分野でもコンピューターの活用が進み、近い将来にはCAP(Computer-Aided-Person:コンピューターに支援された人=筆者の造語)と呼ばれる人が現われ、高齢化社会の様相が一変するだろう。

想像に過ぎないが、内装型(Built-in:埋め込み型)や外装型(コルセット、服飾品、装身具などの着脱型)の補助具が現われ、遠隔操作が加わると夢が広がり、同時に危険性も増す。たとえば、90歳のジイサンが、今日はハイキング、人工筋肉を付けて行こうなどといった具合である。この種の補助具は、すでに物流や介護の業界で実用化に入っているが、軽量化とポータビリティーが進めば高齢者たちの日用品になると思われる。その頃、車の自動運転や社会のロボット化が進み、技術の発達に応じた法整備も欠かせない。経済格差以前に知識格差が深刻になる恐れがあり、STEM教育の必要性も忘れてはいけない。【参照:2)STEM教育(ステム教育)、ヒューストン再訪(3)】

コンピューターの話で脱線したが、ここで3ケ月にわたるリハビリで気付いた自分の姿を紹介する。

3)リハビリで判明した自分の姿
昨年10月3日の脳梗塞発症で失った運動機能は数々ある。「失った」機能の中で最も厄介なのは、「失った」と認識できない「失った」ものである。ある日、突然顕在化して大きな混乱を招く「プログラム・バグ(虫)」(注)のようなものである。これは生命にかかわるので、リスク管理の対象になる。【注:コンピューター・プログラムの最終テストでも発見できなかったエラーをバグという。バグの発見と修正には時間がかかる。】

なお、幸か不幸か役所の要介護認定で筆者は「非該当」(2017/1/17)、「介護保険」は役立たずだったが、それでいいと思っている。福祉社会といえど最後は「自分の身は自分で守る」ことになる。

以下、日常生活に欠かせない幾つかの基本的な運動機能のリハビリを「対策」と「現状」に分けて紹介する。ただし、この説明は筆者の記憶と解釈であり、リハビリ病院の治療指針とは関係ない点に注意されたい。

◇片足立ち・・・二足歩行は片足立ちの連続:PT(理学療法)の課題
脳梗塞の前は小学生の孫とよく競い合ったが、小脳の梗塞で第一に「片足立ち」ができなくなった。

人間が立ち止まっているときは両足で体重を支えている。この状態から前進(後進)するとき片足立ちの状態になる。この時、入院生活で筋肉が落ちて片足で体重を支えきれない、ふらつく、不安定などが原因でうまく直進できない。特に、階段の上下は支える足に大きな力が働くので転倒の危険性も大きい。「高齢者⇒転倒⇒大腿骨骨折⇒寝たきり」は最悪、しかしこのケースは意外に多いという。リハビリ中によく注意された。

対策:
a.平行棒を利用した片足立ちの練習、歩行訓練では継ぎ足歩行は非常に難しく今も困難
b.エアー・クッションなどの器具を用いた骨盤運動&バランス感覚の回復
c.お手玉投げ&真後ろ(マウシロ)を見るように身体を左右にねじる運動
d.リハビリ室、院内廊下(訓練用の緩い坂あり)、院内庭園(訓練用に設計した小道、飛び石、階段、
  芝生斜面など)、公道、電車の乗降車、横浜駅の雑踏、スーパーやショッピング街などの先生同
  伴の歩行訓練・・・指、手、足裏の触覚、視覚、聴覚が察知する外部情報とそれに反応する脳の
  細胞回路の活性化と定着
e.不意に前後左右から押された時の身体の立て直し、細い道への対応、ジャンプなどの訓練

現在:
今年(2017)1月5日の退院時点では30分1.5kmていどの自立歩行が可能になった。階段の上り下りが可能だが、必ず手摺に手を掛けて転倒を防止する。これでPTの目標達成。

現在は、家内と二人連れで徒歩/電車利用の2、3時間の外出も問題なし。単独行動を避け、できるだけ毎日近くのスーパーに買い物とお茶に外出、3月一杯は週一の外来リハビリを継続。

「◇視認」に続く。

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