「5.展望(21):日本の食品・サービス」から続く。
1.農林水産省への要望
前回は、日本食と食文化を海外に普及させるようとする農林水産省の取り組みを紹介した。その結果として、2020年には日本食材の輸出額を1兆円にしたいという。ちなみに、2020年の世界の食料市場は、推定で680兆円という。
日本の食材と食文化の海外普及というが、それは抽象的で分かりにくい。しかし、たとえば郷土料理といえば少しは具体的になる。
筆者の勝手な解釈だが、観光地に軒を並べる食べ物屋のメニューには郷土料理が多い。その土地の食材をその土地独特の方法で調理した料理である。なお、筆者の経験では、観光地と郷土料理が一体になっているのは日本だけ、他の国では観光地と食文化は別ものである。
さらに、筆者の独断であるが、日本の食材と食文化の組み合わせを売り込む農林水産省の戦略は、日本の観光ビジネスの延長、郷土料理の料理教室のように見えてくる。料理教室で食材を販売するのであれば、その売り上げ目標はせいぜい1兆円程度であろう。しかし、680兆円の市場が相手では、1兆円の売り上げ目標はないに等しい。農林水産省は、目を覚ましてしっかりとして欲しい。
観光ビジネスの延長のような輸出戦略より、農業や水産業と食品加工業界を含む食品産業の近代化が最優先事項であると筆者は考える。まず、国内の食料供給体制と自給率の改善を目指して、最新のテクノロジーの導入と人材の育成である。その能力を確保した上で食材の輸出に乗り出すべきである。
たとえば、日本の農業においては品種改良や農機具の開発では実績がある。その上にバイオテクノロジーやロボットの活用を始めとする生産技術も充実してきた。近年のロボット展でも分かるように、工業製品の製造職場だけでなく食べ物の加工職場でもロボットが活躍し始めた。この意味で、今や食べ物と工業製品の生産の垣根は低くなった。特に、工業製品の生産には多くの国での経験が豊富、そのノウハウを食べ物の分野に移転することも可能である。
今は潮時、長期的な視野に立ってテクノロジーという名の満ち潮に乗るべき時である。その先には、近代的なテクノロジーを備えた日本の食品産業が、アメリカ(12.3兆円2010)は別としてオランダ(7.9兆円2010)やフランス(6.4兆円2010)と肩を並べるときがくる。これは、国土の広さや人口の数の問題ではなく、政策の問題である。
2.食に関するテクノロジー
次のリストは、筆者の目にとまった最近の新聞記事のタイトルである。これらは、現在の食品産業にみえる変化の兆候である。全文を掲げると長くなるので、ここでは要約と筆者のコメントを示しておく。
(1)できたて和食をそのまま世界に 冷凍技術に革命 2015/12/1 日本経済新聞 電子版
(2)飲食業にもIT 「完全ロボットレストラン」実現への道 2015/11/11 日経 電子版
(3)日本が先導 「魔法の泡」で起こす農業再生 2015/10/9 日経 電子版
(4)庭やビルでもウナギが育つ 陸上養殖が変える漁業 2015/9/14 日経 電子版
【記事の要約】
(1)できたて和食をそのまま世界に 冷凍技術に革命 2015/12/1日経 電子版
低コストで味を落とさずに冷凍できる日本発の独自技術が、世界の外食チェーンや冷凍食品業界のあり方を大きく変える可能性を秘めている。
■「おいしい」和食を世界中で
米中西部、カンザス州の片田舎に住む女性。日光の小さな日本料理店で食べた手作りの味を忘れられなかった。近くのスーパーを探したところ、「NIKKO」ブランドの冷凍の豆腐を見つけ、半信半疑で買った。ところがびっくり。日光で食べた食感や味、香りはそのままだった。
実現のカギを握るのが「不凍物質」と呼ばれる素材だ。冷凍する前にこれを食品に加えておくだけで、普通の冷凍庫でも解凍した後も解凍前と変わらない品質に保てるという。
■コスト抑え急速冷凍と「同等以上」の品質に
不凍たんぱく質はもともと1969年、米の研究グループが南極海に住む魚から発見した。しかし、これまで実用化されなかった。
「身近な生物にないものか」。関西大学化学生命工学部の河原教授が、カイワレダイコンに不凍たんぱく質があるのを突きとめた。この不凍たんぱく質はわずかに青臭いが、0.02~0.2%を加えるだけ、食材の味や色は変わらない。
■すでにあなたも食べている
化学メーカーのカネカが河原教授と協力して2012年、不凍物質を製品化した。すでに100社以上の食品メーカーなどに不凍たんぱく質を供給している。「多くの人はすでに口にしているはず」(カネカ)という。食材を新鮮な状態で比較的長期間保存できるようになったため、ある飲食店では「食品ロスを大幅に減らすことができた」という。
冷凍のフライや空揚げなどには「不凍多糖」という素材を使う。こちらはエノキダケに含まれている成分。揚げ物や酸性の強いヨーグルトの品質保持に役立つ。
海外メーカーでは遺伝子組み換えの不凍たんぱく質を使ってアイスクリームの品質を保持するケースはあるが、カネカの不凍たんぱく質は「世界で唯一の安心・安全な天然由来の添加物だ」と胸を張る。
数百万円単位の急速冷凍機とは異なり、追加の装置が不要でコストも安く、冒頭の日光の冷凍豆腐のように味はそのままで、地方の特産品を世界に届けることが容易になる。TPP発効後、日本の農産品を使った食品の輸出を後押しする大きな武器にもなりそうだ。
ただ、不凍物質はまだ発展途上にある。河原教授は野菜など生鮮食品を長期保存できる素材の研究も進めている。さらに、不凍多糖で飛行機の翼の着氷除去や雪下ろしの省力化なども研究中である。
【筆者のコメント】
この技術とロボット技術の組合せは製造リード・タイム(製造時間)のコントロールを容易にする。したがって、「もの造りのプロセス」に示した食品・サービス分野の「素材―加工―消費」と「流通」のプロセスに大きな変化をもたらす可能性がある。(5.展望(17):もの造りのプロセス2015-04-25参照)また、工業製品のように最終工程の海外進出も可能、100%Made in Japanの食品を現地で生産できるかも知れない。
(2)飲食業にもIT 「完全ロボットレストラン」実現への道 2015/11/11 日経 電子版
将来の人口減少は、飲食業に大きな打撃を与える。市場の縮小だけでなく、飲食店では人手不足が深刻化しそうだ。ここでは、接客ロボ、3D プリンター、人口知能の実例を紹介する。
1)【接客ロボ】 人間そっくり 常連の顔も判別
長崎の「ハウステンボス」が2015年7月にオープンした「変なホテル」は、フロントに女性や恐竜のロボットを設置したことで大きな話題となった。このロボットは、人間の代わりにチェックインやチェックアウトなどのフロント業務を担う。
ロボットはカメラと音声認識機能でリピーターと新規の客をほぼ間違いなく判別できるほどの精度を有するという。 価格は1体1500万円からと安くはないが、故障は少なく、30年ぐらいは稼働するという。
2)【3Dフードプリンター】 精緻な生地のデザートはお任せ
ものづくりの分野で浸透してきた「3Dプリンター」の技術をメーカー各社が新たな市場として、3Dフードプリンターを開発している。
ピューレ状(Puree:裏ごしでこしたもの)の食材を入れたカートリッジを内蔵、ノズルから食材を搾り出して薄い層を重ね、クッキーを作る。たとえば、造形後オーブンで焼き上げたクマのクッキー。サイズは長さ9cm×幅7cm。1枚を作るのに22分かかった。
台湾の展示会では予価1799ドル(約22万円)。今後、造形のスピードが向上すれば、店での使い勝手は良くなる。
3)【人工知能】 キーワードでレシピ生成、メニュー開発の負担軽減
米IBMの人工知能「ワトソン」を活用したメニュー考案サービス「シェフ・ワトソン」は、米国の人気料理雑誌「ボナペティ」に掲載された9000種類のレシピをデータとして持つ。
ウェブ上でユーザーが複数のキーワードを指定すると、ユーザーの希望を推論して、データを基にオリジナルのレシピを作成してくれる。キーワードには「焼く」「蒸す」などの調理方法、「日本料理」「イタリア料理」といったカテゴリーを指定できる。
ただし、現状では「実際には、口に合わない場合も少なくない。これをヒントに料理人が味を調整するという使い方が向いている」(日本IBM広報)という。
【筆者のコメント】
ここに紹介された接客ロボ、3Dフードプリンター、人口知能の実例は知能ロボットである。将来は、知能ロボットの活動領域が広がり、工程管理やメンテナンスまでもカバーする自動化率が非常に高い食品処理が実現すると思う。無人化と無塵/無菌化も進む。
(3)日本が先導 「魔法の泡」で起こす農業再生 2015/10/9 日経 電子版
静岡県菊川市の茶畑や田んぼが広がる一角に農業生産法人サングレイス(杉山社長)のトマトのビニールハウスがある。このハウスでは、10トンのタンクで小さな空気の泡と肥料をトマトの苗に送り込む。その結果、収穫量が約10%高まったという。空気中の酸素が土中に行き渡ることで「トマトの酸欠を防ぎ、トマトの成長を促す土中の微生物の動きが活発になった」(杉山社長)。
実は小さな泡の効能は以前から知られていた。キユーピーは小さな泡を一部のマヨネーズ製品に混ぜて、ふわっとした口当たりにしているという。汚れを浮き出す界面活性の作用なども確認されており、西日本高速道路(NEXCO西日本)はサービスエリアのトイレ洗浄に使う。
この小さな泡は従来の技術では最小でマイクロメートル単位までしか作れなかった。しかし、制御用機器大手のIDECは100ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度の小さな泡を作る技術開発に成功した。
■1ミリリットル(1cc)に1億個の泡
IDECと共同で研究している大阪大学の研究室、1分間に4リットルの微細気泡の水を生成できる。目には見えないが、 1ミリリットルの水に1億個の泡が溶け込んでいるという。
瓶に入った炭酸水をコップに注ぐと、はじめは炭酸の動きが活発だが、時間がたつと消滅する。微細気泡の場合は熱運動する水分子とのランダムな衝突により泡は浮上せず、水中に気体としてとどまる性質を持つため「半年間は消えない」(IDEC)。
■オールジャパンで国際規格化目指す
日本発の技術として売り込もうと、2012年には資生堂やパナソニックや大学、研究機関が組み、「ファインバブル産業会」(FBIA、約50社)を立ち上げた。微細気泡はまだ効果や効能がはっきりと分かっていないため、経済産業省は14年度に補助金を出すなど、研究の後押しに動き始めた。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は民間企業と協力し、タイで微細気泡を使った水質浄化に関する研究を始めた。
「ファインバブルの産業化に成功すれば地方創生にもつながる」(FBIA)。高知県では産官学のプロジェクトチームが発足。農業や漁業での有効活用をもくろむ。
経産省は微細気泡の世界市場が30年には12兆6700億円に達すると試算する。研究は日本以外の国でも進められているが、ナノレベルの細かい泡を発生させる装置を作る技術は「日本以外にない」(FBIA)。今後の有望株であることは間違いない。トマトのハウスでは酸素の気泡も研究中である(杉山社長)。
【筆者のコメント】
筆者が思い出すのは、気泡による船体と水の摩擦抵抗低減の効果である。高速潜水艦のイラストなどは1950年代の知識だが、現在も次世代船舶の分野で研究が進んでいる。液体中の微細気泡は流体力学の話だけにおさまらず、それだけ未知の部分も大きい。
(4)庭やビルでもウナギが育つ 陸上養殖が変える漁業 2015/9/14 日経 電子版
ジャパンマリンポニックス(岡山市)は小型で低コストのシステムでウナギの陸上養殖にのりだした。
■浄水装置を小型化 設備の初期投資は数分の1に
10トンの水槽を使う設備の初期投資は1000万円程度で、従来の数分の1。年間で約1万匹のウナギを育てることができる。微生物のすむ浄化装置を約1立方メートルと小型化した。浄水装置の小型化で電気代も削減。浄化した水の再利用で給水コストも減らせる。現在、湖などを使って行われているウナギ養殖にも、十分、コストで対抗できると考えている。
設備を導入した顧客には、稚魚の供給から、ウナギの養殖・販売、かば焼き用のたれの提供まで一貫して同社が担うサービスも提供、養殖事業に参入しやすくした。稚魚が安定して入手できるように、東南アジア種で年間約100万匹の割り当ても確保している。これまでに同社のシステムを導入したのは企業が中心だが、個人が導入した例もある。
■カイコを使いエサ代を削減
エサ代の削減も大切である。岡山市にある同社の研究施設では大量のカイコの幼虫を育成。これを冷凍、粉砕、エサの一部にする研究が進んでいる。また、アナゴやカワハギの養殖にもチャレンジしている。
【筆者のコメント】
かつての浜名湖近辺、東海道線の車窓を流れる100m四方ほどの小さな養鰻池、池の中央に水面を撹拌する水車が記憶に残っている。この記事の陸上養殖は、あの養鰻池をさらにコンパクトにしたものと思われる。
ウナギの養殖のほかに、日本には養蚕、養蜂、養殖漁業の歴史がある。明治時代の養蚕業は当時の代表的な産業、また、ミキモトの養殖真珠は世界シェア約70%(繊研新聞2015/1/30)を占める一大産業である。ウナギに限らず、蚕、蜂、真珠、魚介、海藻と対象は異なるが、養殖業は手抜きを嫌う日本人の得意技だと思う。
次回は、工業製品に続く。
1.農林水産省への要望
前回は、日本食と食文化を海外に普及させるようとする農林水産省の取り組みを紹介した。その結果として、2020年には日本食材の輸出額を1兆円にしたいという。ちなみに、2020年の世界の食料市場は、推定で680兆円という。
日本の食材と食文化の海外普及というが、それは抽象的で分かりにくい。しかし、たとえば郷土料理といえば少しは具体的になる。
筆者の勝手な解釈だが、観光地に軒を並べる食べ物屋のメニューには郷土料理が多い。その土地の食材をその土地独特の方法で調理した料理である。なお、筆者の経験では、観光地と郷土料理が一体になっているのは日本だけ、他の国では観光地と食文化は別ものである。
さらに、筆者の独断であるが、日本の食材と食文化の組み合わせを売り込む農林水産省の戦略は、日本の観光ビジネスの延長、郷土料理の料理教室のように見えてくる。料理教室で食材を販売するのであれば、その売り上げ目標はせいぜい1兆円程度であろう。しかし、680兆円の市場が相手では、1兆円の売り上げ目標はないに等しい。農林水産省は、目を覚ましてしっかりとして欲しい。
観光ビジネスの延長のような輸出戦略より、農業や水産業と食品加工業界を含む食品産業の近代化が最優先事項であると筆者は考える。まず、国内の食料供給体制と自給率の改善を目指して、最新のテクノロジーの導入と人材の育成である。その能力を確保した上で食材の輸出に乗り出すべきである。
たとえば、日本の農業においては品種改良や農機具の開発では実績がある。その上にバイオテクノロジーやロボットの活用を始めとする生産技術も充実してきた。近年のロボット展でも分かるように、工業製品の製造職場だけでなく食べ物の加工職場でもロボットが活躍し始めた。この意味で、今や食べ物と工業製品の生産の垣根は低くなった。特に、工業製品の生産には多くの国での経験が豊富、そのノウハウを食べ物の分野に移転することも可能である。
今は潮時、長期的な視野に立ってテクノロジーという名の満ち潮に乗るべき時である。その先には、近代的なテクノロジーを備えた日本の食品産業が、アメリカ(12.3兆円2010)は別としてオランダ(7.9兆円2010)やフランス(6.4兆円2010)と肩を並べるときがくる。これは、国土の広さや人口の数の問題ではなく、政策の問題である。
2.食に関するテクノロジー
次のリストは、筆者の目にとまった最近の新聞記事のタイトルである。これらは、現在の食品産業にみえる変化の兆候である。全文を掲げると長くなるので、ここでは要約と筆者のコメントを示しておく。
(1)できたて和食をそのまま世界に 冷凍技術に革命 2015/12/1 日本経済新聞 電子版
(2)飲食業にもIT 「完全ロボットレストラン」実現への道 2015/11/11 日経 電子版
(3)日本が先導 「魔法の泡」で起こす農業再生 2015/10/9 日経 電子版
(4)庭やビルでもウナギが育つ 陸上養殖が変える漁業 2015/9/14 日経 電子版
【記事の要約】
(1)できたて和食をそのまま世界に 冷凍技術に革命 2015/12/1日経 電子版
低コストで味を落とさずに冷凍できる日本発の独自技術が、世界の外食チェーンや冷凍食品業界のあり方を大きく変える可能性を秘めている。
■「おいしい」和食を世界中で
米中西部、カンザス州の片田舎に住む女性。日光の小さな日本料理店で食べた手作りの味を忘れられなかった。近くのスーパーを探したところ、「NIKKO」ブランドの冷凍の豆腐を見つけ、半信半疑で買った。ところがびっくり。日光で食べた食感や味、香りはそのままだった。
実現のカギを握るのが「不凍物質」と呼ばれる素材だ。冷凍する前にこれを食品に加えておくだけで、普通の冷凍庫でも解凍した後も解凍前と変わらない品質に保てるという。
■コスト抑え急速冷凍と「同等以上」の品質に
不凍たんぱく質はもともと1969年、米の研究グループが南極海に住む魚から発見した。しかし、これまで実用化されなかった。
「身近な生物にないものか」。関西大学化学生命工学部の河原教授が、カイワレダイコンに不凍たんぱく質があるのを突きとめた。この不凍たんぱく質はわずかに青臭いが、0.02~0.2%を加えるだけ、食材の味や色は変わらない。
■すでにあなたも食べている
化学メーカーのカネカが河原教授と協力して2012年、不凍物質を製品化した。すでに100社以上の食品メーカーなどに不凍たんぱく質を供給している。「多くの人はすでに口にしているはず」(カネカ)という。食材を新鮮な状態で比較的長期間保存できるようになったため、ある飲食店では「食品ロスを大幅に減らすことができた」という。
冷凍のフライや空揚げなどには「不凍多糖」という素材を使う。こちらはエノキダケに含まれている成分。揚げ物や酸性の強いヨーグルトの品質保持に役立つ。
海外メーカーでは遺伝子組み換えの不凍たんぱく質を使ってアイスクリームの品質を保持するケースはあるが、カネカの不凍たんぱく質は「世界で唯一の安心・安全な天然由来の添加物だ」と胸を張る。
数百万円単位の急速冷凍機とは異なり、追加の装置が不要でコストも安く、冒頭の日光の冷凍豆腐のように味はそのままで、地方の特産品を世界に届けることが容易になる。TPP発効後、日本の農産品を使った食品の輸出を後押しする大きな武器にもなりそうだ。
ただ、不凍物質はまだ発展途上にある。河原教授は野菜など生鮮食品を長期保存できる素材の研究も進めている。さらに、不凍多糖で飛行機の翼の着氷除去や雪下ろしの省力化なども研究中である。
【筆者のコメント】
この技術とロボット技術の組合せは製造リード・タイム(製造時間)のコントロールを容易にする。したがって、「もの造りのプロセス」に示した食品・サービス分野の「素材―加工―消費」と「流通」のプロセスに大きな変化をもたらす可能性がある。(5.展望(17):もの造りのプロセス2015-04-25参照)また、工業製品のように最終工程の海外進出も可能、100%Made in Japanの食品を現地で生産できるかも知れない。
(2)飲食業にもIT 「完全ロボットレストラン」実現への道 2015/11/11 日経 電子版
将来の人口減少は、飲食業に大きな打撃を与える。市場の縮小だけでなく、飲食店では人手不足が深刻化しそうだ。ここでは、接客ロボ、3D プリンター、人口知能の実例を紹介する。
1)【接客ロボ】 人間そっくり 常連の顔も判別
長崎の「ハウステンボス」が2015年7月にオープンした「変なホテル」は、フロントに女性や恐竜のロボットを設置したことで大きな話題となった。このロボットは、人間の代わりにチェックインやチェックアウトなどのフロント業務を担う。
ロボットはカメラと音声認識機能でリピーターと新規の客をほぼ間違いなく判別できるほどの精度を有するという。 価格は1体1500万円からと安くはないが、故障は少なく、30年ぐらいは稼働するという。
2)【3Dフードプリンター】 精緻な生地のデザートはお任せ
ものづくりの分野で浸透してきた「3Dプリンター」の技術をメーカー各社が新たな市場として、3Dフードプリンターを開発している。
ピューレ状(Puree:裏ごしでこしたもの)の食材を入れたカートリッジを内蔵、ノズルから食材を搾り出して薄い層を重ね、クッキーを作る。たとえば、造形後オーブンで焼き上げたクマのクッキー。サイズは長さ9cm×幅7cm。1枚を作るのに22分かかった。
台湾の展示会では予価1799ドル(約22万円)。今後、造形のスピードが向上すれば、店での使い勝手は良くなる。
3)【人工知能】 キーワードでレシピ生成、メニュー開発の負担軽減
米IBMの人工知能「ワトソン」を活用したメニュー考案サービス「シェフ・ワトソン」は、米国の人気料理雑誌「ボナペティ」に掲載された9000種類のレシピをデータとして持つ。
ウェブ上でユーザーが複数のキーワードを指定すると、ユーザーの希望を推論して、データを基にオリジナルのレシピを作成してくれる。キーワードには「焼く」「蒸す」などの調理方法、「日本料理」「イタリア料理」といったカテゴリーを指定できる。
ただし、現状では「実際には、口に合わない場合も少なくない。これをヒントに料理人が味を調整するという使い方が向いている」(日本IBM広報)という。
【筆者のコメント】
ここに紹介された接客ロボ、3Dフードプリンター、人口知能の実例は知能ロボットである。将来は、知能ロボットの活動領域が広がり、工程管理やメンテナンスまでもカバーする自動化率が非常に高い食品処理が実現すると思う。無人化と無塵/無菌化も進む。
(3)日本が先導 「魔法の泡」で起こす農業再生 2015/10/9 日経 電子版
静岡県菊川市の茶畑や田んぼが広がる一角に農業生産法人サングレイス(杉山社長)のトマトのビニールハウスがある。このハウスでは、10トンのタンクで小さな空気の泡と肥料をトマトの苗に送り込む。その結果、収穫量が約10%高まったという。空気中の酸素が土中に行き渡ることで「トマトの酸欠を防ぎ、トマトの成長を促す土中の微生物の動きが活発になった」(杉山社長)。
実は小さな泡の効能は以前から知られていた。キユーピーは小さな泡を一部のマヨネーズ製品に混ぜて、ふわっとした口当たりにしているという。汚れを浮き出す界面活性の作用なども確認されており、西日本高速道路(NEXCO西日本)はサービスエリアのトイレ洗浄に使う。
この小さな泡は従来の技術では最小でマイクロメートル単位までしか作れなかった。しかし、制御用機器大手のIDECは100ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度の小さな泡を作る技術開発に成功した。
■1ミリリットル(1cc)に1億個の泡
IDECと共同で研究している大阪大学の研究室、1分間に4リットルの微細気泡の水を生成できる。目には見えないが、 1ミリリットルの水に1億個の泡が溶け込んでいるという。
瓶に入った炭酸水をコップに注ぐと、はじめは炭酸の動きが活発だが、時間がたつと消滅する。微細気泡の場合は熱運動する水分子とのランダムな衝突により泡は浮上せず、水中に気体としてとどまる性質を持つため「半年間は消えない」(IDEC)。
■オールジャパンで国際規格化目指す
日本発の技術として売り込もうと、2012年には資生堂やパナソニックや大学、研究機関が組み、「ファインバブル産業会」(FBIA、約50社)を立ち上げた。微細気泡はまだ効果や効能がはっきりと分かっていないため、経済産業省は14年度に補助金を出すなど、研究の後押しに動き始めた。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は民間企業と協力し、タイで微細気泡を使った水質浄化に関する研究を始めた。
「ファインバブルの産業化に成功すれば地方創生にもつながる」(FBIA)。高知県では産官学のプロジェクトチームが発足。農業や漁業での有効活用をもくろむ。
経産省は微細気泡の世界市場が30年には12兆6700億円に達すると試算する。研究は日本以外の国でも進められているが、ナノレベルの細かい泡を発生させる装置を作る技術は「日本以外にない」(FBIA)。今後の有望株であることは間違いない。トマトのハウスでは酸素の気泡も研究中である(杉山社長)。
【筆者のコメント】
筆者が思い出すのは、気泡による船体と水の摩擦抵抗低減の効果である。高速潜水艦のイラストなどは1950年代の知識だが、現在も次世代船舶の分野で研究が進んでいる。液体中の微細気泡は流体力学の話だけにおさまらず、それだけ未知の部分も大きい。
(4)庭やビルでもウナギが育つ 陸上養殖が変える漁業 2015/9/14 日経 電子版
ジャパンマリンポニックス(岡山市)は小型で低コストのシステムでウナギの陸上養殖にのりだした。
■浄水装置を小型化 設備の初期投資は数分の1に
10トンの水槽を使う設備の初期投資は1000万円程度で、従来の数分の1。年間で約1万匹のウナギを育てることができる。微生物のすむ浄化装置を約1立方メートルと小型化した。浄水装置の小型化で電気代も削減。浄化した水の再利用で給水コストも減らせる。現在、湖などを使って行われているウナギ養殖にも、十分、コストで対抗できると考えている。
設備を導入した顧客には、稚魚の供給から、ウナギの養殖・販売、かば焼き用のたれの提供まで一貫して同社が担うサービスも提供、養殖事業に参入しやすくした。稚魚が安定して入手できるように、東南アジア種で年間約100万匹の割り当ても確保している。これまでに同社のシステムを導入したのは企業が中心だが、個人が導入した例もある。
■カイコを使いエサ代を削減
エサ代の削減も大切である。岡山市にある同社の研究施設では大量のカイコの幼虫を育成。これを冷凍、粉砕、エサの一部にする研究が進んでいる。また、アナゴやカワハギの養殖にもチャレンジしている。
【筆者のコメント】
かつての浜名湖近辺、東海道線の車窓を流れる100m四方ほどの小さな養鰻池、池の中央に水面を撹拌する水車が記憶に残っている。この記事の陸上養殖は、あの養鰻池をさらにコンパクトにしたものと思われる。
ウナギの養殖のほかに、日本には養蚕、養蜂、養殖漁業の歴史がある。明治時代の養蚕業は当時の代表的な産業、また、ミキモトの養殖真珠は世界シェア約70%(繊研新聞2015/1/30)を占める一大産業である。ウナギに限らず、蚕、蜂、真珠、魚介、海藻と対象は異なるが、養殖業は手抜きを嫌う日本人の得意技だと思う。
次回は、工業製品に続く。