「5.展望(22):日本の食品・サービス(続き)」から続く。
1.ものの寿命
世に在るものには寿命がある。生き物はもちろん、身の回りの品物や食べ物にも寿命がある。
人間や品物の寿命(Life)を統計学ではMortality(モータリティー)という。Mortalityの和訳は死亡率や失敗率などとなっている。機械工学、生命保険、医学などの専門語であるが、分野により和訳も異なっている。余計なことだが、これも日本語の難しさの一つである。このような混乱を避けるため、ローマ時代では科学、医学、哲学、天文などの用語をラテン語で定義した。(なお現代ではラテン語・英語・現地語の三言語主義)
ここでは統計学上の説明は省略するが、Mortalityを簡単に図解すると下の図になる。【参考:実際の曲線はガンマ分布やワイブル分布(Gamma/Weibull Distribution)で表現するが、ここでは曲線の特徴からMortalityの概念を理解するだけで十分である。】
下に示すとおり、Mortalityには3つの基本的なタイプがある。その3つのタイプはInfant Mortality, Chance MortalityおよびWear-out Mortalityである。一般的な英和辞典によると、図の左上から初期故障、偶発故障、磨滅故障(摩耗故障)という和訳になっている。
なお、一番目の“初期故障”は“初期不良”ともいうが、人口動態統計(政府統計)では乳児死亡率、一般的な英和辞典では幼児死亡率としている。さらに3つ目の磨滅故障は生命保険や医学の用語としては違和感があるが、これに該当する日本の専門語は、筆者には分らない。
Mortalityの3つの基本タイプ(Three Basic Mortality Types)
上の図は、3つの基本タイプと「Human Mortality(人の死亡率)」との関係を示している。また、工業製品や動植物のMortalityも「人の死亡率」と同じような形の曲線になる。なお、参考だが、この曲線(確立分布)を積分すると(=曲線で囲まれた面積)、その面積=1.00=100%、したがって、人の場合は「人は必ず死ぬ」ことになる。
ここでは補足する意味で、3つの基本タイプを人、物、ソフトに分けて説明する。
Infant Mortality(初期故障)=時間の経過につれて発生率が減少し、偶発故障に続いていく。
◇人:幼児死亡率という。衛生環境、経済状態、医療状態の改善、成長すると死亡率が低下する。
◇物:工業製品などの完成度と試作テストが甘いと初期故障(不良)が多発する。改善で安定する。
◇ソフト:テスト・データによる単体、連動、実地テストが甘いと初期不良が多発する。
注:Infantの語源=Infans(ラテン語:幼児)。自然科学、哲学、医学、法律の用語はラテン語源が多い。
Chance Mortality(偶発故障)=発生率はランダムで、確率分布はUniform(一様分布)になる。
◇人:交通事故やケガや病気、天災、動乱によるトラブルである。本人の注意で事故を回避できる。
◇物:事故や過大な負荷による故障、定期点検&手入れや予防保守で故障を回避できる。
◇ソフト:外部環境の異常、サイバー攻撃、ハード故障などによる偶発的な障害
Wear-out Mortality(摩耗故障)=確率は右肩上がりで大きくなる。寿命は有限である。
◇人:病気、老衰、自然死。
人は130歳ぐらいまで生存可能との説があるが、上限は未知
◇物:部品の摩耗や経年劣化や金属疲労などによる破損
◇ソフト:外部環境や技術の進歩に起因するソフトの陳腐化・・・時代遅れのソフト
2.身の回り品の寿命
近年は生活環境の向上で人の高齢化が進むとともに、科学技術の進歩で品物の寿命も長くなった。筆者の身の回りにも、4~50年前には考えもしなかった便利なものが出まわり、しかも10年以上も故障しないものがある。
たとえば、筆者が使っている折り畳み傘や腕時計などはなかなか故障しない。
最近、横浜発明振興会の仲間との話で、20年以上も使い続けている筆者の折り畳み傘が話題になった。あらためてその傘を調べてみるとオーロラという専門メーカーの製品だった。
さすがに専門メーカーの品物、骨組みは軽くて丈夫、布の撥水効果が良い。また、薄手の布の折り目は正しく自然に収納袋に収まり、糸のほつれもない。よく見ると良いとこだらけ、それらを意識していた訳ではないが、知らないうちに20年以上もこの傘を使っている。高級品とは思わないが、雨に降られて飛び込んだ三越で4、5千円で買った。なによりも「助かった」という思いが今もこの傘に付きまとう。
下の写真はその折り畳み傘である。大きさは手ごろ、撥水効果が良くて使用後にすぐ鞄にしまえるのが便利である。
20年以上使っている折り畳み傘
折り畳み傘はこれ1本というわけではなく、冠婚葬祭の引き出物でもらったものが数本、洋服ダンスに眠っている。なぜか、何気なく今もこの傘を使っている。当分、こわれそうにない。
下の写真は、セイコーのソーラー電波時計(左)とアメリカン・イーグル(American Eagle)のイミテーション(右)である。本当の名はAmerican Eagleだが、文字盤にはAmerica Eagleとあり、これは“イミテーションだよ”といっているところが可愛い。
2つの時計:ソーラー電波時計(左)と560円の時計(右)
2006年夏、昼食帰りにシーロム(バンコク)の屋台で夜光塗料の針が気に入り、200バーツ(約560円)で買った。東南アジアでは電波時計を使わないので、このイミテーションを常用するようになった。
200バーツの時計、もし止まってもケータイがあるので困らない。面白半分で買った時計だが、意外に正確、いつの間にかこの時計だけを使うようになっていた。その正確さは、今では「筆者の七不思議」の1つになっている。
写真左のセイコーは電波ソーラー時計、買換えて5、6年になるがベッドの枕元に置きっぱなし、もちろんほっておいても時間は正しい。
上の写真を撮ったとき、イミテーションの電池交換日を確かめるため裏蓋を開けた。もちろん百均のボタン電池、その交換日は2015年10月26日、そのとき時刻を合わせて以来、今も写真のとおり狂いはない。もしかして、このイミテーション時計の水晶発振素子は電波時計の素子以上に正確なのかも知れない。(電波時計は、常に誤差を自動的に修正するので、自動修正なしの精度は使用者には分らない。)
イミテーションの中身には“SINGAPORE”“NO JUWELS(軸受摩耗防止用の宝石なし)”“UNADJUSTED(調整なし)”との文字が読み取れた。その構造は、おもちゃのように単純、余計なものがない。"Simple is best"の好例である。
このイミテーションを買った2006から2012年の6年ほどの間に60回以上も成田―バンコクを往復、120回以上も2時間の時差修正を繰り返した。しかし、今も竜頭に問題はない。「筆者の七不思議」の1つがいつまで続くのか、できるだけ長生きして欲しいと願っている。
他にも身の回りを眺めると、いろいろなものが長持ちしている。
◇便座:16年間無故障、長く使用したので故障を待たずに昨年春に買換え
【同じ機種を19年間も使った人をインターネットで知った。参照:もの造りのプロセス(2015-04-25)】
◇6畳用エアコン:14年間無故障、不要になったので今週初めに撤去
◇ガス給湯器:15年目で無故障(過去に温度センサ2回交換)、平均寿命超えのため今秋買換え予定
◇IH調理器、食器洗浄機、エアコン:今年で11年目、無故障
◇テレビ&オーディオ機器:5~12年無故障
◇日本車:4台の乗用車、どの車も10年以上使用、走行5万キロ以下、無故障で下取り
◇パソコン:OSのアップグレードに応じて5~6年のサイクルで延べ9台購入、無故障で廃棄
◇冷蔵庫:12年目にコンプレッサー故障、買換え
総じて、工業製品は世界のどこの国で生産してもインチキや手抜きがないかぎり長もちする。幸い、日本の製品もここ20~30年で改善を重ね、世界に信頼されるようになった。
日本の家電製品も長寿化したが、この業界には長寿化にマッチしない商習慣がある。生産中止後7年で補修部品の供給責任をなくすというルール、それは30~40年昔からのこの業界の商習慣である。先日も、このルールで内臓電池が手に入らず、本体には問題がない小さなオーディオ製品を廃棄した。本体の廃棄が「もったいない」というより、バックアップしていなかった中身(音楽)を失ったことが「残念」である。ハードよりソフトが大切なケースもある。
家電製品の内臓電池の汎用化と素人でも簡単に交換できる方法など(例:百均のボタン電池の活用)、将来のIoT時代に向けて一考の余地がある。文明が進展するにつれて、ものの使い捨て時代は長寿時代に変化する。その流れは、工業製品だけでなく人間にも言えるので、人類にとってはかなり厄介な課題である。
他方、40年ほど前の記憶だが、筆者が勤める輸送機器業界にはこの種の商習慣がなかった。ある時、すでに生産を打切った古い製品の補修部品を営業部門が受注した。その部品のカタログ価格は10万円、しかし生産打切りで金型も廃棄済みだった。もし、図面からその部品を手造りすれば、150万円との見積もりがでた。
ユーザーに事情を説明して同じ型式の最新製品で代替する案などを提案したが、ユーザーは同じ部品を強く希望、最終的にはカタログとおりの手造り品を10万円で提供した。当時、補修部品の供給責任を7年限りとする家電業界を気楽な業界と羨ましく思った。
続く。