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想像の旅---世界の市場(3)

2018-03-25 | 地球の姿と思い出
想像の旅---世界の市場(2)から続く。

(3)青空市場のゆうげのしたく(夕餉の支度)
夕刻ともなれば、ジャマ・エル・フナ広場には食べ物の屋台が次々と開店すると云う。「夕焼け小焼け」で日が暮れる頃の「ゆうげのしたく(夕餉の支度)」である。「食」が夜の青空市場の主役になるのはフナ広場に限らず、シンガポールのオーチャード通りのカー・パークも同じ、タイの街々を始め世界各地に共通の光景である。昼の市場では物見遊山の観光客も、夜の市場では主賓になって食べ物の屋台を取り囲む。

「人の集まるところに食あり」は有史以来今に続く人間社会の特徴である。夕餉の灯りが赤提灯の街に続くのは日本独特の風景である。

紀元前400年頃には、ソクラテスは「人は自給自足ができない」と指摘し、弟子たちとmarket(市場)の役割を論じた*注)。Marketの役割では、wage-earner(賃金生活者)やcoinage(貨幣制度)も話題になった。その頃、日本は弥生時代で稲作農業の初期、それなりの市場が存在したと思うが、その仕組みは分からない。あの頃はテクノロジーが未発達、地球は広すぎて人びとは文明間の格差を知る由もなかった。しかし、テクノロジーの進歩、とりわけ通信技術の発展による情報の共有は、人間活動のグローバル化を加速した。
【*注):想像の旅---アレクサンドリアの図書館(2)2017-08-25、Specialization Within the Cityの冒頭の文章と終わり部分にあるmarketの説明を参照】

さらにソクラテスより遙か昔、石器時代でもすでに遠隔地をカバーする交易ネットワークが存在したと「人類の足跡10万年全史」(オッペンハイマー著、仲村明子訳、草思社 2007)と「最古の文字なのか?」(ベッツィンガー著、櫻井裕子訳、文芸春秋 2016)は述べている**注)。
【**注):脳梗塞とリハビリ(5)(2017-05-25)を参照】

たとえば、「人類の足跡10万年全史」は石器の形状と製作技術の交流を人類のDNA系譜と共に説明している。また、「最古の文字なのか?」は有形・無形のものの交易に触れている。有形物の例は石器作りに適した石材の交易、無形/意匠(デザイン)の例は壁画や装飾品に描かれた幾何学記号や印の共通性、つまり知的交流を指摘している。

原始の時代でも、人が集まる交流・交易の場には「食」もあったと想像する。その「食」はどのようなものだったのか?また、誰が用意して誰が食べたのか?その時代でも物見遊山の人、平たくいうと野次馬のような人がいて、食事のおこぼれをもらっていたのだろうか?また、「食」の分配は弱肉強食/早いもの勝ち/奪い合い/本能的な闘争の場だったのだろうか?あるいは冷静な順番待ち、つまり「待ち行列」***注)のような約束事(規範)があったのだろうか??等々・・・ところで、野次馬の生業は何か?と次つぎと新しい疑問が湧いてくる。
【***注):待ち行列の理論(Waiting Line Process)には、FIFO(First-in, First-out先入れ先出し)例:散髪店、LIFO(Last-in, First-out後入れ先出し)例:レイオフ、FFFO(First-fit, First-out日本語不明)例:飛行機の着陸、モンテカルロ法(モナコのカジノに由来する手法)例:乱数によるシミュレーションなどがある。FIFOなどを待ち行列の規範(norm)と云う。】

話は筆者のシンガポールの記憶に戻るが、カー・パーク・レストランの光景は、裸電球を吊るした数多くの屋台、椅子に座って煮物鍋を囲む人びとだった。もっとも、カー・パークの屋台街は60~70年代の話、当時は使用済み食器や食べ残しの処理をめぐる衛生問題を抱えていた。しかし、今では近代的なホーカー・センターに生まれ変わっていると云う。

当時、筆者たち一行は誘蛾灯に誘われるように屋台街の明かりに足を向けた。とある店で日本のラーメンのような食べ物を見て、早速注文した。しかし、出された食べ物の味は予想と大違い、表現のしようがない味と香りにほうほうのていで退散した。・・・あの時の独特の味はパクチーと後のバンコク生活で知った。パクチーはドリアンと同様で強烈な癖のある味だが、病み付きになる日本人も多い。しかし、パクチーと納豆は今も筆者の鬼門であるが、ドリアンは好物になった。

「汁物」の味に懲りたが、その後の経験で、せいぜい100℃前後の温度で料理する「汁物」そのものにも疑問をもった。それに比べて、もっと高温で料理する「焼物」の方が安全と考えた。しかし「焼物」にも危険があることをドイツの青空市場で知った。食の安全ばかりでなく、身の安全にも注意が必要⇒「自分の身は自分で守る」ことが少しずつ身に付き始めた。

それはミュンヘンの青空市場でのことだった。大勢の人が集まる広場で、焚き木の周りに鯖の串刺しを地面に立てて、丸焼きにする店を見た。懐かしい匂いに誘われて、焼き鯖の一串を買おうとした。しかし、その青空市場をよく知る同行の友人に止められた。ロマ族(ジプシー)の青空市場だったが、下痢や寄生虫の危険性があるとのことだった。焼き鯖は断念したが、替わりに買ったグラスは、今、筆者の本棚に収まっている。そのグラスは昔の技法で生じた気泡入りガラスで出来ている。側面に昔の帆船や船具が描かれているので気に入った。このコップを見るたびに、スリや引ったぐりを防ぐために、筆者の背後に密着して行動を共にしてくれた友人を思い出す。

(4)市場に求めるもの
市場といってもその形態はピンからキリまでである。「地面に布を敷き商品を並べる」に始まり「何でも揃う古くからの商店街」がある。専門性が高い「秋葉原電気街」「かっぱ橋道具街」は東京の専門店街、ハノイの旧市街地では「金物」や「袋物(バグ)」の専門店が並ぶ通りもある。現代では、これらの商品はインターネットに乗って世界に広がっていく。

石器時代以来、人間はものづくりに知恵を絞ってきた。道具、衣服、食べ物、装飾品、芸術・文芸作品など切りがない。専門店街に集まる人びとはそれぞれの価値観を持つ人たちである。そこでは、品質、価格、治安において安心できる。「胡散臭(ウサンクサ)さ」や「イカサマ」に付け入る隙を与えない。

大工道具一つ買うにも「当たり外れ」がある青空市場や夜店ではなく、確かな品物が手に入る「専門店街」を選ぶ。品定めの基準は、"Distinction between economy and cheapness."****注)である。つまり、「経済的」と「安価」の違いを識別する判断力が問われる。60年代の日本製品のように、安かろう悪かろうではない。逆に、髙ければ良かろうでもない。世界に愛される工具は実用に耐える品物、デザイン、材質、加工精度、仕上げの点で洗練されている。ちなみに、ドイツで買った工具は一生ものと満足している。
【****注):"There is a distinction which must be discerned between cheapness and economy." Engineers' Council for Professional Development, Chapter 2, United Engineering Center, NY, Copyright 1949を参照】

続く。

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