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日本の将来

日本の将来---5.展望(17):もの造りのプロセス

2015-04-25 | 日本の将来
5.展望(16)から続く。

1.日本の姿
千数百年にわたる日本の歴史は、独自の文化・文明に外来文化を融合させながら今日まで続いてきた。その歴史には、古(イニシエ)と今が共存する貴重な有形・無形の資産が息づいている。古典の詩歌を解するこころと最先端の科学技術を活用する知識、ていねいな仕事、それらの資産は日本特有の強みである。これらは国内外の日系工場の仕事ぶりから受けた日本の印象、言い換えれば、筆者に宿る日本の姿である。

今日の日本では、自動炊飯器や温水洗浄便座は生活必需品、日本製品は使い勝手が良く、しかも長持ちする。長持ちの一因は製品の精密な加工精度、そのため長年使用してもガタが起きにくい。

筆者の温水洗浄便座は16年間も使用したが無故障、あまりにも長く使ったので故障のないうちにと新品と交換した。もちろん、自身で交換するので、製品の改善点やコスト削減の跡が良く見える。インターネットには同じ機種を19年使用したという話があったが、筆者もうなずける。単純なスタンダード品が、一般に長持ちするのは自然の理(コトワリ)である。

ちなみに、タイの水洗トイレには水道栓に直結の洗浄ホースが付いている。単純で洗浄力は強力だが、日本の便座の方が人に優しい造りになっている。ハノイ在住の娘一家も現地日系メーカーの特製便座を使っている。

余談になるが、タイの人たちには「紙で拭くなんて不潔」との感覚があると聞いた。確かに紙より水で処理する方が清潔である。昔からの習慣のためか、バンコクの寺院や地方のコンビニで、柄杓(ヒシャク)付きの水槽(バスタブ程度)を備えたトイレに出会った。もちろん、手入れも良く清潔だった。この種のトイレはイランやトルコでも見たが、事後の洗浄という点では、タイやイスラム圏は日本の先輩だと思っている。

さらに話は飛ぶが、バンコクは東洋のベニスといわれた水の都、チャオプラヤ河のデルタに立地するバンコクには古来、大小の運河が縦横に広がっていた。家々は運河でつながり、耳にしただけの話であるが、ソイ(Soi:表通りから枝分かれした小道や路地)も運河の名残とか。いわれてみれば、ホテルの眼下に見る住宅の庭先には、大きな魚の泳ぐ池があり、その形は運河の名残のように見えた。今も残る多くの運河には、朝夕のボート通勤のルートになっているものもある。

炊飯器や便座に限らず、もともと日本人はもの造りに工夫と改善を重ねる民族のようである。工夫の蓄積とノウハウの伝承で完成度の高い領域に至り、そこから新たな仕掛けを生み出す。いわば、向上心の強い民族といえる。

その背景には、戦争に明け暮れ、ときには国民すらも異民族と入れ替わる大陸諸国とは異なった歴史がある。また、植民地の経験もなく、大局的には単一民族、単一言語、単一国家、日常生活の隣近所は同じ顔ぶれという点も向上心につながっている。近所のミヨちゃんに良く思われたいと若い衆もあれこれと工夫する。

基本的には平和な日本、そこでは、古くから何事にも「道を究める」ことや「習い事」を目指す傾向がある。「ソロバン」「習字」「ピアノ」「琴」「三味線」「都都逸」「落語」「料理教室」「柔道」「空手」「弓道」「書道」など、まだまだ続く。「生け花」「茶道」「礼儀作法」「和服着付け」「料理」などは無形だが「嫁入り道具」に数えるものもあった。

これらは、頭数(Head-count)の問題でなく頭の中身や身のこなしと精神の話、人口が少なかった古(イニシエ)から今日まで続く日本人の特徴である。結果として、日本の「もの」が世界で有名になったり求められたりする。なかには、風俗習慣が異なる他国の人々への押し売りでなく、彼らの生活に自然に溶け込んで行くMade-in-Japanや日本発の現地製品がある。

商品の外観は日本のものと変わらない現地製品、たとえばタイのペットボトル入り日本茶はかなり甘く、普通の日本人の口には合わない。スシや日本食にも見まねが多く、なかには日本食でない日本食がある。しかし、日本食と呼ぶほうが売れるらしい。これも、広義の「日本の強み」かも知れない。

にぎりズシと日本茶で思い出したが、アリゾナでにぎりズシを食べながら「このスシは大したことはない」といったら、相手にあなたはコカコーラを飲みながらスシを食べていると指摘され恥じ入ったのを今も覚えている。本当のスシと本当の日本茶とスシ屋独特の湯飲みはセット食品、単体ではその価値を発揮できないとアリゾナで認識した。60年代のアメリカやヨーロッパ在住の日本人は、ビネガー(Vinegar:食用酢)に砂糖を加えてスシ酢を作り、パール・ライス(大粒の加州米)でスシを握っていた。これで問題はないが、コカコーラとは合わなかった。なお、ビネガーに砂糖を少量加え、小さな泡がでる程度に加熱するのが頃合いとスシ作りの達人(日本人男性工学博士)から聞いた。

ついでながら、東南アジアの祭りやバザーの人混みで“ヤキソバ”と声を掛けられると大概の日本人は笑って振り返る。歓楽街の客引きは“シャチョウ”と呼びかけて近寄ってくる。ヤキソバは日本の身近な食べ物、シャチョウは海外出張の日本の遊び人、これらの言葉に日本人は反応する。いわば「日本人判別語」としてヤキソバやシャチョウも世界に浸透している。

タイでは当たり前のキッコーマン、味の素、即席メン、ソーメン(腰がある)、即席カレー、スーパーやデパ地下の色とりどりのにぎりズシ、海苔巻、カニカマ(日本製は高価)、ヤキソバ(中身よりヤキソバという言葉の認知度大)、タコヤキ、テリヤキ、ラーメン、ショウガヤキ、カツドン、サンマ(鮮度に問題アリ)、日本米(現地生産)、炊飯器、湯沸しポット、洗濯機、エアコン(日本ブランドは静か)、交差点のダイオード信号、車、バイク、デジカメ、カラオケなどと数え上げれば切りがない。製造国はさまざまだが、現地ではいつの間にか現れた便利な品物といった程度の認識であり、カラオケを日本発の装置と知る人はほとんどいない。

また、仕事仲間のタイ人は日本みやげに米を10kgも買った(2001年)とか、別の人も日本みやげに米を買ってきた(2012年)。世界的な米どころのタイは米の種類と量は豊富、しかし、重くても日本の米を家族にぜひ食べさせたくなったそうである。2010年頃には、すでにタイ産のコシヒカリなどはスーパーに出回っていたが、やはりMade-in-Japanにはかなわないらしい。

なお、ハノイ在住の筆者の娘は、Made-in-Vietnamの日本米を食べている。UNISハノイ校の祭ではベトナム産日本米のオムスビやカレーが人気商品だという。バンコクのサンマはかなり新鮮、ハノイのサンマは形がかなり崩れて、内臓が怪しくなっている。これらは同じ大型スーパーの鮮魚売場の状態だが、バンコクに比べるとハノイの道路網と流通システムに7、8年の遅れがあり、その差がサンマの鮮度に現れている。魚や青果物の鮮度へのこだわりは、日本の食文化の一部である。

2.もの造りのプロセス
単に「日本の強み」というだけでは、抽象的である。その強みを具体的に知るために、まず、もの造りのプロセスを頭に思い浮かべる。そのプロセスのどこで、日本のなにが強いのかを知れば、その強みをさらに伸ばす方策も明らかになる。

この意味で、ここでは工業製品だけでなく食事や料理も含むもの造りのステップを整理する。

下の図は、素材、加工、消費、流通の関連をブロック図で表したものである。非常に大ざっぱであるが、食品・サービスと工業製品に分けてものの流れを示している。食品の加工には一般家庭、工業製品の加工には手工芸品の制作も含まれる。

      

上に示すプロセスは、5W1H(ゴ・ダブリュー・イチ・エッチ=When:いつ、Where:どこ、Who:だれ、What:なに、Why:なぜ、How:どのように)があって意味を成す。この5W1HにHow Much(いくら:コスト)を加えて5W2Hとすることもあるが、古代のピラミッドや巨石文明の時代にコストと採算性を計算したかどうかは不明である。

このもの造りのプロセスに日本の強みを重ねるとき、さまざまな具体的な強み、時には弱みが浮かび上がってくる。

たとえば、東南アジアに味で評判のスシ屋がある。その店のマグロは築地直送とのことである。「築地直送」は、上の図の「素材」の「流通」に当たり、マグロの運搬技術に関係している。また、「加工」の「素材処理」はマグロの解体技術と保管技術(魚肉のねかせ=牛肉のAging(熟成)に近い処理)に関係している。さらに、マグロの解体や「加工・調理」に使う包丁は刺身包丁の製造技術に関係している。さらに、「配膳・包装」に使う器(ウツワ)は日本の焼き物の技術に関係する。

このように、日本食のスシを一つとっても、もの造りのプロセスに照らし合わせると、日本特有の技術とその技術を使いこなす修行(例:調理師の修行)が浮かび上がってくる。それらは、日本に生まれた有形・無形の資産であり、調理師などは国家資格である。さらに、その資産価値を理解する外国人の存在が、海外のそのスシ屋を「味」で有名にする。味より値段だけで人を引き付ける偽装食品とは次元が異なる世界である。

もちろん、スシの有形資産は米粒やマグロの切り身、また無形資産は食べた人の舌が感じる“おいしいマグロのにぎり”である。その味を解する人の味覚が大切であり、その舌を持つ人の人種、性別、年齢、国籍を問うことはない。価値観の共有は、気心の知れた間柄に他ならない。

上の例で、技術に焦点を合わせると、スシ職人さんが大切に扱う刺身包丁は日本刀の流れを受け継ぐ“引き切り”の技術に由来する。この技術は、有名なドイツのゾーリンゲン地方の“押し切り”の刃物とは造り方も使い方も違っている。
【補足:筆者が「ほのるる丸」で初めて訪れたハンブルグ、そこで購入したドイツ土産はゾーリンゲンの鋏だった。当時は、“引き切り”や“押し切り”の知識もなく、刃物はとにかくゾーリンゲンに限ると信じていた。ドイツに行って初めてゾーリンゲンは社名でなく、刃物で有名な土地の名だと知り、非常に恥ずかしく思った。そこでツヴィリング J.A. ヘンケルス社(Zwilling J.A. Henckls)と双子のマークを知った。】

ここで問題なのは、ゾーリンゲンの刃物は日本でも昔から有名だった。他方、スシ、刺身、包丁などは近年になって世界に知られるようになった。フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリで日本が有名になり、次に京都や奈良が観光地として世界的に有名になった。しかし、お茶、米や農産物、焼き物、工業製品などで世界に知れ渡る日本の地名を筆者は聞いたことがない。

このような事実を頭に入れて、もの造りとは何か?国際競争力とは何か?その根源をなす人材とは何か?人材とは農作物のように学校で栽培できるものだろうか?大学のグローバル化とは何か?英語を話す人をグローバル人材と呼ぶのだろうか?礼節を知って衣食は足りるだろうか?などと今も昔も筆者に付きまとう疑問を、再びここで振り返る。そのレビュー(Review)で何かを見出すことができれば幸いである。

日本の強みと将来に向けて伸ばすべき点を検討するに当たり、前回に示した参考書と上に示したもの造りのプロセスを参照する。

【参考文献】・・・前回に示した参考書
1.成毛眞「巨大技術の現場へ、ゴー メガ!」新潮社、2015年2月
2.V.シュタンツェル「日本が世界で愛される理由」幻冬舎2015年1月
3.前島篤志(編)「文藝春秋SPECIAL2015冬日本最強論」文藝春秋、2015年1月
4.中原圭介「シェール革命後の世界勢力図」ダイヤモンド社、2013年6月
5.竹田恒泰「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」PHP研究所、2013年3月
6.インタービジョン21「図解 世界に誇る日本のすごいチカラ」三笠書房、2012年1月
7.Beretta P-08(ベレッタ ピーゼロハチ)「東京町工場散歩」中経出版、2012年1月
8.平沼光「日本は世界1位の金属資源大国」講談社、2011年5月

筆者は「食」の門外漢で、食に付いての専門知識はない。しかし、次回は食品・サービスから始める。

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