コーラル・アイランドから続く。
1)モロッコとジブラルタルへの想像の旅
かつて、夢に描いた旅の一つにモロッコへの旅がある。脳梗塞で諦めたが、モロッコのマラケシュ→カサブランカ→スペイン領セウタ→英領ジブラルタルのルートである。もちろん、モロッコの治安にはやや問題があり、自然環境も大きく分けると条件が悪い砂漠地帯である。
マラケシュのフナ広場は砂漠の市場、ぜひ訪ねたい。マラケシュから鉄道でカサブランカへ、さらに北上してセウタを経てジブラルタルにフェリーで渡りたい。日程にとらわれない気ままな旅はいいが、心臓と脳に問題を抱える80歳にとっては「年寄りの冷や水」、「自分の身は自分で守る」ために今回の旅は「想像の旅」に切り替えた。
世界各地の市場は、その地を知るために欠かすことはできないが、特に砂漠地方の市場には格別の思いがある。その背後には、初めて「ほのるる丸」でスエズ運河を通過した時の記憶がある。
スエズ運河の水路は一方通行、紅海から地中海に向かう船はスエズ港で一旦仮泊、そこで船団を編成して運河に進入する。貨物船やタンカーなど、大型船の行列がスエズの砂漠を静に進んでいく。行列のスピードは8ノットだった。キロメートルに換算すると、8海里/hr=8x1852m/hr=14.8km/hr、時速15km程度で自転車より少し速めのスピードである。
運河が湾曲する部分では船団の先頭は砂丘の向こう側、その様子は大きな貨物船の行列が砂丘の上を静かに進行しているように見えた。その光景に文部省唱歌の「月の沙漠」とラクダの商隊を連想した。また、筆者の先入観であるが、砂漠と聞けばアラビアンナイト*注)の物語が浮び上ってくる。
【*注):
アラビアンナイト(千夜一夜物語)はササン朝ペルシャの説話集、中世ペルシャ語で書かれていたが、9世紀初めにアラビア語に訳された。その後16世紀にかけて多くの写本と物語が現われ、架空の人物だけでなく実在の人物も登場する。アラビア語写本にもシリア系、トルコ系、エジプト系があり、さらにフランス語や英語の写本があり、物語の内容と数も複雑である。
アラジンと魔法のランプ、船乗りシンドバッドの冒険、アリババと40人の盗賊、空飛ぶ絨毯などはアラビア語の写本には存在しないが、1700年代初頭に付け加えられた・・・筆者にとっては、中近東地方には謎めいた部分がありパステル色の世界に見える。そのパステル色の部分は、筆者の勝手な想像と重なるいい加減なものでもあるが、ロマンチックでもある。】
灼熱の砂漠を超えて集う世界の珍しい品物、そこには色とりどりの香料や豆や木の実の店が付きものである。屋台には穴をあけたヤシの実、手絞りのオレンジ・ジュース、シシカバブ―(串焼)の香ばしい匂い。その先には歌やセクシーなベリー・ダンス、曲芸や見世物もある。行き交う人びとの服装やことばもさまざま、中にはスリなど善からぬ人やニセモノも交じっているが、それもおもしろい。もしかしたら、骨董品店には古代文明の盗掘品が埋もれているかも知れない。砂漠のオアシスに展開する市場は、時空を超えた多様な文明と文化が混在する多言語社会である。
旅の終着点はイギリスの海軍基地ジブラルタルである。ジブラルタルの岩(The Rock=髙さ426m)には、潜水艦の思い出がある。
筆者が当直中、荒天にかすむThe Rockを右舷真横(abeam)に見るあたりで、鉛色の海面に灰色の潜水艦が接近するのに気付いた。西に向かう本船に対して相手の進路は右側から交叉(cross)していた。この関係では本船が回避義務船、直ちに「ハード・スターボード!!」(hard starboard:右舵一杯)の号令で、かろうじて相手船をかわした。英国籍の潜水艦だった。
船橋(Bridge)の中では次のようなやりとりがあった。
“Hard starboard!!”・・・筆者=当直航海士(Officer)の命令(右舵一杯)
“Hard starboard, sir”・・・操舵手(Quartermaster)の復唱
カチカチカチ、、、(ジャイロコンパスのリピータが変針する音)、同時に船首が右に大きく回頭し始める。
相手船を左舷に回避した。
“Mid-ship”・・・当直航海士の命令(舵中央)
“Mid-ship, sir”・・・操舵手の復唱
・・・本船を所定の針路に戻すように操船する。
この時の記憶は今も鮮明に残っている。また、この海峡で海面から空高く立ち登る黒い竜巻を時どき目撃した。トルネード(tornado:竜巻)という英語の語感は、まさに竜が空に向かってのたうつ光景にピタリである。
思い出のジブラルタルには上陸した経験はないが、坂道を曲がると眼下に小さな港が見えるといった町を想像する。そこであの巨岩に登るケーブルカーに乗ってみたい。頂上のカフェテリアから、来る日も来る日も一日中眼下の海峡を眺めて、人類の歴史と人間の本質を考えたい。人類が遭遇するであろう少子高齢化社会の姿とは?と。
古くからヨーロッパとアフリカは、幅約14kmのこの海峡を通じて交流と対峙を繰り返している。スペインには、700年代初頭から1492年までアフリカのイスラム勢力に支配された時代もあった。今もアフリカの不法移民はゴムボートに命を託してヨーロッパを目指しているが、その流れを誰も制御できない。
ちなみに、ジブラルタル東方200km、グラナダ市のアルハンブラ宮殿はイスラム文明の粋を尽くした宮殿である。宮殿に水を引く水道や池、噴水は貴重な「水」をふんだんに使用する。それは、水に憧れる砂漠文明の特徴ともいわれている。1492年のグラナダ陥落で宮殿はキリスト教徒の手に渡ったが、撤退にあたり宮殿を破壊するのは忍びない・・・その結果、スペイン国内でありながらイスラム文明のアルハンブラ宮殿は世界屈指の遺産になっている。
なお、スペインの作曲家、F.タレガの「アルハンブラの思い出」も世界的に知られた幻想的な名曲である・・・雲の彼方に現れた光り輝く馬車が天使たちに囲まれながらゆっくりと地上に降りてくる。やがて馬車の扉が開き、この曲を聴くあなたを乗せて馬車は天使たちとともにゆっくりと光り輝く雲の彼方に帰っていく。死別した大切な人たちとの再会を示唆する情景である・・・この曲を聴くとき、このようなイメージが筆者の頭に浮かんでくる。
列車、路線バス、乗り合いバスやタクシーを乗り継いで、気に入ったホテルに滞在する。ヨーロッパによくある家族的なホテル、気に入れば何日も続けて滞在する。食事には特別な注文はないが、羊肉と羊乳のヨーグルトは苦手なので万国共通の鶏肉系があれば問題はない。ロースト・チキンやKFCのクリスピー(サクサク)ならば、毎日でも歓迎する。
2)ジャマ・エル・フナ広場
次回は、tabinote、田口和裕、渡部隆宏共著「世界の美しい市場」エクスナレッジ、2017年5月を参考に、話を進める。
続く。
1)モロッコとジブラルタルへの想像の旅
かつて、夢に描いた旅の一つにモロッコへの旅がある。脳梗塞で諦めたが、モロッコのマラケシュ→カサブランカ→スペイン領セウタ→英領ジブラルタルのルートである。もちろん、モロッコの治安にはやや問題があり、自然環境も大きく分けると条件が悪い砂漠地帯である。
マラケシュのフナ広場は砂漠の市場、ぜひ訪ねたい。マラケシュから鉄道でカサブランカへ、さらに北上してセウタを経てジブラルタルにフェリーで渡りたい。日程にとらわれない気ままな旅はいいが、心臓と脳に問題を抱える80歳にとっては「年寄りの冷や水」、「自分の身は自分で守る」ために今回の旅は「想像の旅」に切り替えた。
世界各地の市場は、その地を知るために欠かすことはできないが、特に砂漠地方の市場には格別の思いがある。その背後には、初めて「ほのるる丸」でスエズ運河を通過した時の記憶がある。
スエズ運河の水路は一方通行、紅海から地中海に向かう船はスエズ港で一旦仮泊、そこで船団を編成して運河に進入する。貨物船やタンカーなど、大型船の行列がスエズの砂漠を静に進んでいく。行列のスピードは8ノットだった。キロメートルに換算すると、8海里/hr=8x1852m/hr=14.8km/hr、時速15km程度で自転車より少し速めのスピードである。
運河が湾曲する部分では船団の先頭は砂丘の向こう側、その様子は大きな貨物船の行列が砂丘の上を静かに進行しているように見えた。その光景に文部省唱歌の「月の沙漠」とラクダの商隊を連想した。また、筆者の先入観であるが、砂漠と聞けばアラビアンナイト*注)の物語が浮び上ってくる。
【*注):
アラビアンナイト(千夜一夜物語)はササン朝ペルシャの説話集、中世ペルシャ語で書かれていたが、9世紀初めにアラビア語に訳された。その後16世紀にかけて多くの写本と物語が現われ、架空の人物だけでなく実在の人物も登場する。アラビア語写本にもシリア系、トルコ系、エジプト系があり、さらにフランス語や英語の写本があり、物語の内容と数も複雑である。
アラジンと魔法のランプ、船乗りシンドバッドの冒険、アリババと40人の盗賊、空飛ぶ絨毯などはアラビア語の写本には存在しないが、1700年代初頭に付け加えられた・・・筆者にとっては、中近東地方には謎めいた部分がありパステル色の世界に見える。そのパステル色の部分は、筆者の勝手な想像と重なるいい加減なものでもあるが、ロマンチックでもある。】
灼熱の砂漠を超えて集う世界の珍しい品物、そこには色とりどりの香料や豆や木の実の店が付きものである。屋台には穴をあけたヤシの実、手絞りのオレンジ・ジュース、シシカバブ―(串焼)の香ばしい匂い。その先には歌やセクシーなベリー・ダンス、曲芸や見世物もある。行き交う人びとの服装やことばもさまざま、中にはスリなど善からぬ人やニセモノも交じっているが、それもおもしろい。もしかしたら、骨董品店には古代文明の盗掘品が埋もれているかも知れない。砂漠のオアシスに展開する市場は、時空を超えた多様な文明と文化が混在する多言語社会である。
旅の終着点はイギリスの海軍基地ジブラルタルである。ジブラルタルの岩(The Rock=髙さ426m)には、潜水艦の思い出がある。
筆者が当直中、荒天にかすむThe Rockを右舷真横(abeam)に見るあたりで、鉛色の海面に灰色の潜水艦が接近するのに気付いた。西に向かう本船に対して相手の進路は右側から交叉(cross)していた。この関係では本船が回避義務船、直ちに「ハード・スターボード!!」(hard starboard:右舵一杯)の号令で、かろうじて相手船をかわした。英国籍の潜水艦だった。
船橋(Bridge)の中では次のようなやりとりがあった。
“Hard starboard!!”・・・筆者=当直航海士(Officer)の命令(右舵一杯)
“Hard starboard, sir”・・・操舵手(Quartermaster)の復唱
カチカチカチ、、、(ジャイロコンパスのリピータが変針する音)、同時に船首が右に大きく回頭し始める。
相手船を左舷に回避した。
“Mid-ship”・・・当直航海士の命令(舵中央)
“Mid-ship, sir”・・・操舵手の復唱
・・・本船を所定の針路に戻すように操船する。
この時の記憶は今も鮮明に残っている。また、この海峡で海面から空高く立ち登る黒い竜巻を時どき目撃した。トルネード(tornado:竜巻)という英語の語感は、まさに竜が空に向かってのたうつ光景にピタリである。
思い出のジブラルタルには上陸した経験はないが、坂道を曲がると眼下に小さな港が見えるといった町を想像する。そこであの巨岩に登るケーブルカーに乗ってみたい。頂上のカフェテリアから、来る日も来る日も一日中眼下の海峡を眺めて、人類の歴史と人間の本質を考えたい。人類が遭遇するであろう少子高齢化社会の姿とは?と。
古くからヨーロッパとアフリカは、幅約14kmのこの海峡を通じて交流と対峙を繰り返している。スペインには、700年代初頭から1492年までアフリカのイスラム勢力に支配された時代もあった。今もアフリカの不法移民はゴムボートに命を託してヨーロッパを目指しているが、その流れを誰も制御できない。
ちなみに、ジブラルタル東方200km、グラナダ市のアルハンブラ宮殿はイスラム文明の粋を尽くした宮殿である。宮殿に水を引く水道や池、噴水は貴重な「水」をふんだんに使用する。それは、水に憧れる砂漠文明の特徴ともいわれている。1492年のグラナダ陥落で宮殿はキリスト教徒の手に渡ったが、撤退にあたり宮殿を破壊するのは忍びない・・・その結果、スペイン国内でありながらイスラム文明のアルハンブラ宮殿は世界屈指の遺産になっている。
なお、スペインの作曲家、F.タレガの「アルハンブラの思い出」も世界的に知られた幻想的な名曲である・・・雲の彼方に現れた光り輝く馬車が天使たちに囲まれながらゆっくりと地上に降りてくる。やがて馬車の扉が開き、この曲を聴くあなたを乗せて馬車は天使たちとともにゆっくりと光り輝く雲の彼方に帰っていく。死別した大切な人たちとの再会を示唆する情景である・・・この曲を聴くとき、このようなイメージが筆者の頭に浮かんでくる。
列車、路線バス、乗り合いバスやタクシーを乗り継いで、気に入ったホテルに滞在する。ヨーロッパによくある家族的なホテル、気に入れば何日も続けて滞在する。食事には特別な注文はないが、羊肉と羊乳のヨーグルトは苦手なので万国共通の鶏肉系があれば問題はない。ロースト・チキンやKFCのクリスピー(サクサク)ならば、毎日でも歓迎する。
2)ジャマ・エル・フナ広場
次回は、tabinote、田口和裕、渡部隆宏共著「世界の美しい市場」エクスナレッジ、2017年5月を参考に、話を進める。
続く。