長池宿碑
長池宿碑
明治21年(1888) 建立
文久年間(1861~64)、助郷の課役にくるしんだ当時の村人たちが、大道栄造の尽力によって救われたことが記されている。
島利兵衛の墓 芋の形をしています
琉球芋宗匠島利兵衛と裏面にきざまれている。
利兵衛は長池で薬種問屋をいとなんでいたが、その中に幕府の禁制品があったため、遠島に刑に処せられ、琉球喜界ケ島へ流された。享保元年(1716)ゆるされて帰国の際、ひそかに甘藷の種を持ち帰り、この地に試植した。それより各地に栽培が行われた。特に隣村の寺田村ではもっとも品質のすぐれたものが生産されたから、一般に「寺田芋」として知られるにいたった。利兵衛は元文5年(1740)に没した。
寺院 前回の記事 ⇒ 寺院城陽0683 常光庵
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