浄土宗
慶長元年(1596)、雲海岸誉上人が向島の地に創建した浄土宗の寺で、松風山と号する。
当寺は「狸寺」と呼ばれている。幕末の頃、裏山の指月の森に1頭の雌狸がいて、
つねにいたずらをして付近の人々を困らせていたが、
時の住職冠道和尚かこれを手なずけて八公と愛称した。
八公は和尚が手を叩くと裏山から姿をあらわし、和尚から食物を与えられた。
動物園のなかった時代大変珍重され、見物人が多かった。
付近に住まいしていた陶工高橋道八(2代目)は陶製の狸像を作って門前に安置したので、
「狸寺」と呼ばれるようになった。
因みに八公は鳥羽伏見の戦により、行方不明になったと伝わる。
先代の寛順和尚がタヌキの置物の収集を始め、
当代の小坂井良住職も父親の遺志を継いでタヌキ・コレクションに力を注いでいる。
関連記事 ➡ 仁阿弥高橋道八宅