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子どものころの韓国・中国

2022-12-14 14:15:00 | 日記
中学校の時、社会科の授業で、
「将来行きたい国はどこですか?」
と、発表する授業がありました。
今から40年前は、気軽に海外旅行なんて行ける時代ではなく、
特に農家や酪農でほぼ生活が成り立っている地域だと、
隣県に旅行に行くだけで、「すごい」と言われた。
※農家・酪農課には、基本休みはありません
 隣県でも、住んでいる地域が中心部なので、車で2時間はかかっていました
だから、もう外国なんて夢のまた夢みたいな感覚。
ほとんどの生徒が、アメリカ・ヨーロッパを口にしていたのに対し、
なぜかF君だけが、
「韓国」と答え、理由が、
「物価が安いから」
と、言っていたことが記憶にあります。

今の感覚では信じられないかもしれませんが、
韓流が流行するまで、
韓国は、物価の安い旅行に行きやすい国でした。
中国も、25年前-30年前、パートナーは仕事の関係で、
「密輸ではないか?」
と疑われるぐらい、中国へ渡航していましたが、
その当時は、豊かな国ではありませんでした。
むしろ、中国出身の女性と結婚すると、一生仕送りしなければならないから、
中国の女性とは恋愛しないほうがいいと言われる時代でした。
※これはどうも女性の出身が関係あるようで、
 裕福な家庭なら、この必要はないようです
友人のお子さんの保護者で、中国出身の方がいらっしゃいますが、
食事は、朝から外食、日本人のお母さん、
みんな手料理すごいと言われたそうです。

日本企業が人件費が安いと言うことで、中国や東南アジアに、
バンバン工場を作り、生産していました。
あの当時の中国の人件費は、日本の10%程度と言われ、
かなり人件費が安かったのです。
2010年上海の最低賃金は、日本円で1万5千円程度でした。
中国が徐々に上がっていくことで、日本企業は、
東南アジアに目を向けていきました。
こうした背景から、海外からの製品は安いものが手に入り、
一見生活は楽になったかと思いがちですが、
国内企業は、リストラに大ナタを振っていきました。
この辺りから、派遣や非正規雇用が増加し、現代の問題になっています。

話は戻ります。
今は海外に行くことが、そんなに特別ではなくなりつつあります。
実際平成になってから、修学旅行は、海外の学校は増えました。
また、国際結婚も、そんなに珍しくない時代です。
昭和が子どものころの私からすれば、信じられないぐらいの国際化です。
国際化=欧米化ではなく、隣国の動向も含め、今後勉強していきたいと考えています。








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