秩父鉄道からも元国電101系が廃車になり、半年近くなりました。
今はステンレスの車両ばかり、確かに光沢の美しいのも良いのですが、やはりカラーバリエーションがあったころが懐かしいです。
1976年11月3日 豊田電車区

クモハ100 が ATC準備クハ103やクハ103冷房車と並んでいます。
中央線では201系化される際に、101系より先に103系が転属されていったのも意外でした。
1977年2月4日 蕨駅 クモハ100-68他

殆どが103系の活躍する京浜東北線に、新性能化の際に101系が50両(ほんの一時的には関西線の12両が借り入れられて62両)が配置されました。
103系にはあまり興味の無かった私にとっても嬉しい存在、僅か50両ながら、編成にもバリエーションがあり、変則編成などもあって楽しいものでした。
1983年1月9日 13:54 東小金井駅

武蔵小金井に西武多摩川線の甲種回送を見に行った時のものです。
当時はまだこんな非冷房も常識でしたね。
この周辺も高架化によりすっかり変わってしまいました。
1985年3月17日 10:16 南浦和駅

この時期、武蔵野線の101系の置き換えが始まり、各線から103系が転属されました。
右は クハ103-600 オレンジバーミリオンに塗装されているにも関わらず、『武蔵野線』ステッカーがあるのも意外です。
1985年3月17日 11:18 南浦和駅

隣の高運 クハ103-813 は、ATC準備車ではなく、武蔵野線に新製配属されたものでした。
『増発で便利 3月14日改正』のヘッドマーク、今日のようにあまりヘッドマークの無かった時代には珍しいものでした。
今はステンレスの車両ばかり、確かに光沢の美しいのも良いのですが、やはりカラーバリエーションがあったころが懐かしいです。
1976年11月3日 豊田電車区

クモハ100 が ATC準備クハ103やクハ103冷房車と並んでいます。
中央線では201系化される際に、101系より先に103系が転属されていったのも意外でした。
1977年2月4日 蕨駅 クモハ100-68他

殆どが103系の活躍する京浜東北線に、新性能化の際に101系が50両(ほんの一時的には関西線の12両が借り入れられて62両)が配置されました。
103系にはあまり興味の無かった私にとっても嬉しい存在、僅か50両ながら、編成にもバリエーションがあり、変則編成などもあって楽しいものでした。
1983年1月9日 13:54 東小金井駅

武蔵小金井に西武多摩川線の甲種回送を見に行った時のものです。
当時はまだこんな非冷房も常識でしたね。
この周辺も高架化によりすっかり変わってしまいました。
1985年3月17日 10:16 南浦和駅

この時期、武蔵野線の101系の置き換えが始まり、各線から103系が転属されました。
右は クハ103-600 オレンジバーミリオンに塗装されているにも関わらず、『武蔵野線』ステッカーがあるのも意外です。
1985年3月17日 11:18 南浦和駅

隣の高運 クハ103-813 は、ATC準備車ではなく、武蔵野線に新製配属されたものでした。
『増発で便利 3月14日改正』のヘッドマーク、今日のようにあまりヘッドマークの無かった時代には珍しいものでした。