
昨日の続きで、もう1冊は、
「正午二分前 外国人記者の見た関東大震災」 Noel F. Bush著 向後英一訳
早川書房 2,000円+税 2005年 です。
この本は、「本書は1967年10月にハヤカワ文庫NFより刊行された作品を修整・再編集したものです。」というものです。
昨日の本が、地震の専門家による地震そのものに対する本だったのに対して、
こちらは、関東大震災の前後に、人々がどのような状況にあって、
どのように行動したのかを記録したノンフィクションです。
かなり広く多面的に取材がされていまして、
その中で特徴的な十数名の人物を中心に、地震前後の状況が非常に伝わってきます。
これもおすすめする1冊です。
実は、関東大震災を経験した人々の、状況や気持ちなどの記録で、
今、手軽に読める書籍のたぐいは少ないのだそうです。
それは阪神大震災でもそういう気がします。
各地震は、全国区ではなくて、地域ローカル的な面があるのでしょうか...。

特徴的なのは、その当時の社会背景にも触れていることでして、
朝鮮人に対する流言蜚語や、アメリカによる支援やその後の日米関係など、
単に起こったことの記述ではないところで、色々と考えることができます。
二百十日だったり、第二次山本内閣が組閣中だったり、帝国ホテルの落成祝賀会だったり、
特別な日だった人たちも、多かったようです。
そんな中で、人々が非常に冷静に行動していることが感じられます。
家財を荷台車にしっかり積んで避難場所を探す人々や、
警護や救護、さらには死体処理など、次々と主体的に人々が動いているのが感じられます。
写真が掲載されているのですが、背後の猛煙と手前の人々の対比が、印象的です。
ある意味、大火事は慣れっこなのかもとも思ったりしてしまいます...。
翌2日日曜日に屋外で第二次山本内閣が組閣されて、すぐ戒厳令が公布されて、
特別震災救済基金の支出、横断的な11部局からなる臨時震災救護事務局の設置などがされています。
通信手段が全滅の中で、唯一、東京湾の船上の無電で他県や海外とやりとりできるような中で...。
電気などの都市インフラや、電話などの情報インフラへの依存が、
まだ、あまりない時代だったのだと思うのではありますが。


両国の現横綱町公園(東京都慰霊堂など)当時の被服廠跡などの、
火災から逃れようとする人々の状況は、淡々とした文章の中に、重みがあります。
なので、都内へ行った時に、同地につくられた慰霊堂へ寄ってきました。
ここには、震災と空襲合わせて約16.3万人のご遺骨が安置されているのだそうです。
東京生まれの東京育ちですが、この歳まで知りませんでした...。
写真は、その隣にある復興記念館です。こちらもおすすめです。
当時の写真も、控えめのものが掲示されてるようですが、やはり伝えるものがあります。
帝都復興記念祭の展示物など、復興に対する猛烈なアピールも印象的です。
