篠原美也子の2003年のセルフカバーアルバム“SPIRAL”より、1995年のシングルカット曲『名前の無い週末』を、聴いてみる。
6月2020年最初の週末の終末時に、添える。
篠原美也子のアルバム『桜花繚乱』(2007年)より、『春色』を、聴いてみる。
桜散って、今、夏前の葉桜時。
春色模様は、過去の事。
1995年の篠原美也子のナンバー、“DOWN”を、アルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)より、聴いてみる。
アーティスト魂の叫び歌でもある。
篠原美也子の2017年のナンバー、『答えのない悲しみを』を、アルバム“STAY FOOLISH”(2017年)から、聴いてみる。
答えが見つかったら、悲しみ、は、消えるのだろうか?
1993年の篠原美也子のナンバー、『ワザリング・ハイツ』を、アルバム『満たされた月』(1993年)から、聴いてみる。
荒野の嵐、風景は変わっても、そこは、昨日のままに。
篠原美也子『秒針のビート』(2004年)を、アルバム『種と果実』(2004年)から、聴いてみる。
契機付け、とは言え、一体何の?と思ってみたり。
2005年の篠原美也子のアルバム“us”より、『最後のドアを閉めて』を、聴いてみる。
音信途絶、と言う、戸閉と離脱は、何度も。
2008年の篠原美也子のナンバー、“my old lover”を、アルバム“your song”(2008年)から、聴いてみる。
時間が経過して、愛着がわいているそのものは、きれいである筈はない。
2011年の篠原美也子のアルバム『花の名前』から、『心歌』を、聴いてみる。
今も、蒔かれた種、は、芽を出そうとしている――と思ってみたり。
2006年の篠原美也子のナンバー『願わくば』を、アルバム『レイディアント』(2006年)より、聴いてみる。 願わくば、と言う気持ちが、常にあることは、良いこと、だと、思う。