2024年7月1日(月)
#452 メンフィス・スリム「Nobody Loves Me」(Miracle)
#452 メンフィス・スリム「Nobody Loves Me」(Miracle)
メンフィス・スリム、1949年リリースのシングル曲(B面)。ピーター・チャットマン(メンフィス・スリム)の作品。
米国のブルースシンガー/ピアニスト、メンフィス・スリムことジョン・レン・チャットマンは1915年9月テネシー州メンフィス生まれ。
彼はピアノを習得、30年代よりウェストメンフィス、アーカンソー州、ミズーリ州南東部の酒場、ダンスホール、賭博場で演奏して生計を立てるようになる。
1939年、シカゴに移住、その地のリーダー的存在だったビッグ・ビル・ブルーンジー(1893年生まれ)と組んで活動する。
翌40年、オーケー(Okeh)レーベルで初レコーディング。この時よりピーター・チャットマンという自分の父親の名前で作曲するようになる。
同年と翌41年、ブルーバードレーベルでレコーディング。同レーベルのプロデューサー、レスター・メルローズの命名により、出身地にちなんだメンフィス・スリムの芸名を使うようになる。
同レーベルの常連セッション・ミュージシャンとして、サニーボーイ・ウィリアムスンI、ウォッシュボード・サム、ジャズ・ジラムらのバッキングもつとめる。
第二次大戦終了後、リズム・セクションを含むジャンプ・ブルースのバンドを作り、シカゴの独立系のレーベルで活動する。
ハイトーンレーベルを経て、46年秋にミラクルレーベルと契約。初レコーディング曲の「Rockin’ Boogie」からとってメンフィス・スリム&ザ・ハウス・ロッカーズを名乗る。
このレーベルからリリースした4枚のシングルが連続ヒットして、メンフィス・スリムはある程度の商業的成功を収め、名前も知られるようになる。
本日取り上げた一曲はそれらヒット曲のひとつ、「Angel Child」(49年リリース、R&Bチャート6位)のB面に収録された「Nobody Loves Me」である。
この曲は音源を聴けば、みなさん、すぐにお分かりいただけるだろう。そう、ブルース・スタンダード中のスタンダード、「Every Day I Have the Blues」そのものである。
この曲のオリジナルは、実は1935年に世に出ている。歌い手はパイントップ・スパークス。彼は1910年生まれで30年代にセントルイスで活躍したピアニストだ。35年、25歳の若さで亡くなっている。
彼と実の兄弟ミルトン・スパークスにより作られた本曲は、パイントップとギターのヘンリー・タウンゼントのふたりでレコーディングされた。パイントップの繊細なファルセット・ボーカルが、なんとも特徴的な一曲である。
このオリジナル・バージョンはヒットに至らなかったのだが、当時南部で活動していた頃のメンフィス・スリムには、相当強烈な印象が残ったと思われる。
10年以上の歳月を経て、彼はこの曲のリメイクに着手する。歌詞は冒頭の1コーラスは残したが、あとは自分で書き直した。彼が新たに加えた部分の歌詞「Nobody Loves Me」が新しいタイトルとなり、また歌はファルセットではなく、通常の音域で歌われた。演奏はホーン・セクションも含むハウス・ロッカーズ。
こうやってリリースされたメンフィス・スリムのB面バージョンは、チャートインすることはなかった。しかし、同業者に注目されることになる。ローウェル・フルスン(1921年生まれ)である。
フルスンは翌50年に、ロイド・グレン楽団をバックにレコーディング、これが見事にヒットしてR&Bチャートの3位にランクインしたのである。
フルスンのシングルでは、タイトルは「Everyday I Have the Blues」を使ったが、クレジットはチャットマンの方になっている。つまり、歌詞はメンフィス・スリム版を採用したのだ。
以降、本曲は「Everyday I Have the Blues」というタイトル、歌詞はメンフィス・スリム版でカバーされることがもっぱらとなった。「メンフィス・スリムの曲」として定着したのだ。
カバーしたアーティストは膨大な数になるのでここで逐一上げるのはやめておくが、とりわけB・B・キング、ジョー・ウィリアムズ(ジャズ歌手の方)のふたりは、本曲を十八番として何度となく歌い、曲をさらに世に広めたシンガーとして挙げておきたい。
現在でも世界各地で、プロ・アマ、ライブ・ジャムセッションを問わず、毎晩演奏されているキラー・チューン。「ブルースをほぼ知らない人でも、この曲だけは知っている」とさえ言われる有名曲となり、75年もの長きにわたって愛されている。
もし、メンフィス・スリムによって聴きやすい形にリメイクされることがなければ、おそらくそんな風にはなっていなかったはずだ。
もちろん、原曲の良さ、ブルースな日常をとらえた歌詞の秀逸さもあってこその人気だろうが、2番以下の新しい歌詞の持つ、強い魅力は無視できない。
「誰も私を愛してくれない、誰も気にしてくれない」、これほどまでに聴き手の心を抉り、掴んでくる歌詞はそうそうにあるものではないと、筆者は思うのである。
ピアノの落ち着いたテンポでの演奏、少し高めの声で歌われるメンフィス・スリム版は、スピーディな演奏スタイルのBBあたりとはまたひと味違った、大人っぽい円熟したムードを持っている。
文字通りブルースらしさを一曲で体現したブルース。ブルース中のブルース。この一曲を堂々たる完成品に磨き上げた功績だけでも、メンフィス・スリムは一流のミュージシャンであると評価していい。
その後の彼の活躍についてはここでは触れずにおくが、ぜひみなさんの方で、50年代から80年代末に至るまでの、その膨大な作品群のほんの一部だけでもいいので聴いてみてほしい。