大沢池、嵯峨菊
京都・嵯峨野にある、真言宗大覚寺派の本山、大覚寺
正式には「旧嵯峨御所大覚寺門跡」
名前に「門跡」とついていますが
これは皇族・貴族が住職を務める特定の寺院のこと
住職さんのことも「門跡様」と言います
大覚寺は、明治時代初頭まで代々皇族の方が住職を務めていた、格式のあるお寺です
嵯峨天皇は、嵯峨の地をこよなく愛され
檀林皇后との住まいである離宮嵯峨院を建立
この離宮が後の大覚寺です
平安時代、天皇も大沢池の菊ヶ島で野菊を手折られたと伝わります
嵯峨菊は、嵯峨天皇がその気品ある姿と香りを好まれ
この独特の古代菊を、永年にわたり王朝の感覚を持って育成し
格調をかねそなえた菊を、大覚寺「門外不出」の嵯峨菊としました
菊の仕立ては1鉢に3本仕立てとし、長さは約2mに育成し、、
これは殿上から鑑賞されるために高く育てているのです
花は、下部に7輪、中程に5輪、先端に3輪で「七五三」とし
葉は下部を黄色、中程は緑、先端を淡緑と、四季を表しています
花弁は、糸状で54〜80弁程、長さは約10㎝の茶筅状が理想とされます
淡色の花々が色とりどりに美を競い、格調高い香りを漂わせています
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丁度いい時期に参りました
先の祇王寺でも観ましたが、大覚寺の彩る見事な嵯峨菊で一層興味がわきました
※毎年11/1~30日に催される「嵯峨菊展」約800鉢が公開される
嵯峨菊は明治中期に品種改良が進んだ古典菊の一種で日本三大名菊の一つ
村雨の廊下(むらさめのろうか)
宸殿と心経前殿を結ぶ回廊は、
縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光にたとえ「村雨の廊下」と呼ばれる。
高貴な人が通られる際の防犯の意味で、天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られている。
床は鴬(うぐいす)張りとなっている。
「いけばな嵯峨御流」という生け花の流派の家元が
境内に残っています
大沢池は中国の洞庭湖を模して嵯峨天皇が築造したものといわれ
平安時代前期の名残をとどめ、日本最古の庭池とされています
大小二つの島が浮かぶ水面は約23,000平方mの人工の林泉、周囲約1㎞
大きい島は「天神島」で天神社が鎮座し
小さい島は「菊ヶ島」と呼ばれ秋には嵯峨菊の花が見られます
それでは、のんびり歩いてみます
水面に枯れた植物は、蓮かしら、、、
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心経宝塔
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聖天堂
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大日堂
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水面(左)菊ヶ島
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9月の中秋の名月には
船で月を鑑賞する「観月の夕べ」というイベントが行われるそうです
優雅ですね☆
大沢池に関するお知らせ
大沢池の養生のため、令和2年12月5日(土)~3年1月末日予定
上記期間中は水を抜いております。
参照 ■旧嵯峨御所 大本山 大覚寺公式サイト
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