黒ラブ ロックが行く

生まれつき肝臓が普通の犬の4分の1しかない、小さい黒ラブと、家族のお話です。

オーストリアへ行ってきた

2008年04月23日 | 旅行

1月にBSテレビでザルツブルグをやっていた。
友達のお嬢さんが去年からザルツブルグにバレエ留学をしていた。

ああ、行きたい。

そうだ。行こう。

ネットであれやこれやして、チケットとって、ああそうだ、ウイーンフィルも聞きたい。

あんなこんなして、夫に休みを取ってもらって、チケット取ったら最後のハローワークの日にぶつかって日程変更したら、英語の最初の授業の日にぶつかってしまった。
ええい!ままよ!行っちゃえ!

4月11日、家出中の娘をロックの面倒を見てもらうために帰ってきてもらった。
バイト代20000円。払い。
長男の、よく就活中の息子置いていくね、との言葉を背中に聴きながら、成田まで送ってもらった。
バイト代5000円(帰りの高速代と、お昼代)払い。

10時55分定刻に出発。
オーストリア航空、777(トリプルセブン)
     

13時間後、無事にウイーン空港で乗り換え、プロペラ機だよ。
初めて乗ったよ。
機内はすごく狭いのに真ん中だけすごく高くなってる。
みんな背が大きいの。
     

機内からアルプスの山々を撮影すると、プロペラが止まってるみたい。
     

さらに45分で無事ザルツブルグへ到着。
     

ホテルはルネッサンスザルツブルグ

フロントで、いきなり、Can speak english? と聞かれ
A little. なんて答えたのが間違いのもと、いきなりべらべらべらとまくし立てられちんぷんかんぷん。
かろうじて
one bed or two
といわれたのですかさず、two。
聞き取れる単語だけを理解した振りして部屋へ。

ベルボーイもつかず、荷物は大丈夫かと聞かれたようなので、大丈夫だと答え、エレベターへ。
チップを払わなくてはならないと思い、必死になって食べもしないチョコを買って小銭を作ったのに必要なし。

動かない、確かカードがどうこうで、グリーンになったらどうことか言っていたような気がしたので、部屋のカードを入れてみたらグリーンのランプがつき、抜いて階数のボタンを押したら動き始めた。

やれやれ。
部屋はとてもキレイで、部屋も広くて。
オフシーズンなのでとてもよかった。

いつものようにスーパーを探してみたが、なんと6時でしまっちゃうの。
おまけに、ホテルの説明も全部ドイツ語で書いてあるから、何がなんだかわからず。

まあ、飛行機の中で沢山食べたし、手持ちのお菓子や、何やでその日の夕食は終わり。

とても疲れたので早々と就寝する。

朝食は、美味しかった。
味がきつくなく、ハムもソーセージもチーズもとても食べやすかった。
日本人の口に合うと思ったね。

イタリアはすごかったよ。
オリーブオイルまみれだったもの。
毎日胃腸薬飲んでたもの。


ホテルのフロントでザルツブルグカードを買おうと思ったら、sold outとのこと。駅のiで無事購入。
何しろ英語がほとんど通じないので(大して話せるわけではないが)そりゃ大変。

24時間乗り放題で、いろんな建物にも入れるので23ユウロはお買い得だった。



お天気は曇りのち雨の予報。
テレビの絵ではそうなっていたので折り畳み傘を持参した。


まずは、Obus(トロリーバス)に乗ってホーエンザルツブルグ要塞へ。

最初金色の玉の上に人が乗っていると思ったら人形でした。
どういう意味があるかわかりませんが。
このケーブルカーの乗り場がわからず、その辺の人に聞いても全然通じない。
で、最終的にはボディランゲージ。
あそこ、行きたい、乗る場所どこ?
そこ、曲がる、行くある。
     

このものすごい急勾配をケーブルカーで登り、要塞の中を見学。日本語のオーディオガイドも借りて、案内がついたのは一部の場所だけ。
そこはなんと牢獄。いろんな拷問の道具が何気にかけてあるんです。
写真取るのも忘れてしまった。
     

これは巨大なオルゴール。説明聞いたけど忘れた。
     

そして第一次世界大戦のときに使ったと思われる通信器。隣接のライナー博物館にあった。ここには当時の軍服とか鉄砲とかいわゆる戦争博物館のようだった。
     

塔上の展望台からのザルツブルグの町並み。
     

今からうん十年前に、旧市街のモーツアルトハウスの近くを歩いていた美女(?)二人。
      

広場で巨大チェスに興じる人々。
     

おとなしく飼い主の来いを待っている黒ラブ。
うちのロックには絶対無理だなと、言い放つ夫。
     

観光客用の馬車があるのは風情があっていいのですが、馬糞臭い。
     

スーパーとかお店がない分市場が立っていて、必要なものを必要なだけ買うと言う合理性が好きです。
     

そしてモーツアルトの生家。
     

各部屋にいろんな形のストーブ(ストーブってドイツ語で書いてあった。)部屋の外から昔だからコークス?を入れていたらしい。部屋の外のストーブがあると思われる場所に四角扉がついていた。
     
こちらは青磁のような感じ。
     

モーツアルトが子供の時に弾いていたピアノ。
     

ゲトライデガッセ通りの楽器屋さんなんだけれど、このおびただしい扇子もどきはいったい何なんだ?
     

大聖堂
モーツアルトが洗礼を受け、カラヤンのお葬式をしたDom。
沢山の子供達の絵が飾ってあって、地球を子供の手が一周していたり、握手していたりと、平和を願うメッセージがこめられているようだった。

     

昼食をシュテルンブロイで、(地球の歩き方に出ていたが、その時は適当に入った店。帰ってきてから本見て解かった。)わけ解からずビールを飲み、パスタを食べ、ワインを飲み(メニューはドイツ語だけ解かるところのものを注文した。)、午後のサウンドミュージックの舞台を回ることにした。   

ツアーを申し込み、時間までミラベル広場を散策した。
     
もくれんも
     

桜も、日本とまるで同じ時期もちょっと違うだけで何か懐かしかった。(って言うけど2日前まで日本にいたんだよ。)

日本語ガイド付で、ザルツカンマーグートのパノラマツアーを押し込んだのだけれどお客さん一組だけ。もちろん私達。
ガイドさんはアイルランドの方で日本の長野県で2年間英語を教えていたとか。
奥さんは日本人。
ザルツブルグに住んで13年とか言ってたな。
その前は南アメリカとか言ってた。
まあ、たどたどしい日本語で、親父ギャグをいいながら猛スピードでザルツカンマーグート地方を回ってくれた。
(ドイツ語もたどたどしいのか良く通じていないようだった。)
(まあ、私の英語よりはズーットましだろうと思われたが。)

     
寒くて寒くてたまらなかった。
沢山のみずうみを回りお天気が良かったらどんなに良かっただろうかとか、一月くらいここに暮らしたいとかいいながら4時間のたび。
お決まりのお土産や産に寄られて、塩とテーブルクロスを購入。

     
この教会は映画の結婚式に使われたとこと言っていたようなきが、、、。
何でもモントゼーの教会は内部が撮影禁止だったとか、、、、。

帰りにスーパーに寄ってもらい、室内履き0.99ユーロと、ビールとチーズを買って、夕食を食べるお店を紹介してもらい、ホテルに送ってもらった。

今日は土曜日、月金は7時までやっているスーパーも、土曜日は5時でおしまいなんだって。

出直して、ミラベル宮殿の近くのお店で食事。
夫はステーキ、私はカツ。
ビールが美味しい。くどくなくてとても飲みやすかった。
もちろんワインも。
美味しくて、安くて、日本語のメニューもあって、言うことなし。
シーズン中はツアー客で大コミなのだろうけれどoffのせいか、2~3組のツアー客、それほどうるさくもななく、ビールと、ワインもたらふく飲んで、ザルツブルグの夜にお別れした。