黒ラブ ロックが行く

生まれつき肝臓が普通の犬の4分の1しかない、小さい黒ラブと、家族のお話です。

ゲリラ豪雨に見舞われた。

2011年07月30日 | 日記

7月30日。午後2時半過ぎ。

小一時間前から降る雨は、強くなったり弱くなったり。

なんだか空が明るくなったので買い物に出かけることにした。

車に乗って1分もしないうちに空が急に真っ黒になり、まるでバケツの水をひっくり返したような雨が降ってきた。

前も見えず、どうしようか?

どうしようにもほとんど視界ゼロ状態。

予定のスーパーの駐車場は水が氾濫し、高いところからの流れはまるで滝さながら。


車を止めても降りることもままならないくらいの勢い。

ほかの人たちも皆壁にへばりつくように雨を避けていた。


その間およそ15分くらい。


雨が降っているのはここだけ。
ちょっと向こうの空は晴れている。

この雨が1時間も降り続いたら、きっと新潟のような災害にあっていたんだろうと思う。


何なんだこの天気。
例年より早く梅雨が明けたと思ったら、猛暑が10日以上も続き、台風が来たと思ったら
梅雨状態に逆戻り。

この先どうなるのだろうか?

心配の種は尽きない。



飼い主がこれだから。

2011年07月27日 | 黒ラブ

あれっ?
夏何処行ったんだ?





それは月曜日。
お散歩していると、向こうから黒ラブのかいくんとムックがじゃれあいながら来る。

あれあれ、かいくんはリード離しているし。

ムックとじゃれる時はいつもかい君はリードを離している。

そこへジョギングをしている人が来て、かいくんはその人にぶつかってしまった。

ぶつかった人は足を止めてかいくんを見、飼い主を探しているようだったけれど
かいくんのお母さんは気がつかなかったみたいだった。

一部始終を見ていたので、かいくんのお母さんにリード離しちゃだめだよ。
と言ったら、大丈夫かいはちゃんと戻ってくるから。と言う。

そうじゃなくて、今かいくんジョギングしていた人にぶつかってその人怒っていたよ。と言っても
いいの、かいは戻ってくるから。

じゃ無くて、人に迷惑かけるからリード離さない方がいいよ。

だって、リードすり抜けていくんだもの。

じゃあ、ちゃんと持てば?

かい、だめだよ。リードから抜けたら。

反対方向から見ていたのでかいくんのお母さんがムックと遊ばせるために
リードを離したのを見ていたのにそんなことを言う。

もう何を言っても聞いてくれそうも無い。


こんな飼い主が居るから、黒い大きな犬怖いと言われてしまうのに。

あのかいくんがぶつかったジョギングの人は、黒い大きな犬を見るたびに
こいつか俺にぶつかったのに知らん顔してたやつ。と、思うに違いない。


ああ、嫌だ嫌だ。

two わんこ+oneワンコのお話。

2011年07月23日 | Weblog

台風が行ったんだか、去ったんだか、居るんだか寒い。

夕べは久しぶりに友人5人とお食事会。

その時の一友人の話。

あのね、家のゴルちゃん(チワワのメス12歳、彼女のお誕生日にご主人がウン十万出して
買ってくれた。ゴルゴ13から息子が付けた名前)死んじゃったの。
ずーっと調子が悪くてお医者さんに掛かっていたんだけれど、
お医者さんからおしっこが出なくなったらだめですよって言われていて
おしっこが出なくなったら、ほんと一日で死んじゃった。
あっけなかったの。と、ニコニコしながら話をしていた。

でね、葬儀屋さん頼んだら本当に人間と同じようにしてくれるのよね。
それでねいつも一緒に居たいからここに居るの。と、遺骨の一部をペンダントにしたと
ニコニコしながら話していた。

でも、あんまり寂しかったから一週間後にゴルちゃんに似たワンコ買っちゃった!
と、ニコニコしながら話していた。

ねえ、ゴルちゃんの死んだ時の写真見る?
嫌?
じゃあ、新しいワンコの写真見て、ゴルちゃんそっくりでしょ?
探して買ったのよ。


彼女の家にはもう一匹雑種の外飼いワンコがいた。

もう3年位前に15歳で虹の橋を渡っていったのだけれど、うん○は何日も取ってもらえず
散歩はゼロ。
小屋の周りはおしっこが垂れ流し。

見ていても不潔きわまりないくらいの状態だった。

そのワンが死んだ時。

家のメイちゃん死んじゃったの。

2~3日前からぐったりしていたんだけれども、病院の連れて行ってもだめだと思ったから
連れて行かなかったら、朝起きたら死んでいたの。

それでね、パパが(彼女のご主人)夜中にこっそり前の公園に埋めたの。
と、ニコニコ笑いながら話していたのを思い出した。

外の小屋はついこないだまでそのまま。

ニコニコ笑いながらゴルちゃんが愛しいから遺骨をペンダントにしたとといい、
ニコニコ笑いながらメイちゃんは前のに公園に埋めたと言う。

私には理解できない。

何十万の出して買ったチワワと、もらってきた雑種の処遇に違いをなんとも思わずにニコニコと話す彼女を。




世界遺産 中尊寺 金色堂

2011年07月21日 | 旅行

7月21日
台風はまだその辺を周っているので風が強い。



野田村を出て一路平泉へ。
この辺では八戸でも平泉でもペットホテルさえない。

最悪は車中泊もやむを得ず。

途中7時頃、道の駅で軽い散歩とご飯。

8時40分頃平泉到着。
とりあえず温泉に入ろうと思っていたら9時終了。

最悪の事態に遭遇。

でもいいっか、初めてのロックと車中泊。

寝る前の散歩をし、明るい照明のある場所に移動し、窓を少し開け
エスティマの2列目、ヘッドレストをはずしてフットレストを出して
座席を倒したらほぼフルフラット。
なかなかいいじゃん。

隣ではロックが居心地の良い場所作りをして早スーピー。

たぶん私もあっという間の爆睡状態になったと思われる。

午前4時半目覚め。

早朝の平泉散歩。

今から30数年前に来た時はこんなに道路も綺麗でなく、田んぼのあぜ道や
砂利だけが敷き詰めてあった道路をテクテクと歩いたものだが。
こんな看板も無かったが、当時は駅や道端やお店の前に箱が置いてあり
そこに自分が呼んだ平泉の俳句を書いて投稿するなんてのがあった。

ちょっとその辺の人に聞いても、知りませんだって。

良いことだったと思うけどねえ。


旧観自在王院庭園


観自在王院は藤原基衡の夫人が造営した寺院です。その庭園は、毛越寺とともに浄土式庭園の典型とされています。
ワンコは入れないから裏道からのお堂です。

広い庭園で、手入れも行き届いていました。



中尊寺金色堂は8時半から拝観可能なので、7時半頃から小山のぼりです。
以前は犬は山道も禁止だったけれど、今はよくなったとの事。
月見坂を登って居版最初にあるのは弁慶堂。


中尊寺山門。


世界一山門の似合う黒ラブロック。(?)


中尊寺境内。
まだ準備中。やっぱり境内が良く似合う。


オゴマ点火中。
そのくらい早く行った。


ご本殿。
ここでもお賽銭と、復興募金をした。


俺の後ろにあるのが世界遺産に登録ほやほやの金色堂。
やっぱり、世界遺産が一番似合う黒ラブロック。
お坊さん達が綺麗にお掃除していた。


この中に黄金に輝く金色堂がある。
とにかくまぶしくて綺麗。
ロックは入れないので、とりあえず入り口で預かってもらうことに。
ここでも大型犬は不当な扱い。
小型犬や中型犬で抱っこやバスケット籠類に入れられるワンコは入っても大丈夫だなんて。


入っていく時に、ウワン(俺も行きたい!!)と言ったがお留守番!!と言い聞かせる。


讃衡蔵も含め、およそ15分後再開。
お寺の方々に、全然吠えないんですね、ほんとおりこう。なんてほめてもらった黒ラブ。

経蔵。


芭蕉の句碑。


もともと金色堂があったお堂。


白山神社能楽堂。


明治天皇がお見えになったとの碑も有り。


10時過ぎ毛越寺へ。
ここも小型犬と中型犬は抱いて籠に入れて大丈夫。
大型犬は車待機。


やはり見事な庭園。
既に観光客いっぱい。


どうもカメラの使い方に問題がある。
本当はものすごく綺麗なのに。


常行堂。
シルバーボランティアの解説の方が、何回聞いてもわすれっちゃうのよね。
年だからとかいってみんなを笑わせていた。


見事な松と沼のほとり。


遠くに見える小学生。
福島の鎌田小学校5年生。

修学旅行?と聞いたら、
はい。でも違うんです。
なぜ? 
本当は栃木の予定だったのですが、放射能で外へ出られないので
平泉に変更になったんです。

何か胸が詰まって何もいえなかった。
もう少しで終わるから頑張ってねとしか声をかけられなかった。
はい、ありがとうございます。なんと大人びた挨拶をしてくれた。

早く外で遊べる環境にしてやってよ!!
国会議員の皆さん。


お昼過ぎ平泉から東北道へ一気に南下、一路千葉へ。
本当は宮城の友人のお墓を探しに行く予定だったけれど、現実を見てみると
犬連れで、泊まるところもなくなんとなく不謹慎なような気がしたので
そのことは後で一人で出かけることにした。


途中、SA長者原で一休み。


えへっ!


北海道も楽しかったぞ!!


お父さん待ってるかな?


すっ飛び母ちゃんの運転で、6時過ぎ無事到着。
8泊9日、北海道、青森、岩手、全走行距離およそ2870キロ。
そのうち夫運転およそ800キロくらい。


今回も無事に帰りついた。やれやれ。

お土産は、これら。
東北復興とか、応援グッズとか書いてあるとすぐに買ってしまう。


今回の一押し、
大間のTシャツ。
美味しかったし、


長い旅日記。
読んでくださってサンキュウ!!











岩手県九戸郡野田村 被災地を訪問

2011年07月20日 | 東北地方太平洋沖地震

7月20日
台風が近畿地方に上陸し、関東地方へもむかっている。
変なお天気で薄日がさしてみたり、急に雨が降ってみたり。
晴れてる合間を狙って、黒ラブはお散歩します。



7月7日、七夕でした。

この日は父の従兄弟が住んでいる野田村へと向かった。

大間からおよそ5時間。
すれ違う大型のトラックの上には津波で流されたと思われるつぶれた車が
何台も重ねて積んであった。

野田村の標識が現れたとたん、瓦礫の山が、、、、。


海沿いの道路は泥がまだ完全に取り除きが終わっておらず、堤防はあちこちずたずたに
壊れており、どこもここもコンクリートから折れ曲がった鉄筋がにょきにょきとはえているようだった。

およそ35年前と10年前にも来たことがある。
35年前に来た時は早朝船に乗って沖合いのホタテの養殖場まで連れて行ってもらい
船の上で取れたてのホタテを食べたことが今でも忘れられない思い出。

10年前に来た時とずいぶん地形が変わっていたので迷ってしまいながらでも
何とかそれらしきところに着いた。


何かおおっぴらに写真など撮ってはいけないような気がしてこそこそと。
港ではこうして災害の復旧をしながら猟師さんたちが網の繕いなどをしていました。
これは流されてむちゃくちゃになってしまった網でしょう。


誰も会いないところをぐるぐる回っていたらおじいさんが来たのでたずねると、
ほらそこだよと目の前のおうちを指差した。
やっぱり、ここだと思ったけれど10年前と比べると地形が違う。
お家の前にも瓦礫の山が。
おうちを修理していた大工さんに、
こちらの方は?と聞いても、
さあ、どっかその辺に行ったんじゃないんかね。

野田村では住宅役310棟が全壊、38人死亡約120人が行方不明。


この松は地上から15mくらいのところにあるけれども、途中で折れているところまで
津波がきたのがよくわかる。


待つこと10分。
お散歩に出かけていた父の従兄弟の奥さんと無事再会。
まあまあ良くおいでくださいまして。と、とても綺麗な南部弁で話をしてくれました。
東北と言えば全部一緒くたにずーずー弁を東北弁と言うけれど、岩手県のこの地方では
南部弁と言ってとてもきれいな都言葉に近い言葉遣いをします。

前回来た時と地形が違うのですがと言うと
基盤整備で山を崩して平地にし、道路をよくして堤防をかさ上げしましたのんす。

地震の時おばあさんはどうしていらしたのですか?と聞くと
私達は、地震が来たら高いところへ逃げるのが約束でしてな、本当は家の納屋の2階が
そうでしたが一人で怖かったので、みんなが居る後ろのほうへ逃げましたのす。

はあ、前の家のおじいさんは昼真っからお酒を飲んでぼけてましてな、
流されてしまいましたのす。

88歳になるおばあさんは、大昔私が訪ねたことも全部覚えていてくれ、父や母が来た時のことも覚えていてくれていました。

おじさんは地震の後亡くなったそうでしたが地震とは関係なかったみたいでした。

お家は、家の前の石垣が流され、津波は座敷の上くらいまでしか来なかったのに
流されてきた松の木が居間のガラス戸を壊していきましたのす。

逃げた場所から見ていましたらな、真っ黒な波があの高い松の木のうえを覆いかぶさるように
きたのです。
それはそれは恐ろしかったです。と。
新しい堤防がもう少し長かったら家は大丈夫だったのですがな。

まあ、あのような瓦礫の山がおよそ5つ6つもあるでしょうかねえ。
と、淡々と話してくれました。

小一時間お話を聞いて、ほかの親類の方たちの無事も確認できたのでお暇をすることにした。

まあまあ、良く遠いところをおいでくださいまして。
何もお土産を差し上げられずにといって、
大工さんのおやつに買っておいたものしかありませんがといって、パンを頂いた。

被災お見舞いに行ってお土産をもらう私って、、、、。

おばあさん写真を一枚お願いしますと言うと、
こんなおばあさんの写真なんかと言いながらにっこり笑ってくれた。

また来ます。

それまでお元気で。





この後平泉へ車を飛ばす。

黒ラブロック、またいつの日か北海道へ。

2011年07月19日 | 旅行

今日は7月19日、白内障の手術から5日たったので今日から出勤のお父さん。
いやあ疲れた。



by the way。
8月6日新冠から函館へ。
およそ300キロ。
北海道では動物飛び出しありに、キタキツネや鹿がある。


夕方6時 今晩の宿、函館パークホテルに到着。
僕の部屋はここ。
大中小のケージがあり、空調完備モニターでホテルのロビーから観察することが出来る。
この日は貸切。

函館は大都市なのに大型犬同宿可能のホテルが全く無い。悲しい。


ホテルの前の公園はずーっと続いていて気持ちがいい。


これは函館のいか。雨水マンホール。
如月さんへ飛んでけ~~~~~!



さあ、北海道は今日でさよなら。

早朝散歩をしていたら月光仮面がいた。

川内康範はさん、小さい頃函館に住んでいたご縁で銅像があるそうです。


公園の中の四季の少女。



函館に古くからあるデパート。
ぼうにもりや。つぶれずに今もある。ああ、懐かしいなあ。


函館港、後ろに見えるのは摩周丸。
青函連絡船で22年位前に就航終了して、その最後の航行に長男長女を乗せたのを思い出した。


函館と言えば朝市だあ!
もお沢山のお店があって迷っちゃうよ。
蟹かに蟹かに。



そこでも俺はモテモテだったぜ。
可愛いねえ、とかお利口なんだよねえとか。
お母さんはお財布もって行かなくてほんと良かったと思っている。



さあ、ホテルともお別れ。


本当はこの船に乗りたかったんだ。
ナッチャン号
ほかにも、函館と青森を走るフェリーには犬が楽しく乗れるのがあるのに、
なぜ、大型犬だけはだめなんだ!!
それだけが悔しい。
大型犬のほうがおとなしいし、しつけもちゃんとしているし、無駄吠えもしないし。

ぜひ、大型犬が楽しくフェリータイムを過ごせようにお願いしたいです。


これが俺の乗る船。


函館のフェリー桟橋に小さいながらドッグランが出来ていた。 



船倉に閉じ込められる前の軽いランニングさ。


7月7日。
9時30分函館発、11時10分大間着。

この後、岩手県九戸郡野田村の父の従兄弟の無事を確かめに行く。




久々の気兼ね無しお泊り宿。

2011年07月18日 | 旅行
7月18日朝5時半。
散歩をしているとあちらこちらの家から怒号や、拍手が聞こえてきた。
何かしらん、と思っていたらWカップの決勝戦。
6時過ぎ、向かいのお父さんの大声が聞こえた。
”やったー!!”

急ぎ家に入ってテレビをつけると、なでしこジャパンが金メダル。

ばんざーーーい!!




by the way
7月5日にさかのぼり、、、、。

泊まったペンション シルバーフォレスト
滞在型の宿泊施設ではあるが幹線道路より離れていてちっと解りずらいところがある。


暖炉有り。冬になったら間伐材を燃やすそうな。


ご主人が打つそば処。


流石北海道、熊が居る。
お友達からもらったそうな。


熊の敷物も。
最近はあまり見なくなったけれど。


これ食べられるのか?
違うってよだれこぼさないでよね。

ここはお部屋のみフリーで大型犬でも泊めてもらえます。
しかも、ワンワンコ1000円。



夕食はジンギスカンとご主人が打ったおそば。
野菜はすべて有機、無農薬との事。

美味しかったですう。


早朝散歩の後。
ドッグランもあるのですが、俺一人で走るのいや。
お母さんも一緒に走れとのたまう次男。

でも、ほかの誰かの落し物があり走れない。
これが残念。


9時半、おばさんの家へ。


前回来たとき従兄弟に犬吠えさせないでくれといわれたので遠くからこっそり。
当才馬も、いるいる。


おじさんと連れ立って叔母さんの居る施設へ。

2~3年前から認知症を患っていたおばさんを、何とか家族で見ていたのだけれど
おじさんとおばさんの関係が悪くなってきたので施設へお願いしたと言う。

何で言うことが解らないと怒るおじさん。
起こられるとおびえて余計に何も出来なくなってしまうおばさん。

でも今はいい関係になって来ていると。

おじさんのことを忘れたおばさんは、時々思い出して父さんと言うと
おじさんも嬉しそうで優しくなってきたと、従兄弟が言っていた。

病院へ行く前に姉と二人でおばちゃんは私の顔を見たら、絶対にお母さんの名前呼ぶね。

会ったとたん、嬉しそうな顔で私を見て母の名前を読んだ。

嬉しいような悲しいような、、、、、。

一緒に外出し、お昼を食べて元気なおばさんの顔を見られ安心して
函館へ向かう。

札幌から 新冠へ  (俺も俺も入りたい!!)

2011年07月16日 | 旅行

7月4日
お母さんとお父さんははお友達の夫婦とゴルフ。そりゃ大変な嵐で普通ならクローズになると
お母さんのお友達が言っていた。

今日のお客様は、横浜のお客様とお客様2組です。

そうか千葉と横浜だけか、なんてお友達のおじさんが言っていた。

立っていても風が雨が耳の中に進入してくる。
ショットを打てば帽子に含まれた雨水が遠心力で飛んでいく。
そんな状況でのお母さんのスコアは、なんと生涯初のベストスコア。
午後雨風がやんで景色を見れば札幌の街が一望できるロケーション。
次回は是非晴れた日に!!

その後お母さんたちはおじさんのうちで美味しいものを(松川のお刺身、毛蟹、馬糞うに
ホワイトアスパラ等々)美味しいものを沢山食べたらしい。

俺はおばさんの家でトイレも我慢していたのに。
おばさんは体が弱いので俺のお散歩はむりなため、ただ見てるだけ。

8時近くに帰宅してそれから急いでお散歩に連れて行ってくれた。

が、しかしお母さんは札幌で迷子になってしまった。

不携帯、所持金なし。

ワン子連れのお兄さん捕まえて帰り方を教えてもらった。

くれぐれも明るい大通り通ってくださいね!
ありがとうござんした。無事10時過ぎ帰り着きました。
お母さんのドジ。

明けて7月5日。
早朝散歩。
ここは4年前に俺が突入して大騒ぎを起こした店。
お母さんそりゃ平身低頭して大変だったんだぜ!!


いつもお世話になっているチビデカ公園。


ふっ懐かしいぜ。


ちっちとねえねの新居にお邪魔した。
俺も俺も入りたい!!

残念ながらどんなに頑張っても入れてもらえなかった。

パパは相変わらず犬が嫌いなんだって。

午後、お父さんは千歳から飛行機で帰宅。

俺はお母さんと、おばさんとで、新冠に住んでいるおばあちゃんの妹さんのお見舞いに。


4時頃到着。

有名な馬。


俺はそんなに興味は無いけれど、お母さんは馬と言うとおじいちゃんを思い出して
すぐ感激に浸ってしまうらしい。


だあれのために走るのか、♪♪♪~~~さあらばあハイセイコー♪♪


いい身体だ。



今夜の宿はシルバーフォレスト
久々の犬OK。しかも同部屋。

露天風呂有り。ドッグラン有り。



函館から札幌へひとっぱしり

2011年07月14日 | 旅行

7月2日超快晴。
無事にロックを引取り、予定通り10時函館出発。
およそ300キロ。時間にして5時間。さあ、頑張りまっしょ!


まずは森町にある道の駅で小休止。
函館を出てすぐの一般道は良くネズミ捕りをやっているので、地元の車の動向を見ながら
運転しないとつかまることが多い。


道央自動車道の有珠山SAのドッグランで小休止。


走って、もっと走って!

だけど暑いんだもん。

小一時間の休憩を挟んで再び札幌へ向け出発。


車の中での俺。


プーさん好きだしな。


およそ5時間半くらいで札幌へ到着したけれど、そのまま厚田村の両親のニューお墓参り。

5時過ぎ無事姉の家に到着。
よう走ったなあ。

お疲れさん。
ちゃんとこっち向いてよ!!


この後お母さんは俺の荷物を入れてすぐさま友達の待つ美樹ちゃんの店
鳥よしへ。

まあすっかりおしゃべりに夢中で、これしか残っていない。

7月3日義兄の7回忌法要。
無事終了。

いよいよ北海道へ 入るその前に。

2011年07月13日 | 旅行


7月1日
青森県横浜町からおよそ2時間。
大間岬到着。

そう、あの大間。
鮪の。
一本釣りの。


本州最北端の碑。


お天気の良い日は函館が見えたりするのだけれども、あいにくの曇り空。


さてさて、今日のお昼は思いがけずこれにしちゃいました。


いつもは無いんだって、今日始めて取れたんだって。
食べないわけ無いじゃん!!


比べるものが無いけれど、夫の体重が68キロなのでおよそ7キロ足して、、、、。


赤身丼。


大トロ、中トロ、赤身三色丼。

もう本当に美味しい。
生臭みも無く、大トロなんか脂っこさも無い。
するっと入って、するっと咽越しさわやか。


俺には、俺には、なあ俺には!!
お店のご好意で隅っこのほうへ入れてもらえた黒ラブは、
もらえる気満々だったけれどNG。
ご飯をほんの少しだけでした。

シーズンになったら予約で送ってくれるそうですが、
赤身、 100g 4000円
中トロ 100g 6000円
大トロ 100g 8000円 予約はいいです

ちなみに昨日のお昼は、ここで
タン塩丼を食べました。
1000円のところ、東北支援のため880円でした。



お留守番の長男に、パジャマ代わりのTシャツを購入。
代金の1割が東北復興のための義捐金に寄付されました。


いよいよこの船で北海道に行くのだ。


お父さんは初めてだから俺がしっかりしてないとな!


ロックは車の中、およそ1時間半なので体調も悪くなることも無い。


船の上から見る函館山。


着いたぜ函館。


函館では大型犬の同宿ができない。
それど俺だけワンダードッグと言うホテルへ。

お姉さんが綺麗なだけで俺は知らない車に飛び乗ってしまうのだ。

一度も車外を振り向くことなく、ささ行きましょ。
ったく、薄情なやつ。



今夜の宿は啄木亭

石川啄木が

    たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず

と詠んだ歌碑が函館にあります。

夫が函館山に登りたいと言ったので行こうと思ったらだめ。
7月1日から午後5時から10時までは一般のマイカーは入山禁止。

えっ、知らんかった。
前回は大丈夫だったのに、、、、。

車でぐるぐると、ハリスト聖教会やいろんな名所を回っただけ。
喧嘩有り。

ホテルを探して車でぐるぐると、大喧嘩有り。

無事ホテルに到着。

夫御所網の源泉かけ流しの湯。

展望にある露天風呂につかりながら海に落ちてゆく夕日を眺めながら、
ああ、極楽極楽。
そして目の前は函館競馬場。
最初に競馬を見たのが小学校2年だったっけ。
函館3歳ステークス。         (私の本名は馬女)



およそ1時間後、待望の夕食。


残念ながらお刺身が一番良くなかった。
函館だから期待していたのに、、、。

後、蟹、変な味がしていた。がっかり。
生まれも育ちも北海道で、魚も蟹も充分食べているので、美味しくないのはすぐわかる。

最近のホテルは夕食もバイキング方式が多く、落ち着いて食べられないからわざわざ部屋食
を選んだのにと、ちょっとショック。

宿から夜8時に函館山めぐりのツアーバスが出るとか。
そっちは良いんだ。



7月2日
翌朝5時から温泉に。

露天風呂に出たり入ったり、サウナに出たり入ったりしながら
目の前の競馬場では馬が早朝の慣らしをしていた。
今日は土曜日だから競馬があるんだな。

何頭もの馬が並足で馬場を走っている。

いつまでも見飽きることも無く、7時ちょっと前のぼせることも無く風呂を出た。


お前何時間入っているんだよ。
風呂の中で倒れてでもいるかと思ったぞ!!

倒れたら誰かが知らせに来るでしょ?


10時引き取りのロックを迎えドッグホテルに向かったら引っ越して違う場所。
お前はいい加減なんだと、朝から大喧嘩。

迷いながらも無事に引き取り。

お姉さんについていった時はあんなに満々だったのに、帰る時も、お父さんお父さんと
満々だったへんなやつ。




後は札幌目指して一直線。

今夜は友人達と、美樹ちゃんの”鳥よし”で宴会だぁ。

あっ、お父さんとロックはおばさんの家でお留守番でぇぇぇぇぇす。



黒ラブロック 三度北海道へ!

2011年07月10日 | 旅行

所用を含めあれこれ取りまとめていく三度目の北海道。

1、義兄の7回忌
2、移築した(両親)お墓のご対面。
3、友人夫婦とのゴルフ。
4、毎度の鳥よしでのクラス会モドキ。
5、母の妹(叔母さん)のお見舞い。
6、父の従兄弟の震災見舞い。
7、世界遺産に認定された平泉の3度目の訪問。
8、若くして自死した友人のお墓の確認。


6月30日、午前6時出発です。
今回始めてお父さんの参加。

荷物も積んだ、ゴルフバッグも積んだ、さあしゅぱあつ。


高速道路はいろいろと情報があってでこぼこだったり、走れないとのうわさがあったけれど
ほとんど普通に走ることが出来た。。一部50キロ制限のところはあったけれど
それほど不都合を感じることもなく、ところどころ補修の後は見られたけれど大丈夫だった。

そしてこんな車が沢山見られた。


高速道路のPAには、こんなのも。


そんなところの小休憩。


俺はな、お父さんとお母さんが一緒だからいつもより嬉しいんだジョ!!
笑わん殿下が笑ってる。


こんなキレイナ空の下にいろんなことがあるなんて。


PAだって頑張り一色。


そして買ってもらったのがホタテのおやつ。
俺専用。たまらんくらい美味しかったぜよ。


今晩の宿はここ。
青森県上北郡横浜町。


ここは4年前にお母さんが探してオーナーさんにお願いして止めてもらった場所。



1日目。
およそ800キロ。
休憩含め11時間。

その間、夫婦喧嘩3度。

母の声   だから一人のほうがいいのに。
父の声   俺が居なかったらどうなってるのか、、、、、。


無事に予定通りの工程を経て明日は北海道へ、、、、。


今日のお土産はこれですがな。