8/14(金)は「かんぽの宿たけはら」から、
車で15分ほど走り、竹原の街中へ。
パンフレットの案内に載っていた駐車場に車を止め、
そこから5分も歩くことなく、町並み保存地域に入った。
↓
入ってすぐのこの立派な旧家は? と見ると、頼 山陽 の祖父の家
↓
この家で頼山陽は子どもの頃、よく本を読んで過ごしたそうで、
裏庭には漢詩の歌碑が立っている。
↓
「頼 山陽」という名は学校で習ったが、どんな人だったか?
すっかり忘却の彼方となっていたが、ネットで調べて、
歴史家・思想家・詩人、尊王攘夷運動…、あぁ、そうやったんか。。。
と思い出すくらいで、私は漢詩を見てもちっとも分からない。
昔の人はこんな難解な漢詩を読んで、理解できていたんですね。
少し歩くと竹細工の教室を兼ねたお店
↓
これが竹細工?と信じられないほど、繊細で美しい飾り皿。
↓
これは目の保養だけとし、夫が買ったのは竹の杖。私は花器カバー
竹原市歴史民俗資料館
↓
庭にはマッサンこと竹鶴政孝さんと奥さんのリタさんの像
↓
今はマッサンブームで、1階の展示室の大部分は、
マッサン関連で、リタさんの日本髪姿の写真も。
↓
↑
2階に上がるとナウマン象の化石から「所得倍増計画」で有名な
池田勇人元総理の写真。竹原の近くの村の出身だそうな。
その先には立派な、ちょっと変な屋根の家。ウダツでもなさそうだし…。
↓
これは松阪邸。中をじっくり見た後
こちら側から撮っても普通の屋根だが…、
↓
パンフレットを見ると、こんな屋根なんだと。
このように見えるのは隣の家の敷地からだけのよう。
↓
この「隣の家」とはマッサンの生家。今も住居として使われている様子。
生家の向かいが竹鶴酒造
↓
↓
↑
これは旅館だったそうで「池田総理とマッサンが、
酒を酌み交わしたこともある旅館」だと
松阪家の案内のお兄さんが説明してくれた。
そのお兄さんに私が「マッサンの朝ドラのおかげで、
竹原は大にぎわいやねぇ」というと。
「遅いっ! やるならもっと早くやってほしかったっ!」と
地団駄踏んで悔しがっていた。
マッサンのドラマが始まるまでは、
竹原もそうとう寂れていたんやろなぁ。
お寺のような高い大きな屋根の建物は森川邸
↓
塩で大儲けをして建てた“御殿”とも言える、
広大で高級感あふれる屋敷と庭。家の中は冷房がなくても涼しい。
↓
江戸時代、「たけはらを買いに行く」という意味は
「塩を買いに行く」という意味だったそうなと。
それくらい竹原の塩は質が良く、大きなシェアを占めていた
ということで、我々も「たけはら」をお土産に買った。
いくつかこのような改築・修繕中の建物を目にした。
↓
町並み保存地域は、人々が住みながらその町並みを守っている。
このような修繕は費用がかさみ、日にちもかかり、大変でしょうね。
倉敷の美観地区のような、お洒落さや華美さはないが、
竹原の町並み保存地域は、
しっとりとした木のぬくもりと、居心地の良さを感じた。
みなさん、ぜひ竹原に行ってみてください。
車で15分ほど走り、竹原の街中へ。
パンフレットの案内に載っていた駐車場に車を止め、
そこから5分も歩くことなく、町並み保存地域に入った。
↓
入ってすぐのこの立派な旧家は? と見ると、頼 山陽 の祖父の家
↓
この家で頼山陽は子どもの頃、よく本を読んで過ごしたそうで、
裏庭には漢詩の歌碑が立っている。
↓
「頼 山陽」という名は学校で習ったが、どんな人だったか?
すっかり忘却の彼方となっていたが、ネットで調べて、
歴史家・思想家・詩人、尊王攘夷運動…、あぁ、そうやったんか。。。
と思い出すくらいで、私は漢詩を見てもちっとも分からない。
昔の人はこんな難解な漢詩を読んで、理解できていたんですね。
少し歩くと竹細工の教室を兼ねたお店
↓
これが竹細工?と信じられないほど、繊細で美しい飾り皿。
↓
これは目の保養だけとし、夫が買ったのは竹の杖。私は花器カバー
竹原市歴史民俗資料館
↓
庭にはマッサンこと竹鶴政孝さんと奥さんのリタさんの像
↓
今はマッサンブームで、1階の展示室の大部分は、
マッサン関連で、リタさんの日本髪姿の写真も。
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2階に上がるとナウマン象の化石から「所得倍増計画」で有名な
池田勇人元総理の写真。竹原の近くの村の出身だそうな。
その先には立派な、ちょっと変な屋根の家。ウダツでもなさそうだし…。
↓
これは松阪邸。中をじっくり見た後
こちら側から撮っても普通の屋根だが…、
↓
パンフレットを見ると、こんな屋根なんだと。
このように見えるのは隣の家の敷地からだけのよう。
↓
この「隣の家」とはマッサンの生家。今も住居として使われている様子。
生家の向かいが竹鶴酒造
↓
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これは旅館だったそうで「池田総理とマッサンが、
酒を酌み交わしたこともある旅館」だと
松阪家の案内のお兄さんが説明してくれた。
そのお兄さんに私が「マッサンの朝ドラのおかげで、
竹原は大にぎわいやねぇ」というと。
「遅いっ! やるならもっと早くやってほしかったっ!」と
地団駄踏んで悔しがっていた。
マッサンのドラマが始まるまでは、
竹原もそうとう寂れていたんやろなぁ。
お寺のような高い大きな屋根の建物は森川邸
↓
塩で大儲けをして建てた“御殿”とも言える、
広大で高級感あふれる屋敷と庭。家の中は冷房がなくても涼しい。
↓
江戸時代、「たけはらを買いに行く」という意味は
「塩を買いに行く」という意味だったそうなと。
それくらい竹原の塩は質が良く、大きなシェアを占めていた
ということで、我々も「たけはら」をお土産に買った。
いくつかこのような改築・修繕中の建物を目にした。
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町並み保存地域は、人々が住みながらその町並みを守っている。
このような修繕は費用がかさみ、日にちもかかり、大変でしょうね。
倉敷の美観地区のような、お洒落さや華美さはないが、
竹原の町並み保存地域は、
しっとりとした木のぬくもりと、居心地の良さを感じた。
みなさん、ぜひ竹原に行ってみてください。
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