ミスユニバースになった方が、マンガ家だと言うので、チェックして見ました。
地方紙で、4コマ漫画やネットでイラストなどを描いているそうです。
それだけでは、あまり収入にはならないと思うのです。
ミスユニバースになったので、その経験を生かして作品を描いたら、きっと大ヒットするでしょう。
すでに、世界中からアクセスがあるのです。
ご本人は、日本のマンガを世界に伝えたいとコメントしていらっしゃいました。
ある方が、天は二物を与えたと書きこみをしていましたが、本当にすごいですね。
それこそ、少女まんがか韓国ドラマのような人生ですね。
昨日は、一日寝たり起きたりしながら過ごしました。
と言っても、次回作のキャラクター作りや資料整理などもしていました。
今日は、その続きをしながら、いろんな整理をしようと思っていますが、外はすっかり春の陽気です。
白馬スネルゴイキャンプのバイキングではデザートを少なめにしたので、体重は少ししか増えていませんでしたが、それも元に戻しました。
初日よりは、体重が減ったので喜んでいます。
咳も捻挫も、もう少しかかりそうですが、がんばるぞー!
今週は、皇居内の展示物を見に行かなけらばならないし、土曜日には、いやしの集いがあります。
それと、マーリン・キャロザースさんの続きを描かなけらばなりません。
休む間がないと言うのも、いい物です。
毎日が日曜日だったら、きっとつまらない人生になってしまいますね。
ところで、最後の将軍・徳川慶喜は、謹慎生活が解けた後、30代半ばから70代半ばまで、隠居生活で毎日が日曜日でした。
しかし、お金があるので当時では最高級の、カメラや車などの趣味にあけくれた毎日でした。
いろんな趣味の内、刺繍は、うまいと思いますが、油絵は、下手だと思います。
カメラは、うまいのかどうか分かりませんが、当時の貴重な資料を残したことになり、良かったですね。
彼は、隠居生活に入ってから、10人以上の子供を作りましたが、それらの方々が皇室から華族、財閥などに縁組みをされました。
そのことが、徳川家を日本の中枢に組み込む役割をしたわけです。
慶喜が隠居してから、一番の功績は、たくさんの子供を作ったと言うことではないかと思っています。
子供が多いと言うことは、閨閥を広げるためにも必要条件なのですね。
その一人が、勝海舟の死後、勝の孫と結婚して、勝家を継いだのです。
超貧しい旗本の孫と、旧将軍の子供が結婚するなどと言うことは、江戸時代ではありえなかったことです。
歴史は、そう言う意味でも面白いですね。