日々の幸せを育んで

ワンちゃん達がいて、孫達がいる日々の生活。小さな幸せのある暮らしを綴っています。

宝物はいつも・・・

2021年01月23日 14時50分00秒 | 日々の暮らし

とっても寒い日があり・・・驚く程暖かい日があり・・・こんなに大きな気温差が続くと、身体が上手く気温に適応しなくなります。
で、主人も私も少し風邪気味です。

時間があると、昔のブログを読み返しています。
『ナナもいたし・・・アトムもいたし・・・』
『ワンちゃん達と幸せな日々を過ごしていたな・・・』
って温かい気持ちなります。

ワンちゃん達のその時その時の気持ちが、今伝わってくるのが嬉しいです。

          

リビングのお花が枯れてしまって、そのままになっていたので、新しいのに替えました。
お花があるだけで・・・緑があるだけで・・・心が和みます。

えいちゃんは、気がつくとソファの下に潜り込んでいます。
もうすぐ這い這いができそうですが、今は後ろへ後ろへと進んでいます。

             

しょうちゃんは2歳5か月ですが、話している事は何でも理解できているみたいです。

話し掛けている事に対して、適切な答えが戻って来るので、私達はしょうちゃんが2歳5か月だという事を忘れてしまっている事が多くて・・・。

「まだ、2歳5ヵ月なのに、それを理解するのはちょっと難しいよね。」
って事に、時々気づかされます。

「赤ちゃん言葉で話すのではなくて、こんなにしっかりした受け答えができる2歳5か月の子っているんだろうか?」
って、主人と娘と3人でよく話しています。

             

しょうちゃんは、
「マリー、しんじゃった!」
「アンちゃん、しゅき!」
って言います。

アンの事を覚えているのかは疑問なのですが、マリーとアンの写真を見ても
「ちゃんちゃん、アンちゃんしゅき!」
って言っています。

ホームセンターへ行ってワンちゃんを見ると、しょうちゃんはとっても喜んでいるので、ワンちゃんが好きなのだと思います。

          

毎日子供達が眠るまでは、本当に賑やかで騒がしくて、静かにゆっくり過ごす事などできませんが、夜子供達が眠ってから、お風呂上りに主人と娘と3人で、ちょっとした体操をした後、笑いながらお喋りして、それから眠るのが習慣になっています。

主人が体操する時は、
「お父さん、腕がまっすぐ伸びてないよ~。」
「膝が曲がってる~。」
・・・・・
「そうそう!、それでまっすぐだよ。」
って娘にきちんとチェックしてもらっています。
主人の体操は何か手抜き体操なので、娘に厳しく指導してもらっています。

             

           ♪♪
             思い出してごらん 五つの頃を
             涙流していた   五つの頃を
             嘆く訳といえば  只のひとつも
             思い出せなくとも 涙の味を

             思い出してごらん 五つの頃を
             風を追いかけてた 五つの頃を
             宝物はいつも   掌のなか
             居眠りをしながら 掌のなか
             ・・・・・
             時は流れ過ぎて  大人になって
             涙流しながら   泣けなくなった
             思い出してみたら 悲しくなって
             泣きだそうとしても 泣き顔がない
                              ♪♪


私は、この歌詞が好きです。
子供の頃は、掌の中にいつも宝物があって・・・どんな時も握りしめていられたのに・・・。

マリーを亡くしてから、この歌を何度も聞いています。


               

 


家中スッキリすると

2021年01月12日 11時58分00秒 | 日々の暮らし

今朝は、雪が降っていました。
先週は、寒い日が続いて
『去年は、こんなに寒くはなかったのに・・・』
って思う毎日でした。

          

ブログを読み返していると、アンとマリーがお散歩に行っている写真を見て、
『写真の中のアンとマリーは生きてる・・・』
『アンもマリーも走ってる・・・』
『ちょっと前まで、こんなに元気だったのに・・・』
『今は2人共いないんだ・・・』
と思うと、涙が溢れてきます。

マリーが日々弱って行く姿を見ていたのに、そんな事がなかったかの様に、元気一杯のマリーしか思い出せません。
『あんなに元気一杯だったマリーもいなくなってしまって・・・』

頭では分かっているのですが・・・気持ちが、どうしてもそこについて行けません。

             

リビングの蛍光灯を、目に優しいという暖色系にしていましたが、暖色系は何か寂しい感じがして、すべてが暗く感じてしまうので、冷色系に変えました。
冷色系だと、すべてがスッキリ見えて・・・『元気!』って感じになれます。

ワンちゃん達の物がなくなり、籐の椅子の位置を変えたりして・・・家中がスッキリすると、
『この家で、23年間4人のワンちゃん達と暮らしていたのは、本当だったのだろうか?』
っていう気持ちになります。
ワンちゃんを飼っていなかった頃と、何にも変わらないリビング。
23年前よりは少し汚れているかも知れないのですが・・・フローリングもきれいなままだし・・・。
ワンちゃん達の気配を感じないリビングには、まだ慣れません。

「マリーは年老いて行っても、誰にも迷惑を掛けずに、しっかりと自分の人生を終えたよね。」
「本当に完璧だったよね。」
「老いて行く事についての正しい見本を見せてもらった様な気がする。」
「私達もしっかり生きないとね。」
って昨晩、主人と話しました。

          

また、ワンちゃんを飼うかどうかは、今は分かりません。

今週も今日から、また孫と娘に囲まれた生活が始まりました。
毎日、精一杯孫達との暮らしを頑張りながら、答えを見つけたいと思っています。





1997年~2005年までのdiary リーの死も含めて

2021年01月04日 15時15分00秒 | 日々の暮らし

新しい年を迎え、
『去年のお正月はアンを亡くした後、どう過ごしていたんだろう?』
と思って、ブログを見返しました。

お正月は、やはりブログアップしていませんでした。
マリーを亡くしてから、リー、ナナ、アン、マリーの事を考える時間が多くなり・・・リーを亡くした頃、まだブログを始めていなかった事に気がつきました。
その頃は、ホームページをしていて、diaryのページを作ってそこに書いていました。
ホームページはもう止めてしまったので、diaryが保存してあるのかを探して・・・リーの事もこのブログに残しておきたいと思いました。

今と違って、毎日書いているdiaryじゃありません。
その頃のdiaryをコピーして・・・ここに書きました。

          

<1997年2月23日(日)>
我が家は一人娘なので、実家の母に勧められて犬を飼うことになりました。
娘のお友達がシーズー犬を飼ってられてとっても可愛かったので、我が家もシーズー犬を飼う事に決めました。
ペットショップで、真っ黒で小さくうずくまっているシーズーの目を見たとき、すぐに気に入ってしまってその子を買うことに決めました。
それがリーとの出会いです。

手にのる位小さくてとっても可愛い子でした。

<1998年8月10日(月)>
リーがあまりにも可愛くてどうしても、もう1匹飼いたいとずっと思い続けていました。
でも、もう1匹飼って、
『2匹が仲良くできるのだろうか?』
『きちんと世話をしてあげれるのだろうか?』
という不安がいつもあったので、なかなか踏み切れずにいました。

その不安を乗り越えたのが8月10日。
リーを買ってから1年6ヶ月。
ペットショップを巡り歩いて、3軒目でやっと気に入ったシーズー、ナナに出逢えました。
抱かせてもらうと、ひどく震えていました。
すぐに連れて帰れなかったので、予約をして8月13日に迎えに行く事にして帰りました。

<1998年8月13日(木)>
主人と娘と三人で、車でナナをペットショップに迎えに。
今日から、ナナも我が家の一員に。
家族が一人増える喜びで一杯でした。

ナナを予約してからも、ずっとリーの顔しか見ていないので、予約してから3日経ってナナを見た瞬間、
『予約したのは、この子じゃない!』
って思う程、ナナは違って見えました。(リーに比べて目と目の間が狭いので。。。)

家の近くの川べりでリーとご対面。
心配していたよりも、ずっと早く仲良くなったように思います。

<1999年11月3日(火)>
動物病院を選ぶのはとても難しいことです。
大切な大切な命を預ける所です。

「ここが痛い。苦しい。」と口を聞けない分きちんとした先生に巡り会いたいと思い、捜して。。。捜して。。。やっといい先生に会えたと思っていました。
(それまでに4人の先生にかかりました。リーは逆まつげで手術しないと2歳で失明するとか。。。いろんなことを言われました。)

その先生に出会ってから、逆まつげの手術も、出べその手術もしなくても、リーは元気に機嫌よく生活していました。 

          

<2004年6月15日(火)> リーの突然の死
リーが10時半に、パソコンをしている私の所(和室)にやって来ました。

「ハァーハァー」言っているので、(ちょっと太り気味だったので)いつもの事だと思い、
「リビングの方が気持ちいいよ。」
って声を掛けたら、リーはリビングの方に出て行きました。

そしたらリビングで嘔吐しています。
とっても健康な子なので、今まで嘔吐することもほとんどなかったので、
『調子悪いのかな?』
と思って、リビングに行って後始末をしていたらリーが傍にいないのに気がつきました。

いつも私が何かしている時は、必ず傍にいる子です。
何か嫌な予感がして、
「リー~!」「リー~!」
って呼びながら捜すと、洗面所で倒れていて。。。目が見開いていました。

息はまだしている様子だったので、
「リー!死んだら駄目!」
って叫びながらリーを抱きかかえて、慌ててタクシーに乗り動物病院へ。

先生が、
「嘔吐したものが気管支に詰まって、それに驚いて気を失ったのだろう。」
という説明でした。
そして酸素吸入と点滴をしてもらいました。

点滴をし始めると、紫色になっていた舌がピンク色に戻り、お座りができる状態にまでに回復したので、
「家に連れて帰っても大丈夫だ。」
と言われました。(12時)

家に着くとぐったりして、お布団に寝かせたら横になったままで動けない状態でした。
(家に帰りたい一心で、頑張ってお座りしたのだと思います。)
娘が帰ってきたのが13時過ぎ。
「ピ~ン、ポ~ン~!」が鳴ると、娘だと分かったみたいで、リーは起き上がろうとしたのですが。。。起き上がられませんでした。

あまりにも様子が変で心配だったので、病院に電話をしてみましたが留守でした。
その後2回目に掛かった電話で、
「息も荒くて、心配なのでもう一度診てもらいたいです。」
と言ったのですが、
「点滴が効いてくるまでもう少し時間が掛かるし、そんな状態で死ぬことは絶対ないから、大丈夫!」
「本人も気管支に物が詰まって死の恐怖を体験したから。」
「明日になって、もしおかしかったら連れてきなさい。」
と言われて電話を切りました。
その後、リーは3回伸びをして息を引き取りました。

それでも娘が、
「病院へ連れて行く。」
と言うので、
『もう息をしてないから連れて行っても無理。。。』
と心の中で思ったのですが、娘のリーを助けてあげたいという気持ちが分かったし、娘が納得するのならという気持ちで、またすぐタクシーで病院へ向かいました。

先生はリーの身体を触って、
「肝臓がこんなに硬くなっているのは、毒物を食べたんだな。」
って説明されました。

『毒物を食べたなんてあり得ない。。。』
『もし、そう診断するなら、何故最初の時にその処置をしてくれなかったんだろう?』
『何で何の検査もしてくれずに点滴と酸素吸入だけだったんだろう?』
『何で?そんな状態で、絶対に死ぬ訳はないって自信ありげに言ったんだろう?』
『何で。。。?』

頭の中は疑問と不信感で一杯だったけれど、先生に対しては何の言葉も発しませんでした。
何を言っても、リーは2度と私達のもとへは戻って来ません。

7歳5か月の短い生涯をリーは終えました。

<2004年6月16日(水)> お葬式
今まで生きてきた中で、こんなに悲しくてこんなに涙が出たことはありませんでした。
昨日は突然の死で、何がどうなったのか理解できなかったけれど、ふわふわで真っ黒な大きな存在がいなくなってしまったのです。

ただそこにいてくれるだけで、いつも安心していられたのに。。。
『リーからは一杯の喜びをもらったのに、私はリーにいったい何をしてあげれたんだろう?』
と思うと悲しくて悲しくて。。。

ナナも泣いていました。(犬が泣くなんて思ってもいなかったのですが、人間と同じように顔をくしゃくしゃに崩して泣いていました。)
ナナは、我が家に来てからずっとリーと一緒で、離れていたことなんてないのです。
一番悲しくて寂しいのは、ナナなのかも知れません。 

(病院はもちろん変えました。ワンちゃんの散歩でお会いした人に教えてもらった所に。)

          

<2004年8月3日(火)> 

リーが死んでからずっと、何故ここにリーがいないのかが分からなくて。。。

リーがいなくなってから、毎日狂った様に娘と2人でペットショップ巡りをしました。
どこに行っても、リーがいないのは分かっているのですが、ただひたすらリーを求めていました。

リーの49日、縁あってマリーを買って、飼う事に決めました。
「ペットショップに来たばかりの子なので下痢をしています。」
「一週間ここで預からせてもらってから、お家に連れて帰ってあげて欲しいです。」
と言われ帰りました。
帰り道、駅を出て辻まで出ると、きれいにはっきりと虹が見えました。
リーが虹の橋に、そしてマリーが我が家へ。

何か目に見えない繋がりがある様に感じて、涙があふれて止まりませんでした。

<2004年8月9日(月)> マリー我が家へ
元気でがつがつご飯を食べるマリーが、我が家に来ました。

あんなに静まり返ってたのが嘘のように、我が家もまた賑やかな日々が始まりました。
マリーは育てられ方が悪かったのか、性格なのか、とても凶暴です。
ペットショップではおとなしくしっぽを振って可愛かったのに、家に来た途端唸って怒ってばかりです。
何にもしてないのに、攻撃してきます。

こんなワンちゃんは初めてなので、どうしたらいいのか分かりません。
でも縁があって我が家に来たのだから、愛情を一杯与えて育てたいと思います。

          

<2004年8月14日(土)> 1回目のワクチン
マリー初めての病院。
「体重1.4kg シーズー犬の雌では大きい方だ。」
と言われました。

常に何かにイライラしているみたいで、すぐに唸って怒って甘噛みじゃなくて本気で噛むので、病院へ行ったら大変だろうと思っていたらおとなしくて。。。
怒りやすいのは、何か栄養分(カルシューム不足とか)が不足しているのかと思って訊ねてみましたが、
「生まれ持った性格だろうと思います。」
と言われました。

リーもナナもとても育て易かったので、こんなに興奮症で怒り虫のワンちゃんにはびっくりで・・・本当に戸惑ってしまっています。 

<2004年8月20日(金) 膀胱炎>
朝からオシッコをすると、「キャン-ッ!」って泣いて少ししか出ないので病院へ。
取りあえずお薬をもらって後でオシッコを持って行って検査をしてもらうことに。
「こんなに小さくて膀胱炎になるのは珍しいですね。」
って言われました。
検査の結果やはり膀胱炎。

<2004年8月28日(土) 膀胱炎完治>
1週間お薬を飲ませて、もう一度尿検査。
検査の結果もう大丈夫とのこと。やっと安心です。

ナナは、ほぼ1日中私のベッドの上で過ごします。
ナナはマイペースで、ご飯・トイレ・甘えたい時・気が向いた時にだけリビングに来ます。 

でも、やっとマリーを受け入れたみたいで、リビングに自ら来るようになりました。

<2004年9月19日(土)>初めて24時間自由行動
留守番をさせる時は、マリーだけはサークルに入れていたのですが、今日からは出したまま出掛ける事にしました。
帰ってきたら、スリッパなどが破られていましたが心配していたよりは、ずっとお利口さんだったみたいです。

<2004年9月26日(日)> 2回目のワクチン
体重3.2kg
今日も病院ではお利口さんです。
先生が、
「こんなにお利口なのに、どうして家では違うのかな?」
って不思議がられていました。
私も不思議です。。。病院でのマリーのお利口さんぶりが。

尿検査もしてもらったら、尿道結石になる可能性があるのでドッグフードを結石を溶かすものに変えて様子を見ることになりました。
おトイレが覚えられず和室が好きみたいで、和室の戸が開けてあると、必ず和室で用を足してしまうので困ってしまいます。 

<2004年10月3日(日)> お散歩デビュー
マリーは、リードを噛んでなかなか歩きません。
リーやナナよりも、耳が特にいいのか音にとても敏感に反応します。

<2004年11月3日(水)> やっとトイレ覚える
我が家に来て2ヶ月。
やっとおトイレを覚えて、他でしなくなりました。
リーは来た日から、ナナは6日目から、きちんとシッコシートで用をたしました。
なのにマリーは2ヶ月もかかってしまって。。。この差は一体何なのでしょう?

とても手の掛かる子です。
尿検査の結果がよかったので、今日からまた普通食に戻ります。 

<2005年1月3日(月)> 初詣
素盞嗚神社に初詣。
「去年は日の出を見るために6時に起きて出掛けのに、リーが死んでしまって、何もいいことなかったから日の出なんて見たくない。」
って娘が言います。
なので、今年はゆっくりと10時頃に出掛けました。

山の上に神社はあるので、上がるのはとてもしんどいけれど上がったら海まで見えて、とても気持ちがいいので私は好きな場所です。

          

<2005年1月15日(土)>
マリーの怒り癖は相変わらずで、一向に治りません。

すぐに怒って噛みつくので。。。それがあまりにもひどいので。。。真剣に向き合って、机をたたいて怒りながら、言い聞かせてみました。(父が、私達子供に怒る時そうしていたので。)
そしたら「キューン」って鳴いて、ソファの下に隠れてしまいました。

しばらくは隠れていたのですが、出て来たら炬燵に入ってる私の膝に乗ってきました。
「誰も寄せ付けないぞ。」
「みんな敵だから。。。」
っていう壁みたいなものを心に持っていたマリーの心が、動いた瞬間です。
私の気持ちが通じたのか、とてもなついてきます。

余程酷い目に合ったことがあるのか。。。ブリーダーさんが厳しい人だったのか。。。まったく、人を信じていなかったみたいです。
やっと私達を信じてくれるようになって。。。本当に嬉しいです。 
 
<2005年1月29日(土)>
久しぶりにマリーに会った人が
「お利口さんになってる!」
って驚かれていました。
でも、まだ顔の近くに手を持って行くと、顔の相が変わってしまう程異常に怒って反応します。
顔に何かされたのかなって思うほどの反応です。

マリーを飼ってから
「もう犬はいらない。嫌いになった。」
「こんな犬が家にいるのかと思うと、家に帰って来るのが嫌になる。」
と泣いていた娘が、
「マリーが可愛くてたまらない。」
って言う程、マリーは心を開きました。

ナナは相変わらずマイペース。
お散歩のときは、とっても元気に走り回っているのに家では寝てばかり。
一家団欒には加わらず、いつも私ベッドの上にいます。
アレルギーなので身体を掻いて欲しいときにだけリビングの私の傍にきます。

          

<2005年2月10日(木)>  やっとの決断
2000年11月号の愛犬雑誌「WAN」で紹介されていたのを見て以来、ずっと飼いたいと思い続けいたチベタンテリアを主人と娘からのプレゼントとして買ってもらえることになりました。
(マリーも落ち着いてきたし、ナナとも仲良く出来るようになったので。)

私は11月にペットナビで掲載情報を見てから、ずっとその黒白のチベタンが欲しいと思い続けていましたが、
『3人も飼って仲良くさせて、それぞれに愛情を注いで可愛がってあげれるんだろうか?』
『3人を連れて散歩に毎日行けるのだろうか?』『
考え出したら、本当に考えないといけない事がたくさんあります。

毎日同じ考えの繰り返しで、結論は『無理。。。』で終わるのに、諦めることも、決断することも出来ずに中途半端な気持ちで毎日を過ごしていました。

こげ茶のオスが売れ、私の欲しいと思っている黒白の子は残っていました。
毎日日課のように、掲載されているパラダイスケンネルのHPの写真を見て、黒白の子の写真を撫でながら、
『うちにおいで。。。』
『うちの子になって。。。』
って言い続けていました。

『もしこの黒白の子が売れたら。。。?』
『あぁ、良かった。。。!』
『幸せになってね。!』
って私は本当に思うんだろうかって思った時に
『駄目だな、そんな風にはきっと思えない。。。』
『どうしてもこの子が欲しい!』
って。

そんな私を毎日見ていた娘が、主人に相談してくれて、
「お母さんへのプレゼント」
って事で、飼う事に決まりました。

プレゼントなのだったら、何も考えずに2人の気持ちに心より感謝して。。。プレゼントしてもらう事に決めました。
こんなに嬉しい事は、娘の高校受験合格以来久しぶりの出来事です。 

<2005年2月13日(日)> 埼玉~神戸に
朝から慌しく準備して、娘と二人で伊丹へ、アンを迎えに出掛けました。

受け取った時の喜びは忘れられません。
写真で見て想像していたよりも、ずっと小さくてとっても可愛い顔してキャリーバッグの中から私達をじっと見ていました。
こんな可愛い子と縁があって家族になれたこと、とっても親切にメールや電話で応対してくださったパラダイスケンネルの永利さんに、そしてプレゼントしてくれた主人と娘に心から感謝です。
連れて帰るバスの中で、涙が溢れて止まりませんでした。

diaryは、ここまでです。
毎日書いていたのではないので、8年間にほんの少ししか書いていませんでした。

2005年3月からは、今のブログを始めました。


          

このブログにdiaryを書き写すと・・・何かホッとしました。
リーの事も、きちんとこのブログに書き残しておきたいと思っていたので、何かが吹っ切れた様に感じます。

4人を飼い始めた頃からの事が書き残してあるのは、とっても嬉しいです。
みんないなくなってしまって、本当に寂しくて悲しいのですが・・・読み返すと、その時の事が、まるで昨日の事の様に映像になって蘇って来ます。

『ブログに書き残す事って・・・とってもいい事だな。』

私達家族の大切な大切な記録です。