寝転がって気ままに想う事

 世の中ってこんなもんです・・
面白可笑しくお喋りをしましょうか ^^

選ばれし者(13)

2010年10月04日 08時34分47秒 | 日記
『専務、新潟の藤岡工場長からお電話です』
永田専務は定例の幹部会を終えて専務室に戻ると書類に目を通していたところでした。
『はい俺だ!』
永田専務が受話器を取ると藤岡工場長のガラガラ声が聞こえてきました。
『…』『なに!』『…』
『そうかそうか、分かったよ』
『うんうん、分かったよ』
電話は直ぐに切れました。
『そうか…』永田専務は呟くと革張りの椅子に大きくもたれ込みました。 十五階の本社専務室は広々としています。
窓からは隣りビルのやはり役員室らしき風景がありました。
『ここにいられるのも半年か…』
永田専務は感慨深いものがありました。ここ本社ビルの十五階には役員室として社長室や取締役室もありました。
社長室が一番奥にあり副社長室、専務室が続いてありました。社長室だけは専用のエレベーターがあります。ずらりと並んだ役員室を重厚な絨毯の廊下が真ん中を通っていました。
ここまでたどり着くのに永田専務いやその他の役員も含めて並や大抵の才能や努力ではたどり着けるものではありません。
運やコネも大きな要素であります。 入社以来三十数年間あれやこれやでようやく手に入れた役員もあと半年。永田専務も過去を振り返ってみれば今の地位に満足はしていてもやはりトップの地位を諦めた訳ではありませんでした。
未だに…
しかし現実には社長がいて副社長がいる現状では上司に気を使わなければならない宮仕えでもあるのです。『俺はここまでだったか…』
一般的な社員からしては永田専務の心情は計れないかも知れませんが、上を見れば切りがないのも無理のない話しです。
…あれは永田専務が本部長に昇進した時でした。
確か五十三才で営業本部長に昇進したのは当時の新記録でした。
胸を張って役員室にあいさつに行ったところこの廊下ですれ違った人物 それが今の社長でした。
当時豊島役員は弱冠五十五才で役員に昇格していたのでした。
『あの時はびっくりしたなあ…』
たった二つしか違わないのに役員とは…
それから何度か話をする内に永田本部長は内心舌を巻いていました。
『話の旨さは元より人の心を掴む懐の大きさ又人の胸の内を見抜く鋭さがずば抜けていたからです』…こりゃあ上には上があるもんだ。永田本部長は格の違いをまざまざと感じましたね。
それでも専務まで上り詰めて来た自分に正直『自分を褒めてやりたい』心境でありました。
…そして今又この十五階を目指す男がいたのでした。 『専務この前のお話ですが私思い切って挑戦します』元気の良い藤岡工場長の声が未だに耳に残っていました。
あいつらしいなぁ (笑)
ふっと笑ってしまうくらいに清々しかったのでした。『こんなに真直ぐな奴は他にはいないだろ』永田専務は呟きながら、藤岡の前途を思案していました。
『役員に一番近い役職を下さい!』なるほど…これだけ分かりやすい要求はないだろう(笑)
マールボロに火を付けて一口煙を吐きました。
薄い紫色の煙がガラスにへばり付いたまま小さな渦を巻いています。
…ここまで固執する理由(わけ)は… 俺が居なくなったら藤岡は孤立無援になるだろう。むしろ反藤岡派が一斉にほう起するに違いない。そんな中で果たして役員までの道を突き進めるのだろうか。 才能があって運も手伝い、周りの了承を得て更に上からの引きもあってこそ初めて開ける道だから…
藤岡の場合まず敵が多すぎる。
恐らく足を引っ張られ叩かれ失敗地にまみれることになるのは明白の理であった。
分からぬはずはないだろうが…
まさか自分の地位まで狙っているのだろうか?
そう考えてから永田専務は自嘲気味に笑いました。
『藤岡と俺では格が違うよ』
高校卒の藤岡は逆立ちしてもK大卒の俺には敵うまい。まして俺には学閥もあったし、ライバルはいたけど敵は作らなかったからなぁ…
まあいいか!それよりも役員に近い役職かぁ…………これは意外に難しい問題でした。次期役員に確定されるとまず役員待遇となります。これは役職とは重なる訳ですがこの待遇まできたらこっちのものでしょう。しかし今のところ藤岡工場長にはそこまでの実績が乏しいのです。本部長を少なくとも五六年はこなさないと。兎に角実績の上がりやすい本部を探してやるかなぁ……
『ビー』内線が鳴り永田専務は我に返りました。
『はい』
受話器を取ると明るい声で『秘書の田中です。豊島社長から社長室にお越し下さいとの事ですが…』
『分かりました。直ぐに行きますから』
電話を切ると永田専務はハンガ―から上着を取りました。
来年の話かな、
豊島社長からの呼び出しに永田専務は小首を傾げました。
人事の懸案か…
専務室から社長室まで僅かの距離です。途中吹き抜けの螺旋階段がこしらえていました。外の景色が一望できる大型の窓が明るい日差しを吹き抜けの空間いっぱいに差しています。ここからは違うぞと仕切っているように見えるのは自分だけだろうか。
広い空間を通り抜けるとモダンな作りに変わっていました。まるで高級ホテルの中を歩いている様です。
社長室まで来ると永田専務は身繕いを正しました。
軽くドアをノックしました。
『どうぞ』秘書の田中さんが笑顔でドアを開いてくれました。
『どうぞ、中へお入り下さい』
彼女に招かれ永田専務は秘書室を通り過ぎました。
*秘書…この会社では専属に秘書が付くのは社長までです。副社長や専属、常務、平取締役には数人に秘書が一人であります
社長室にはまず秘書室を通らねばなりません。秘書の案内で社長室に入りますが、まず秘書が『永田専務がお越しになりました』と社長に告げます。社長の了解を取り始めて中へ入る事が出来ます。
ちなみにお客様などは別の入口から入る様になっています。

『やあ永田さんどうぞお座り下さい』
社長の机は黒壇の造りにであります。恐らく数百万はする逸品でした。 その前に応接セットがありました。 そこへ座れと豊島社長は招いていました。
『失礼します』
これはエチケットでしょうが、ソファ―に腰を下ろす時は浅く座るのが作法です。これは相手が得意先、目上の時は気をつけねばなりません。
永田専務が腰を下ろした時秘書の田中さんがお茶を運んで来ました。
彼女が去るなり豊島社長が開口一番に『秋の人事ですが』と切り出しました。
普段万事控え目な社長にしては単刀直入な入り方でした。
『私も永田さんとは永い付き合いですから簡潔に申しますが…』
何を言うんだろう…永永田専務は脇の下に汗が流れ出すのを自覚しました。
『そう緊張しないで下さいよ(笑)』 永田専務の様子を見て豊島社長は軽く笑い掛けました 『はぁ恐縮です』 額の汗を意識しながらも永田専務は身を固くしていました。
どうせ俺は来年クビなんだから…
開き直る人もいるかも知れませんが、永田専務にはできません。いわ豊島社長の発する威厳に向かうと誰もがそうなるのでした。
そんな永田専務の胸の内を覗いたように豊島社長は笑顔で話始めました…
コメント
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