役員の憂慮(2)

『あ…』トーストを食べ切ると、高辻役員は声を上げました。
それは今日の会議でした。朝一番にある会議の資料に目を通していなかったからです。
普通は役員レベルになれば細かい資料に目を通さなくても数字はおおよそ把握しているものです。最悪覚えていないとしても即読でもいけるはずですが…
高辻役員の場合はアドリブが利きません。自分の納得できるまで資料をつぶさに読み込みポイントを把握するのでした。
用意周到が信条の高辻役員はいつも会議の資料はじっくりと熟読していました。
これがあの鬼塚専務ならば、『まぁいいか…』でいくんでしょうが(笑) 『仕方ない行きの車の中で片付けるか…』
そう考えました。 時間が無いし…
自分に言い訳をしながら…
一方営業所では既に課長以上が出社していました。
会議のある朝は恒例になっていました。…と言いますのが会議のトップである高辻役員が出席するからでした。
高辻役員は非情に数字に強くておまけに論理的に資料を分析していらっしゃいます。
だから当日配るはずの資料でも必ず前日には渡しておかなくてはなりませんでした。
資料の隅々まで熟読されていざ会議に出席された時側の円山本部長が高辻役員の手元にある資料を覗いてぶったまげた(笑)と言います。
それは資料一面にいろいろなチェックが入っていたからです。アンダーライン、×○？！ 割り込み等々まるで添削しているみたいでした(笑)
で…実際の会議にはそれほど口は挟みません。
一体なんのための添削？なんだろう 側の円山本部長は首を傾げるだけでした。
ある時円山本部長が高辻役員の機嫌の良い時にそれを尋ねると、うんうんと頷きタバコに火を付けると
『あまり注文を付けると萎縮するからねぇ』と笑いながら煙を吐かれました。
なるほど…円山本部長が頷くと
『僕はねぇ…』タバコをくゆらせて言葉を繋ぎました。『立場上発言は控えているんだよ』皆に自由に発言をできるように、また各自が頭を悩ませていいアイディアを出せる環境作りをしているんだ。
そう高辻役員は言いたかったのです。
ただ議論の中で争点が外れたりした時ポイントがずれたりしないかを見るためにいろいろ考えている内に資料に書き込みがいっぱいになるのだよ。
苦笑いしながら高辻役員は円山本部長に説明をしました。
それを聞いた円山本部長は舌を巻きました。
『これほどまでに思慮深く考えているとは…』とても自分には真似のできない芸当だぞ… 円山本部長には高辻役員の次の席を嘱望されていました。だから高辻役員は円山本部長に事あるごとに役員の心構えなどをレクチャーしているのでした。
円山本部長は非情に頭の良い人です。旧帝大の大学院を卒業するほどの秀才ですが、そんなことはおくびにも出さない人柄でしたから社内でも人望が厚かった人物でした。
高辻役員は関西の私学でしたから勉強では円山本部長が一枚も二枚も上手でした。
その円山本部長でも高辻役員には頭が上がりません。 以前高辻役員がまだ役員に成りたての頃でしたか…
あまりの弱気で投げやりな態度の円山部長(当時)を叱り付けた時がありました。
『お前なんか辞めたらどうだ』
冷静な高辻役員が怒鳴ったのは後にも先にもこの一回だけでした。
『あの時なぜあんなに怒ったのだろうか…』
未だにあの時の事を思い出すと高辻役員は言葉が自分にしては過ぎたのを後悔していました。
一方の円山本部長は…