命光不動尊のブログ

貴方の知らない神道や仏教の教えが命光不動尊にはあります。

老後を見てもらう(2)

2016年09月17日 20時57分35秒 | ひと口法話

いつも、わたしのブログ見ている橋本市内の方から電話に、

本家の兄が、おじゅさん(お寺の住職のこと)の言われるようなことを、

兄は言うてます。先祖からの田地や家屋敷みんな譲るんやから、

見てもらって当然と言うてますんや。

 

今の若い者から見れば大きな家屋敷はいらんお荷物やそうですわ。、

いまっ現在、長男は役所勤めでして頂くお給金は肥料や其の他の費用に、

消えてゆき、また、人手が無いので人を雇っての農作業になりますんで。、

この人件費は農業収入には、みあわず、農業経営を圧迫しています。

甥のの嫁の言葉

こんなシンドイこと、いやや、朝は早くから、暗くなるまで、働いて、私の自由になるお金もないし、

なんの楽しみもない、子供の要りようも、いちいち舅姑にお伺いせなあかんし、

しんどいと、言うてますわ。田圃もいらん畑もいらん、

まして、こんな大きな家屋敷はいらん、

これが、現実ですわ。(初老の人)

そう言えばこの頃、橋本にも草ぼうぼう田畑があちこち、目に付きますな。

合掌

 

 


老後をみてもらう

2016年09月17日 07時11分52秒 | ひと口法話

老後を誰に見てもらうか、誰に頼るか、行き当たりばったりでは、

そのときになっては遅い、頼りになる人と時間をかけて、良い関係をつくる、

これなくして安楽な老後はありません。

 

嫁に頼るか、娘に頼るか、予め世話になりたい人を決めて、

かなり早い時期から先行投資をしていく事が必要となってくる。

金をあげたり物を買ってあげたりして、一方で良好な

関係を結んでおくことです。

 

わたしの住む橋本では農家の方の中で旧態以前の考え方の、

お年寄りがかなり多いようです。「長男の父親だから、その嫁は、

わたくしの、世話をするのは当然や」「私は嫁でなく長男の世話になるんや」

 

こんな論理はまったく通用しません。

実際に世話をかけるのが嫁ですから、嫁に感謝の気持ちを、

いつも形で示す事です。もうそんな時代ではありません。

合掌