昨年の12月の中頃に 女性の方から
「12月31日が父の一周忌なのですが、ご供養していただきますか?」という
お電話を頂戴いたしました。
私(貞観)は、「大丈夫です。ご供養させていただきます」とお返事いたしますと、
「分かりました。また、お電話させていただきます」というようなお返事が返ってきたと思います。
その時は、よくある電話の内容でしたので、
「きっとまた冷やかしの電話だ」と思っておりました。
数日後、お電話があり。
「この間電話しました者です。父の供養をお願いいたします」と、
四家先祖供養と霊界施餓鬼一粒萬福法要の一年分を振り込んで来られました。
そのお方は熊本県在住の女性 A様でした。
お電話で確認いたしますと、
父は生前無償で人助けとしてり、そのためご家族は金銭的にも大変な暮らしをしていたと。
そして、父は人間的にもとても厳しい方で、
それは家族にとっても我慢を強いられる生活となり、
父親を良く思っていなかったそうです。
しかし、お父様の死後、素晴らしい人間であったということが分かり、
お父様に謝らなければという思いと、
菩提寺の供養では、成仏できない、父は満足していないのではないかと
あちこちと、供養をしてくれるところを八方手を尽くして探し回ったそうです。
しかし、見つけることができず、お父様から言われていた
「観音様に自分の願いごとをしてはならない」という約束ごとをやぶり、
お父様がお祀りしておられた観音菩薩様に
「父の供養をしてくれるところに導いてください」と毎日お願いされたそうです。
そして、一周忌を前した12月18日の観音様のご縁日に
A様の頭に「めいこう」という言葉が浮かんだそうです。
九州でこの名前のつく所を探したそうですが見当たらず
NTTの104の電話番号案内で
「めいこう」の名前のつくと所はありますか?と尋ねられたところ、
「和歌山に、命光不動尊という名前のお寺が一軒あります」と言われたそうです。
そして、当山に問い合わせの電話をかけられたということでした。
そして私(貞観)が
「知らないところに、良く一年分もの供養料を振り込んでこられましたね。」
とお聞きしますと、
A様から「観音様がお導きくださったお寺です。間違いありません」というお返事が返ってきました。
そして、12月31日にお父様の「一周忌の霊界施餓鬼一粒萬福法要」をお勤めさせていただきました。
その時に、A様が「お父さんに書かれたお手紙を読んでほしい」と頼まれました。
そして、霊界施餓鬼一粒萬福法要が済み、
山主が、A様に頼まれておりましたお手紙を代読させていただきますと、
お父様(故人)は、涙で顔をくしゃくしゃにされ、
大変喜んでおられたそうでございました。
遠い昔からの縁があるのか? 山主も非常に喜んで居ました。
山主曰く、
「こういう縁というのは、私の生涯には、もう無いだろう」と言ってました。
縁というのは、不思議なものです。
前世において縁があるあらこそ、こうして出逢うことができたのです。
山主も若いころは、修行中であるという理由で、無償で人助けをされていたそうです。
当然家計は火の車だったそうですが、妻を文句を言わず、応援してくれていたそうです。
そのうちに助けてもらった人達が、
山主の修行中(留守)を見計らって内緒でお寺に御礼ですと、お布施を持ってくるようなったそうです。
しかし、此のころの山主はまだ、この事を知らなかったそうです。
A様の奇跡は、続きます。