先週、信州に行って来ました。観光で行くのは学生のとき以来。松本城をはじめ、諏訪、小諸、上田、千曲、そして長野をまわりました。松本城は、立派でしたねえ。諏訪大社の四社、安楽寺の八角三重塔も見応えありました。また、小諸城や上田城は、そのつくりがよくわかりました。また、復元された荒砥城や森将軍塚には驚きました。もっと時間があれば、見たいところ一杯でしたが、残念です。そして毎日、そばを食べて、これも大満足でありました。
まあ、それはそれとして、今回はモーツァルトです。私のお気に入りの指揮者のひとりである、フェレンツ・フリッチャイによる演奏から。フリッチャイのモーツァルトは、2013年に一度取り上げています。ちょうど没後50年ということで、タワーさんからいくつかの演奏が復刻され、その中にモーツァルトの演奏もありました。それを購入したことで、前回はその中から交響曲第39番に言及したのでありました。もう、10年以上も前のことなんですねえ。
フリッチャイのモーツァルトは、ウィーンSOと1959と61年に録音した第29,39,40,41番。そして1952-55年のRIAS響との第29,35,41番が、などがあります。前回取り上げたのは前者からで、今回もこの中から、第41番ハ長調K.551『ジュピター』です。1961年3月12.25日、ウィーンのムジークフェライン大ホールでの録音になります。ちなみにこれと同じときに29番が、1959年11月26,29日、12月8日に第39,40番が、それぞれ録音されています。
フリッチャイは存知のとおり、1957~59年にかけて白血病の闘病生活を送り、1959年9月には復帰されましたが、1961年12月に病状が悪化し音楽活動を断念。そして1963年2月に48才で逝去されました。フリッチャイの演奏は、病の前後でずいぶん変わったことは、よく知られていることです。この『ジュピター』の演奏・録音は、1961年ですから死の2年ほど前のこととなります。そのことの演奏への影響は、避けては通れぬところだと思います。
まずこの演奏、やはり録音がそれほどよくありませんね。ステレオ初期のものですから、それでもリマスターしたお陰で随分よくなったんでしょうね。でもそのためかして、少々霞んだ音にあっているようです。そして、全体的にテンポは遅く、というより、ここぞというところではゆったりとして確実に旋律を歌い上げます。偉容あふれる『ジュピター』という印象ではなく、全体に丁寧で細かいところまで行き届き、やさしい表情に満ち、慈愛すら感じる演奏になっています。おそらくは、病になる前の演奏での厳しさや峻険さなどは余り感じられないのでありました、
第1楽章、冒頭から豪快な響きがなり始めます。とは言うものの、弦の音色が実に柔らかく、優しいのでした。それによって、堂々とした曲の印象は中和されていく。そして、どことなく目指す方向性が見えてこない。ただ曲が進む中で、ある程度の想像がついていきます。第2楽章、やはりこう来たかであります。ゆったりとしたテンポで、一音一音を優しく語りかけるような弦の響き。これほどの心に染み込むアンダンテもないですね。弦のまとまりはとても見事。第3楽章メヌエット。少しに元気を取戻しての印象だか、やはり弦の優しさは変わらず。加えて、実に室内楽的なまとまりが秀逸であります。必要な音のみが、贅肉を削ぎ落としたような、たいそう締まっての展開。時折、弦の美しさが印象的です。そして第4楽章。ゆったりと慈しむように始まる。ここでも弦がたいそうなまとまり、そして美しい弦。これらが絡み会いながら、フーガを明快に演奏していくとこともとてもいい。フリッチャイは、豪快で威厳に満ちたジュピターではなく、優しい慈愛あふれる神を描き、待望したんでしょうか…・
信州松本城は、平城で周囲を堀に囲まれ、さえきるもの少ないので、いろんな方向から見ることができます。案外、そんな天守は少ないように思います。いいお城ですねえ。しかし、学生のころに訪れたときの記憶はまったく残っていないのも、なんとも情けないのでありました。
(DG PROC-1271/2 2013年)
まあ、それはそれとして、今回はモーツァルトです。私のお気に入りの指揮者のひとりである、フェレンツ・フリッチャイによる演奏から。フリッチャイのモーツァルトは、2013年に一度取り上げています。ちょうど没後50年ということで、タワーさんからいくつかの演奏が復刻され、その中にモーツァルトの演奏もありました。それを購入したことで、前回はその中から交響曲第39番に言及したのでありました。もう、10年以上も前のことなんですねえ。
フリッチャイのモーツァルトは、ウィーンSOと1959と61年に録音した第29,39,40,41番。そして1952-55年のRIAS響との第29,35,41番が、などがあります。前回取り上げたのは前者からで、今回もこの中から、第41番ハ長調K.551『ジュピター』です。1961年3月12.25日、ウィーンのムジークフェライン大ホールでの録音になります。ちなみにこれと同じときに29番が、1959年11月26,29日、12月8日に第39,40番が、それぞれ録音されています。
フリッチャイは存知のとおり、1957~59年にかけて白血病の闘病生活を送り、1959年9月には復帰されましたが、1961年12月に病状が悪化し音楽活動を断念。そして1963年2月に48才で逝去されました。フリッチャイの演奏は、病の前後でずいぶん変わったことは、よく知られていることです。この『ジュピター』の演奏・録音は、1961年ですから死の2年ほど前のこととなります。そのことの演奏への影響は、避けては通れぬところだと思います。
まずこの演奏、やはり録音がそれほどよくありませんね。ステレオ初期のものですから、それでもリマスターしたお陰で随分よくなったんでしょうね。でもそのためかして、少々霞んだ音にあっているようです。そして、全体的にテンポは遅く、というより、ここぞというところではゆったりとして確実に旋律を歌い上げます。偉容あふれる『ジュピター』という印象ではなく、全体に丁寧で細かいところまで行き届き、やさしい表情に満ち、慈愛すら感じる演奏になっています。おそらくは、病になる前の演奏での厳しさや峻険さなどは余り感じられないのでありました、
第1楽章、冒頭から豪快な響きがなり始めます。とは言うものの、弦の音色が実に柔らかく、優しいのでした。それによって、堂々とした曲の印象は中和されていく。そして、どことなく目指す方向性が見えてこない。ただ曲が進む中で、ある程度の想像がついていきます。第2楽章、やはりこう来たかであります。ゆったりとしたテンポで、一音一音を優しく語りかけるような弦の響き。これほどの心に染み込むアンダンテもないですね。弦のまとまりはとても見事。第3楽章メヌエット。少しに元気を取戻しての印象だか、やはり弦の優しさは変わらず。加えて、実に室内楽的なまとまりが秀逸であります。必要な音のみが、贅肉を削ぎ落としたような、たいそう締まっての展開。時折、弦の美しさが印象的です。そして第4楽章。ゆったりと慈しむように始まる。ここでも弦がたいそうなまとまり、そして美しい弦。これらが絡み会いながら、フーガを明快に演奏していくとこともとてもいい。フリッチャイは、豪快で威厳に満ちたジュピターではなく、優しい慈愛あふれる神を描き、待望したんでしょうか…・
信州松本城は、平城で周囲を堀に囲まれ、さえきるもの少ないので、いろんな方向から見ることができます。案外、そんな天守は少ないように思います。いいお城ですねえ。しかし、学生のころに訪れたときの記憶はまったく残っていないのも、なんとも情けないのでありました。
(DG PROC-1271/2 2013年)
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