明けましておめでとうございます。旧年中は、いろいろとお世話になりました。今年もよろしくお願いします。今年もボツボツ更新していきたいと思っておりますので、お暇なときにでもお立ち寄りいただけたら幸いであります。
今年の正月は、非常に穏やかな天気で、暖かくよかったですね。今年は、三が日中に私と娘と息子がそれぞれ同窓会があって、けっこう出入の多い正月でした。特に私は、岡山で中学校の同窓会が二日にありまして、いそいそと岡山に出かけました。この同窓会は4年に一度開催するきまりになっていますが、同級生は150人弱で、毎回3~40人くらいが出席する程度です。メンバーもだいだい同じ。小学校からの同級生もいて、なんだかかこの集まりに行くと、たいそうホッとし、心が安まるような、非常に心地よいのでありました。また次回が楽しみですね。
さてそんな中、今年最初は、JSバッハのカンタータであります。バッハは、1723年にライプチヒのトーマス・カントルに就任しますが、その用試験の課題作品として作曲された2曲のカンタータがあります。第22番と第23番ですが、第22番は昨年9月に取り上げました。今回はもう一方の第23番「汝まことの神にしてダビデの子よ」であります。 エルサレムに上るイエスに対し、道すが ら二人の盲人が「主よ、ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫び続け、イエスに癒されるというシーンをテーマにしています。全体で16分くらいの短い曲です。しかし、第22番同様、規模は小さいですが、中味は非常に充実してますね。
演奏は、以前の第22番はコープマンの演奏でしたが、今回は鈴木雅明さんとBCJの演奏。ソロは鈴木美登里(S)、米良美一(CT)、ゲルト・テュルク(T)です。1998年5月、神戸の松陰女子大での録音になります。私は例えばコープマンやガーディナーの演奏を聴いた後に、この鈴木さんの演奏を聴くと、やはり日本人を中心とした演奏の非力さを感じざるを得ない、そんな感覚になるときがあります。そこはどうしようもないなあ、とため息をつくばかり何です。今回も同じような気分に、この演奏を聴いたときなったのです。しかし、それは皮相的なものであり、この鈴木さんの演奏には、他の外国人の演奏にはない。心がある、心に染み込むような人間の弱さなり、悲しさなどを、大袈裟にいうなら感じるのでありました。音楽って奥は深いなあとつくづく思ってしまうのですよねえ。加えて、バッハの深遠さもであります。
この曲の構成は、1曲ソプラノのアルトのデュエット、2曲テノールのレチタティーヴォ、3曲合唱、4曲コラールという構成。第1曲のデュエットは、この全体の半分になる規模のもの。ソプラノとアルトの二重唱は二人の盲人を表していますが、この憐れみに満ちた二人のポリフォニック、また対位法的な歌唱が実にいい。それにオーボエダモーレがオブリガート的、チェロとチェンバロが低音を支える。心に染み込んでくるような、美しさがありますねえ。そして、第2曲のテノールのレチタティーヴォも深い表情を湛えています。チュルクさんの歌う姿が心に浮かびますね。第3曲合唱ですが、バスとテノールのデュエットが割って入り、これがまた素晴らしい効果を上げています。そして、第4曲のコラール。これまた最後の曲としては、実にまとまりと存在感があり、曲を閉めるものとしては相応しいものになっています。ここまで聴くと、この鈴木さんの演奏、えも言われぬ説得力を感じてしまいます。侮るべからずでありました。鈴木さんの演奏のよさとじみじみと感じてしまったわけであります。
でも、こうして鈴木さんのカンタータを聴くと、昨年発売されたSACDの全集が欲しくなりますね。CDではすべて持っているのですが、よりいい音で聴きたいと思うのは、おおげさに言えば、人類共通の願いでありますからねえ(笑)。
さて、明日から恒例の東日本大震災復興支援ボランティア活動に行ってきます。今年で5年目となります。仙台に宿泊し、名取市で活動します。明日から少し寒くなるみたいですが、精一杯頑張ろうと思います。
(BIS CD-901 1998年 輸入盤)
今年の正月は、非常に穏やかな天気で、暖かくよかったですね。今年は、三が日中に私と娘と息子がそれぞれ同窓会があって、けっこう出入の多い正月でした。特に私は、岡山で中学校の同窓会が二日にありまして、いそいそと岡山に出かけました。この同窓会は4年に一度開催するきまりになっていますが、同級生は150人弱で、毎回3~40人くらいが出席する程度です。メンバーもだいだい同じ。小学校からの同級生もいて、なんだかかこの集まりに行くと、たいそうホッとし、心が安まるような、非常に心地よいのでありました。また次回が楽しみですね。
さてそんな中、今年最初は、JSバッハのカンタータであります。バッハは、1723年にライプチヒのトーマス・カントルに就任しますが、その用試験の課題作品として作曲された2曲のカンタータがあります。第22番と第23番ですが、第22番は昨年9月に取り上げました。今回はもう一方の第23番「汝まことの神にしてダビデの子よ」であります。 エルサレムに上るイエスに対し、道すが ら二人の盲人が「主よ、ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫び続け、イエスに癒されるというシーンをテーマにしています。全体で16分くらいの短い曲です。しかし、第22番同様、規模は小さいですが、中味は非常に充実してますね。
演奏は、以前の第22番はコープマンの演奏でしたが、今回は鈴木雅明さんとBCJの演奏。ソロは鈴木美登里(S)、米良美一(CT)、ゲルト・テュルク(T)です。1998年5月、神戸の松陰女子大での録音になります。私は例えばコープマンやガーディナーの演奏を聴いた後に、この鈴木さんの演奏を聴くと、やはり日本人を中心とした演奏の非力さを感じざるを得ない、そんな感覚になるときがあります。そこはどうしようもないなあ、とため息をつくばかり何です。今回も同じような気分に、この演奏を聴いたときなったのです。しかし、それは皮相的なものであり、この鈴木さんの演奏には、他の外国人の演奏にはない。心がある、心に染み込むような人間の弱さなり、悲しさなどを、大袈裟にいうなら感じるのでありました。音楽って奥は深いなあとつくづく思ってしまうのですよねえ。加えて、バッハの深遠さもであります。
この曲の構成は、1曲ソプラノのアルトのデュエット、2曲テノールのレチタティーヴォ、3曲合唱、4曲コラールという構成。第1曲のデュエットは、この全体の半分になる規模のもの。ソプラノとアルトの二重唱は二人の盲人を表していますが、この憐れみに満ちた二人のポリフォニック、また対位法的な歌唱が実にいい。それにオーボエダモーレがオブリガート的、チェロとチェンバロが低音を支える。心に染み込んでくるような、美しさがありますねえ。そして、第2曲のテノールのレチタティーヴォも深い表情を湛えています。チュルクさんの歌う姿が心に浮かびますね。第3曲合唱ですが、バスとテノールのデュエットが割って入り、これがまた素晴らしい効果を上げています。そして、第4曲のコラール。これまた最後の曲としては、実にまとまりと存在感があり、曲を閉めるものとしては相応しいものになっています。ここまで聴くと、この鈴木さんの演奏、えも言われぬ説得力を感じてしまいます。侮るべからずでありました。鈴木さんの演奏のよさとじみじみと感じてしまったわけであります。
でも、こうして鈴木さんのカンタータを聴くと、昨年発売されたSACDの全集が欲しくなりますね。CDではすべて持っているのですが、よりいい音で聴きたいと思うのは、おおげさに言えば、人類共通の願いでありますからねえ(笑)。
さて、明日から恒例の東日本大震災復興支援ボランティア活動に行ってきます。今年で5年目となります。仙台に宿泊し、名取市で活動します。明日から少し寒くなるみたいですが、精一杯頑張ろうと思います。
(BIS CD-901 1998年 輸入盤)
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