しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「下天は夢か」桶狭間  (愛知県桶狭間)

2024年05月12日 | 旅と文学

新聞小説は、たまに面白いのがある。
津本陽の「下天は夢か」は、その代表小説。
おもしろかった。

毎朝、出勤する前に読んだ。ゆっくり読んだ。
毎晩、帰宅後に二度目を読んだ。吞みながら読んだ。

作者の津本陽は作家になる前、「神島化学」に勤めていた。
それで、笠岡や神島のことを本や新聞によく書いていた。
そういう親近感もあった。


・・・

「桶狭間の戦い」の場所は、伝えられている場所が二ヶ所ある。
そのどちらもが
市街地化していて、戦国時代の面影はまったくない、という事も知っている。
知っていても、一度は訪ねてみたいと豊明市の「桶狭間」に行った。
行ってみると、雨中に今川義元が討たれたのはここか。
という満足を強く感じた。

・・・

 

旅の場所・愛知県豊明市栄町  桶狭間古戦場伝説地   
旅の日・2014年10月11日 
書名・「下天は夢か」Ⅰ巻  
著者・津本陽 
発行・日本経済新聞社 1989年発行

 

 

 

桶狭間

全身泥人形のようになった毛利新助は、ふるえる手で義元の首を掻きとり、
首袋に納めると味方のほうへ駆けもどった。

「お殿さま、今川殿が首級を、毛利新助頂戴いたしてござりまするぞ」
彼は声をふりしぼって信長に知らせた。
信長は新助の差しだす首級を見て、狭間にひびきわたる大音声で、敵味方に知らせた。
「今川治部大輔がみ首級は、ただいま頂戴いたしたるぞ」
義元の首級を取られたと知った今川勢は、戦意を失い八方へ逃れ去る。
「追え、追い討ちをかけよ。一人も逃がすな」
信長が声をはげまして下知をかさね、織田勢は切先が折れ、歯こぼれした刀槍をふるい、逃げまど
う今川勢に追いすがり、打ち倒す。

狭い窪地で、地獄絵のような殺戮がつづけられた。
信長は、いま敵を再起できないまでに叩きつけておかねば、逆襲されると攻撃の手をゆるめなかった。
気がついてみると、狭間のうちに動いている人影は、味方ばかりとなっていた。

「義元が首級を持て」
信長はふるえる膝を地につき、首実検の作法通り、首台にのせた首級をあらためる。
義元の首からは、沈香が馥郁と薫っていた。

 

 

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