6月の楽しみは蛍狩りだった。
暗くなると、竹ぼうきを持って田んぼ方面に出かけた。
かまんどうの南側、砂川土手ふきんに蛍は多かった。
砂川の”しんやん”の近くに誘蛾灯があった。
ぼっけぃ明るかった。電球とは輝く光がちがった。白く光っていた。
蛍光灯の下には四角形の器に水・薬品・油が混ざって、その中に蛾をはじめ昆虫や虫の死体が浮かんでいた。
独特の匂いがしていた。
茂平ではもう一ヶ所、西ノ谷にも誘蛾灯があったような気がする。
中学生になって、父が勉強机に置く蛍光灯スタンドを買ってくれた。
それが、我が家では蛍光灯の第一号だった。
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「福山市引野町誌」 ぎょうせい 昭和61年発行
メイ虫
昭和15年農村電化の誘蛾灯(蛍光灯)が普及した。
山峡のカンテラで、二化メイ虫(=ドウ虫=蛾)を駆除した。
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「北川の民俗」 北川の昔を訪ねる会 2022年発行
誘蛾灯
戦後の昭和20年代の後半頃、誘蛾灯というものが作られた。
田んぼの多い所で電線の届きやすいところに小さな電柱を建て、蛍光灯を一灯つける。
其の下に水が入る四角の木の箱で作ったものを台の上に置き、
蛍光灯で田んぼに来る虫や蛾など集め、水に落とし殺すものである。
虫たちは逃げられないし、早く死ぬように工夫がしてあった。
暗くなったら誘蛾灯をつけ、明るくなったら消す手間があった。
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