登城日・2022年4月5日(夜桜)、6日(午前)
石垣の見事さで有名な津山城。
天守閣の再建が期待されるが、地元でその議論はないようだ。
備中櫓が再建したので区切りかな?
「日本100名城」と「さくら100選」の双方に指定されている。
登城日・2022年4月5日(夜桜)、6日(午前)
石垣の見事さで有名な津山城。
天守閣の再建が期待されるが、地元でその議論はないようだ。
備中櫓が再建したので区切りかな?
「日本100名城」と「さくら100選」の双方に指定されている。
登城日・2022年3月30日
足守陣屋石垣と水堀
宮路山南麓に構えられた陣屋は御屋敷と呼ばれ、
南、西辺にはL字状に石垣と水堀が廻らされていた。
秀吉の正室北政所の実の兄である木下家定は、慶長6年(1601)足守に石高二万五千石を与えられた。
足守陣屋は、現在の足守小学校の北隣にあたる位置にあった。
「よみがえる日本の城5」 学研 2004年発行
登城日・2022年3月30日
あまりに有名な”高松城水攻め”、
この城は、戦国のむかし、本丸のほか二の丸・三の丸・池の下丸があり、ふだんは橋で結ばれて、いざという時は橋を切っておとすようになっていた。
周囲はふかい沼地、まことに要害の城だった。
この城としての長所を逆手にとったのが、秀吉の軍師黒田官兵衛孝高である。
近郷の百姓を動員し、土嚢一俵の運搬に銭100文と米一升をあたえ約2.6kmの大堤防をわずか12日で完成し、足守川を堰き止めた。
ときは梅雨、みるみるうちに増水し、城は泥酔の中に孤立した。
(岡山県の歴史散歩 山川出版社 1976年発行)
浮き世をば 今こそ渡れ武士の 名を高松の苔に残して
登城日・2022年4月5日
備前市の桜の名所。
茶臼山公園に「茶臼山城跡」という標識が建っている他は、城跡であることは実感できない。
展望はすばらしく、片上湾と桜の眺めがいい。
登城口は山麓の葛坂峠で、そこでは戦国時代に宇喜多氏と浦上氏の合戦があったそうだ。
登城日・2022年4月5日
旧吉井町周匝の茶臼山城は、天空の城の趣があり、それに加え春に桜が咲くと一層見事な景観となる。
戦国時代の山城で土塁や空堀遺構が残っている。
城は江戸時代初期に廃城になったが、周匝の町には陣屋が置かれ、町は水運の要所として栄えてきた。
山頂には展望台を兼ねた模擬天守があり、吉井川の清流をゆったりと眺めることができる。
天守閣横の装置では、ボタンを押すと「吉井川詩情」という五木ひろしの歌声が流れる。
吉井川は四国の清流のように、静かな自然に囲まれ、見ているだけで心が安らぐ。
登城日・2022年4月2日
千光寺公園の西端、
この写真のほぼ中央くらいの位置に「尾道城」があった。
岡山城や福山城の天守閣が再建されるころ、
尾道城は再建でなく新たに築城された。
尾道城には刀剣や鎧が展示されていたが、(たぶん)10年ほどで落城した。
そのご立入禁止が40年ほど続いたが、痛みや崩落も懸念されて、耐震で危険ということで1~2年前解体された。
今年その尾道城天守閣跡に展望台が完成した。
天守閣はなくなったけど、
石垣は昔(といっても江戸時代でなく昭和40年頃の)変わらず遺構を利用している。
登城日・2022年4月2日
因島村上水軍の資料を展示した城風の記念館。
10年ほど前訪れた時、
桜の季節に再訪問したいと思った。
今回やっと、丘の上に建つ模擬天守と桜、菜の花を眺めることができた。
因島水軍のお城として知られる青影城は、島内の道路標識が増えていた。