祖父は近所ではちょっと知られた、ハミの生の血を吸い込む名人だった。
畑でハミ(まむし)を見つけると、殺して皮をむいて、血を吸っていたそうだ。
その事を、母はよく話していたが、自分の同級生にも現場を見た人がいて話のタネになっていたみたいだ。
祖父が血を吸った後は、家に持って帰り、
父が串刺しにして干して、骨を粉にして飲んでいた。
貴重な栄養源か健康源ではあったが、
よその村からハミを捕りにきていた人はいなかった。(と思う)
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「昭和の消えた仕事図鑑」 澤宮優 原書房 2016年発行
蛇捕り師
昭和初期、まだ結核が不治の病であった時は、
蛇の生薬は貴重な薬剤で、薬屋に行けば、
漢方薬としてマムシの干したものをガラス箱に入れて売っていた。
マムシは焼酎につけて、鱗、皮を剥いで、天日に干して乾かす。
それを粉砕して薬にする。
強壮剤以外にも、
肋膜炎や傷の治療薬としても効力を発揮した。
やがて結核も治るようになると、現在では強壮剤として売られている。
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蛙捕り師
これは来ていた
茂平のため池で釣っていた。
我われ子どものライバルだった。
我われは大人に負けないように必死で釣っていた。
なかなか釣れないが、
食用蛙を釣る遊びはおもしろかった。
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鰻(うなぎ)捕り師
来ていない。
来るほど、鰻はいなかったというより
梅雨の一時期や、大雨の後しか鰻は釣れなかった。
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鉄砲打ち
冬になると学校に行っていると、用之江側から、犬を連れて鉄砲打ちが来ていた。
キジや野兎を撃っていた。
獲物はお金にはならないので、趣味の鉄砲打ちだったのだろうか?
それとも売れていたのだろうか?
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