箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

夏の約束 (2)

2014-07-31 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

夏の約束  (2)

 

 

ビールグラスを片手に、敏郎は再び父との思い出に浸っていた。

 

 「母の話では・・・

 あれから何ケ月後にかアフリカ最南端の喜望峰で大嵐にあい、

 仕事中甲板に出ていた船員が大波にさらわれてしまい、

 それを操舵室から見た父が、すぐに助けようとて自分も海に

 飛び込んだけれど・・・  

 二人とも行方不明となり、幾度となく捜索が行なわれたが見つから

 なかった・・・ とのことだったな・・・

 勇気と責任感のある父の行為には誇れるものがあったけれど、

 オレにはそんな事よりもどんな格好でもいいから、父には生きていて

 欲しかった・・・

   母とオレは、来る日も来る日も、何日も何日も嘆き悲しんだ・・・

   「お父さんは強いんだ・・・  きっと生きている・・・  きっと!」

 それを信じて歯をくいしばって悲しみをこらえた・・・  

 しかし、こらえきれずに何度母と一緒に大声をあげて泣いたか

 分からない・・・

 時がすぎてもオレは机上の父と採集した標本を見るたびに、

 短い夏休みの一日の思い出を繰り返し、繰り返し思い出しては

 何度も涙を流したものだ・・・」

 

敏郎はやがて中学、高校と箕面の学校を出て、京都の大学を卒業し、

IT関係の仕事についた。

26歳で結婚し、翌年息子 和也が生まれた。  

 敏郎は自宅マンションに、あの父との思い出の標本を飾り、

父親との思い出話は妻 綾子には何度も何度も聞かせていた。

それだけに綾子もその話しをいつも大切にしていた。

家族が思い出話しを共有する事で、敏郎はいつも父がそこにいて

くれるような・・・ いつかひょっこりと帰ってくるかもしれないような・・・  

そしたらまた一緒に山を歩きたいな・・・  と

ず~とそう思いながら年月が過ぎ去っていった。

 

息子 和也が小学生になった時・・・ 

  「おとうさん! これなに?・・・」 

と、興味深そうに標本を指さして言うので、敏郎は息子にとって

おじいちゃんの思い出話しを聞かせた。  

  ふ~ん と言いながら聞いていたが、

敏郎はこんな話を息子にできるようになって嬉しかった。

 

 そしてそれはまさに息子が小学校4年生の夏休みに、

敏郎は満を期して思っていた計画を実行することにした。

妻とも何度も話してきたので、敏郎がその実行日を言うと・・・ 

 「いよいよね!」 

と言いながら、嬉しそうにおにぎり弁当をふたつ作った。

 息子 和也には、夏休みの課題をあの時と同じ「昆虫採集と押し葉」とし、

お父さんが一緒に山へ行って協力してやるから・・・ と約束していた。

そして和也も嬉しそうにしてこの日を待っていた。

 

 今時の子供たちは家でフャミコンやゲームやら、機械相手の遊びが

主流で、敏郎も自分がIT関連業界にいるからか?  逆に休日は

無性に野山の自然を求めたくなるので、時々息子と近くの森を

歩くようになっていた。

  でもあの父との時のように、自分の味わった感動や喜びを

息子にも伝えられるだろうか?

そんなことばかり考えていると敏郎はプレッシャーになってきた。 

  「父とオレは違うし、オレと息子も違うんだ・・・ 

   いつもの自然体で行こう・・・」 

そう思うと少し気が楽になった。

 

 「さあ出発!」

あの日のように、外は30数度の猛暑・・・  

敏郎は妻の作ってくれたおにぎり弁当を持ち、息子はあの日の自分の

ように網とカゴを持って、これから父と過ごす山歩きや昆虫採集に

期待をふくらませて嬉しそうにしている。

そんな息子を見ていると、敏郎の頬にいつしか熱いものが流れていた。 

それを見た綾子が夫の肩を抱きながら ポン ポンと背中を叩いた。  

  「行ってらっしゃい!」

と、大きな声で送り出してくれた。    

  「ありがとう・・・!」 

敏郎は心の中でつぶやいた。

 

 

 敏郎は昔父と歩いたあの道は分からなかったが、それでも地図を片手に

記憶をたどりながら、外院の山里から田畑の畦道を通り,

やがて小さな池の横から勝尾寺へ抜ける旧参道を上り、

ウツギ池へ出た・・・ 

そこから茶園谷を経て自然5号路を上り、あちこちと回りながら、

やがて勝尾寺南山(407m)の三角点のある眺望のいい所で

お昼にした。

 

敏郎はここまでに息子と二人してセミや昆虫に蝶々を捕り、

二つのカゴはいっぱいになっていた。  

種類の違う羊歯(しだ)の葉も、持ってきた新聞紙に上手く包んだ。

そしてその間敏郎はいろんな話を息子としていた・・・

 

敏郎は父親がいかに日々の子供の生活が分かっていないか

実感する羽目になってしまったが、次々と喋る息子を見ながら・・・  

あの日も父はず~と自分の話を嬉しそうに聞いていてくれた事を

思い出していた・・・

 岩場では息子を背負って登った・・・  

和也は最初は恥かしそうにしていたが、そのうちしんどい所は

せがむようになり、敏郎は甘える息子にかつての自分を見ている

ようだった。   

 そしていよいよ敏郎はあの日と同じように、息子に自分の夢を

語るときがきた・・・ 

  「お父さんの夢はな~」 

 

 

 

あっという間に年月が経ち、和也が成人式を迎えた20歳の夏の事・・・

敏郎は甲子園球場での<阪神X巨人戦>のチケットを2枚用意した。 

 それは何年も夢見た日だった。

敏郎は和也に黙ってそっとそのチケットを渡した・・・   

   「オ-- !」

彼はその意味をすぐに理解すると・・・  

   「OKやで!」   と、

Vサインをしたのだった。

 

敏郎はその日、いつになく興奮していた・・・  

父が果たせなかった夢を今,息子の自分が自分の息子と果たそうと

していることが・・・  

  「上手くいくかな・・・?」  

ワクワクすると共に少し心配,不安もあって落ち着かない・・・ 

ソワソワしている敏郎を、和也はニコニコして楽しんでいる様子だ。

 

 薄暮の甲子園球場、阪神の大応援団が陣取る外野席に

敏郎はとうとう息子と並んで座った。

  

   「父はこうしてオレと座りたかったんだな・・・  

   そのオレは自分の息子といま並んで座っているんだな・・・ 」 

 

何とも不思議な感覚がする・・・ 

あの時、そんな事ぐらいでそれが何が父の夢なのかな?  と、

思ったものだが・・・  父には父なりの思いがあったのだろうな・・・

敏郎がそんなことをボンヤリ振り返っていると、いつしか大粒の涙が

頬を伝っていた・・・

   しょうがない親父だな!」  

と 言う顔をしつつ 和也がニコニコしながらそっとハンカチを渡した。 

何度も何度も父親から祖父の話しを聞かされてきて、事情をしっている

和也にしてみたら、やっとその義務を果たせたと言う思いが

あるのかもしれない。   横でクスクスと笑っている・・・ 

  「そうさ、お前には分からんよ・・・ 

   でもな、ありがとう!  ここまでよく育ってきてくれた・・・ 

   よくオレと一緒についてきてくれたな!   ありがとうよ・・・」 

敏郎が心の中でそう叫んだ時だった・・・

 

 4番 金本が、逆転の大ホームラン を放った!

 

球場は割れんばかりの大歓声!  

特に外野席は地響きのするすさまじい勢いだ。 

 

  バンザイ! バンザイ! バンザイ!

 

そして、あの <六甲おろし> が5万人を超す大球場に

高らかに響き渡った。

 声を限りに歌った・・・ 

 手を取り合って喜びを爆発させながら・・・ 

 

  「親父! 天国から見てくれてるやろ・・・ これやったんやな!  

  親父がオレと過ごしたかった甲子園やで・・・ 

  親父の夢がいまかなってるんやで・・・」

敏郎は感激と感動の涙でぐちゃぐちゃになりながら天を見上げた。

 

 

帰り道、敏郎は和也と近くの焼き鳥やで乾杯した・・・ 

大ジョッキを二人とも一気に飲み干したぐらいだ。 

こんな美味いビールは初めてだった・・・ 

   楽しい!  むちゃくちゃ嬉しい!  美味い!

しょっぱい涙が次から次へと焼き鳥にかかり、塩つけしている・・・

   「またかいな・・・」 

言いながらも、息子も嬉しそうに笑っている。

 

やがて 敏郎は息子にいろんな話の合間に将来の夢を聞いてみた。

  「オレ 初めて言うけど、外国航路の大型客船で働きたいんや!

   おじいちゃんの制服姿に子供の頃から憧れとったんや・・・」

 

なんということ・・・!  

これも隔世遺伝とでも言うのだろうか?

敏郎は自分と違う息子の夢にあの父の夢をみた。

 

 次の日、敏郎は箕面の森の麓に新築中の我が家を、妻 綾子と共に

見に出かけた。

あと一ヶ月ほどで完成するのだ。

敏郎は同居する75歳になった母の部屋に、父とのあの思い出の

標本を飾る事にしている。

そして母の部屋の窓は、あの父と登った外院の森に向けて

つけておいた。

 

  「親父! もういつ帰ってきてもいいぞ・・・」

 

箕面の森に真っ赤な夕陽が眩しく輝いていた。

 

 

(完)

 

 


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