土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

安楽寿院、院政絶頂期の鳥羽離宮の一部でした。

2014年03月10日 | 京都の古寺巡り


(2014.03.08訪問)

鳥羽伏見の地、院政時代の広大な鳥羽離宮、貴族たちの雅な夢の跡、今、この地はその片鱗すら窺うことは
出来ません。幕末動乱期のあのドサクサすら感じることが出来ない。そんな舊地の一角に安楽寿院は法灯を
紡いでいます。唯一微かな香りは院政絶頂期の白河、鳥羽両天皇の陵と若くして崩じた近衛天皇の陵が往時
の名残を止めているばかりです。


▼参道。




[ 安楽寿院 ]
●寺号 安楽寿院 (あんらくじゅいん)
●宗派 真言宗智山派
●開基 鳥羽上皇 (とばじょうこう)
●開創 保延三年 (1137年)
●本尊 阿弥陀如来坐像
▲京都市伏見区竹田中内畑町74 TEL.075-601-4168
▲拝観料 境内自由 御朱印300円
▲HP http://www.anraku.or.jp/
▲近鉄京都線、京都市営地下鉄烏丸線竹田駅下車、徒歩7~8分

▼安楽寿院縁起 (駒札を拡大しました)




▼寺標。




▼山門。




▼境内。



▼手水舎。




▼鐘楼。慶長十一年(1606年)に豊臣秀頼建立。梵鐘は元禄五年(1692年)鋳造。




▼大師堂(本堂)。本尊 弘法大師像。




▼大師堂扁額。




▼大師堂正面。




▼石仏。多く集められており、ほとんど全部に友禅?布が掛けられています。




▼井戸枠でしょうか。松が一本生えています。




▼薬師堂。本尊薬師如来。




▼薬師堂扁額。




▼安楽寿院本尊 阿弥陀如来坐像(重文) 像高87.6cm、木造、漆箔、円派仏師賢円、長円作、定朝様式を踏襲し
た作風。胸に卍字が刻まれ卍字阿弥陀仏と呼ばれ、鳥羽天皇の念持仏だったそうです。現在は宝物庫に保管
され公開はされていません。(写真は京都国立博物館から借用)




▼またもでましたニャンコ! 顔に似合わず馴れ馴れしいニャンコでした。




▼宝篋印塔。




▼書院玄関と前庭。寛政七年(1795年)建立。




▼庫裡。ここで御朱印を戴きます。




▼鎮守社の三宝荒神社鳥居。




▼荒神さんを祀る社の覆屋。(安楽寿院HPから)
落慶以来、何度も火災にあい、天文十七年の火災で伽藍の大部分を焼失。慶長十一年の復興時、荒神様を勧
請。以後の四百年間は一度も火災にあっていません。三宝荒神の霊験と感謝しています。火難消除の神様と
して信仰されています。




▼三如来石仏。(安楽寿院HPから)
平安時代の作で釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来三尊の三面が江戸時代に出土したと伝えられています。昔
はこの石仏のお体を削って水で練り、子供の顔に塗るとくさが直るという信仰があったため、傷んでいます。



中尊のお顔なんか半分削られてますネ、相当酷いことになってます。


▼宝物庫。




▼院政地石碑。白河法王と鳥羽法王院政の舊地。さぞ立派な御殿があったんでしょう。




▼鳥羽離宮復元図。



鳥羽離宮は平安後期、白河上皇の院政開始の象徴として造営が開始された御所と御堂及び苑池からなる広大
な離宮である。東西1.5km、南北1kmにおよび、平安京の朱雀大路から真っすぐ南に下がった場所にあり、
水陸絶好の地形にあった。造営は応徳三年(1086年)に始まり、広大な池に接して造られ船で行き来していた。
鳥羽上皇の時代に入り殿舎が多く造られ、苑池も造られた。このうち現在の安楽寿院を含む東殿には、三重
塔や多宝塔が築かれほかの殿とは異なった様相を呈していた。これらの塔には白河法王、鳥羽法王、近衛天
皇の遺骨が収められ墓前に御堂が建てられた。この東殿の区域は死後の世界、極楽浄土を現世に築き上げら
れたことがわかる。院政最盛期の証でもある鳥羽離宮は院政の終焉とともに衰退、地上からその姿を消して
いった。(鳥羽離宮復元図の説明文から)

▼御朱印です。




近鉄京都線竹田駅で降りるのは初めてです。歩いて南へ7~8分のところに安楽寿院はあります。
今日は卍字阿弥陀仏と云われている少々珍しい阿弥陀さんにお会いしたくてやって来たのですが、ぶっつけ
本番はダメでした。新装の宝物庫におられるそうで公開予定はないそうです。


フロクと云っちゃなんですが、院政期の絶対的権力者と若くして崩御した天皇陵がほん近くに在ります。
▼第72代白河天皇陵 (成菩提院陵)。白河法王として院政。







▼第74代鳥羽天皇陵 (安楽寿院陵)。鳥羽法王として院政。崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇の父。










▼第76代近衛天皇陵 (安楽寿院南御陵)。三歳で皇位、親政することなく十七歳で崩御。









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