土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

大野寺の弥勒磨崖仏デッカイです。

2015年03月12日 | 奈良の古寺巡り


(2015.03.07訪問)


室生寺からR165号に戻リ磨崖仏の大野寺へ。しかし大和路号のナビは平気で道を間違い、大野の集落に迷い
込んでしまいました。クネクネ曲がりくねった細い細い道を何度も行き来、結局165号から3分位の所に目指
すお寺がありながら約20分ほどウロウロ、泣き泣き駐車場着くと今度は空が本格的に泣き出しました。



▼道沿いに白い築地塀。





[ 大野寺 ]
●山号 楊柳山 (ようりゅうざん)
●寺号 大野寺 (おおのじ)
●開基 伝 役の小角 (えんのおずぬ)
●開創 伝 白鳳九年 (681年)
●宗派 真言宗室生寺派 室生寺の西の大門
●本尊 弥勒菩薩立像 (秘仏)
▲入山料 300円 朱印 300円 駐車場 無料
▲拝観時間 8:00~17:00
▲奈良県宇陀市室生区大野1680 Tel.0745-92-2220
▲近鉄大阪線「室生口大野駅」下車 徒歩5分



大野寺縁起 (大野寺パンフより抄出)
寺伝によると、白鳳九年(681年)に役の小角が開き、天長元年(824年)弘法大師室生寺開創のとき、西
の大門と定め一宇を建て、本尊弥勒菩薩を安置して慈尊院弥勒寺と称しました。その後地名を名付けて大野
寺と称すと伝えます。
宇陀川対岸に刻されている磨崖仏は、鎌倉初期、興福寺領であったとき対岸を彼岸弥勒浄土見立てで、巨岩
に弥勒磨崖仏の発願がなされ後鳥羽上皇勅願により造立されました。



         ▼弥勒大佛別当の寺石標。





▼山門。





▼本堂。





▼扁額。





▼内陣。中央お厨子に秘仏本尊弥勒菩薩立像が安置。





         ▼新しい内陣の扁額。





▼右脇陣中央に地蔵菩薩立像 (重文)。像高80.3cm、鎌倉初期。
 侍女が火あぶりの刑になるとき身代わりになり救ったという伝説があり「身代わり地蔵」と呼ばれてるそ
 うです。





▼境内山門横の枝垂桜の今はこんな感じ。四月に入るととんでもないことになるそうですヨ。



円内は満開の枝垂 (写真はネットから借りました)



▼マンサクも咲いてます。





▼鐘楼です。





▼境内に磨崖仏礼拝所が設えられているんですが、写真ボケボケで没。
 中に掲げられている磨崖仏の説明板を見てください。




さていよいよ弥勒磨崖仏です。

         ▼宇陀川の遊歩道から見た弥勒磨崖仏です。





▼ほぼ全景です。





▼弥勒磨崖仏は宇陀川の対岸高さ約33mの弥勒岩に刻まれています。岩に高さ13.8mの挙身光式の凹みを彫
 りこみ、その内面を平に仕上げ像高11.5メートルの弥勒仏立像を線刻したものです。





         ▼お顔と衣文、シャープでスムーズな曲線が際立っていますネ。
          作者は宋の石工伊行末のグループとの説があるようです。





▼お顔のアップです。



線刻と云う表現上一番弱い線の集合で菩薩を生み出す、仏のパワーを熱い情熱と精魂込めた鑿の運びに変え、
一瞬々々を刻み込んでゆく、そんな静かなダイナミズム、無言の気が彫技の冴えを生んでゆく、往時仏師の
造形表現の感性が紛れもなく並のエネルギーや彫技ではなく、仏(人間)への強い観察力と洞察力、よほど
しっかりしたデッサン力を持ち合わせた人の技の結晶がこの弥勒菩薩ではないでしょうか。

この大きな石のキャンバスにどう描画バランスをとり、どんな足場を組み、幾人が鑿を振るっていたのか、
出来るものなら八百年前のその現場を見てみたいものです。



▼弥勒磨崖仏の左下方に円形の梵字曼荼羅が刻まれています。
 滅罪、延命、安産、祈雨などの息災増益のための密教の修法尊勝陀羅尼を誦する曼荼羅だそうです。





▼御朱印です。





刻されている弥勒磨崖仏は今の時期、鬱蒼の樹々も葉を落とし前翳りがなく前面から邪魔なく見えるのです
が、今日のお天気今雨模様、日差しがあればもっと鮮明に目に映ると聞きました。残 念 で し た 。 
こらナビ、しっかりせんかい!




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