
(2015.03.14訪問)
羅漢寺から加西市内を東にしばらく走りナビも順調にガイドしてくれています。が、またもや順調じゃなか
ったのです。指示通りの道に侵入、チラッと嫌な予感がしましたが畦のような道を200mほど進むと行き止
まり、道が無いんですワ。それでもバカナビはなお「真っすぐ行け」です。
呆れかえってひっくりかえりました。Uターンも出来ずバックでバックして元の広道に戻ると正しい道しる
べがあり、ホッ!
▼ポツンと仁王門。周辺には何もありません。

[ 奥山寺 ]
●山号 青嶺山 (せいれいざん)
●寺号 奥山寺 (おくさんじ)
●勅願 伝 孝徳天皇 (こうとくてんのう)
●開基 伝 法道仙人 (ほうどうせんにん)
●開創 伝 白雉二年 (651年)
●宗派 高野山真言宗
●本尊 千手観音菩薩 (秘仏)
▲入山料 無料 朱印 志納 駐車場 無料
▲拝観時間 不明
▲兵庫県加西市国正町15 Tel.0790-45-0049
▲中国自動車道加西ICから約15分
奥山寺縁起
奥山寺は白雉二年(651年)法道仙人の開基と伝えられる真言宗の古刹です。渡来した高麗僧恵便が聖徳太子
の像を作りこの地に安置。その後播磨のエース法道仙人が聖徳太子像を見つけ、奥山寺が建てられたと伝え
られています。大宝三年(703年)火災後、荒廃していたお寺を行基が養老二年(718年)再興。
慶長六年 (1601年) 被災、慶長十二年 (1607年) 本堂が再建。
▼寺石標。

▼仁王門。参道の脇に建ち周辺は何も無し、門の前は広場になっています。往時の境内の広さの名残でしょ
うか。桁裄三間、梁間二間、三間一戸の楼門、入母屋造、十二脚門、本瓦葺。

プロポーション抜群の美しい楼門、建立年代は不詳らしく十八世紀中葉の建立と推定されているそうです。
▼山号の書かれた仁王門扁額。

初層左右に仁王さん、仁王の間は酒見寺と同じ構造で奥の間、しかも仕切りは菱形格子でガード、見辛いや
ら撮り辛いやらで、奥の手でやっと撮れた仁王さんです。
▼阿形仁王さん。

▼吽形仁王さん。

両像とも眼光異様に鋭いのは、後補で玉眼を嵌めたのではないでしょうか。
▼一本の参道が真っ直ぐ。

▼参道はやがて終点に。左は奥山寺本坊山門、突き当たりは本堂への石段参道です。

▼急な145段の石段、やれやれ中途にステップがあるので一息つけます。

▼石段手前に手水鉢、使われてる様子は無いようです。

▼石段中途にステップ状平地左に、

▼経蔵でしょうか、モダンな建物が。

▼右には気の毒な地蔵堂が。相当酷い状態、つっかえ棒を外したら…。

▼お地蔵さんは健在です。

▼最後の上りです。

▼鐘楼。

▼本堂。本尊 千手観音菩薩 (秘仏) 桁裄七間、梁間七間、入母屋造、銅板葺、一間向拝付き。

外廊外陣が吹き通しになっており外内柱がよく目立ち、重厚なお堂と云うより軽快な感じの強い印象です。
慶長十二年 (1607年) 再建。
▼三間吹き通しの広々とした外陣で、内陣との仕切りは格子障子が嵌まっています。

▼格子の破れ目から覗くと、須弥壇奥のお厨子にご本尊が安置されているようです。

▼相貌リアルな賓頭盧さん。

▼本堂向拝から境内を、前方は参道石段です。

▼外廊から境内を。

▼本堂。

▼本堂横に三界慰霊塔と観音石像。

▼子安地蔵さんもいました。

▼本堂左手高台に多宝塔。

▼再彩色で実に美しい多宝塔三景。下層三間四方、本瓦葺。宝永六年 (1709年) 建立。



平成十一年解体修理後彩色新たに創建当初の姿が復元されたそうです。境内の古色然とした佇まいの中でこ
の鮮やかな朱色は、見方によっては違和感も。
▼境内最奥の鎮守社。お社は覆屋で完全ガードされていますが、ザンネンながら祭神不明。

▼さてそれでは石段を下りて地蔵院本坊へ御朱印を戴きにまいりましょう。
下に見えるのは迷車大和路号です。

▼塔頭地蔵院の山門。地蔵院は唯一残った塔頭だそうです。

▼恥ずかしながら読めません。地蔵院かな?

▼客殿と庫裏が棟続き、大きな建物です。

▼庭園に聖徳太子をお祀りする太子堂。客殿と渡り廊下で繋がっています。

▼惜しいかなチョッと荒れ気味の庭園。

▼御朱印です。

加西市の北外れといってもそんな山中ではないのですが、山寺古刹の雰囲気漂う佇まいを見せているいい感
じのお寺です。北播磨の紅葉名所と云われているらしく、仁王門から参道沿いに、本堂への石段沿いに、境
内にと楓木が多く紅葉時には寺観を一変するのでは。赤く染まる時期にもう一度訪ねてみたいお寺です。
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