
(2018.12.22訪問)
四国祖谷の「かずら橋」を渡りに行こうとウチの奥さんが云うので行ってきました。
そうだものはついでと申します、せっかくの四国路、ウチの奥さんには「かずら橋に行く前に八十八カ所霊場の三カ寺を先に訪ねる
ぞ」と言い聞かせ納得して戴いて22日早朝、大和路号は我が家を出発しました。今年4月に八十八カ所第一番札所霊山寺と第二番札
所極楽寺を訪ねて以来八カ月振りの八十八カ所霊場巡りです。第三番札所は亀光山金泉寺、きこうざんこんせんじと読みます。高松
自動車道「板野IC」を降りてスグです。
▼山門。重層楼門、桁裄3間、梁間2間、入母屋造、本瓦葺。初層左右に金剛力士像を安置しています。

[ 金泉寺 ]
●山号 亀光山 (きこうざん)
●院号 釈迦院 (しゃかいん)
●寺号 金泉寺 (こんせんじ)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
●勅願 聖武天皇 (しょうむてんのう)
●開創 伝 行基 (ぎょうき)
●開創 伝 天平年間 (729年~)
●本尊 釈迦如来坐像
▲徳島県板野郡板野町大寺字亀山下66 TEL. 088-672-1087
▲拝観料 境内自由 御朱印300円
▲JR高徳線「板野駅」下車 徒歩約10分
高松自動車道「板野IC」から約1Km、徳島自動車道「藍住IC」から約3.2Km
▼木札には四国霊場第三番、亀光山金泉寺と揮毫されています。

金泉寺縁起 (四国八十八ヶ所霊場会HPから抄出)
聖武天皇の勅願により行基菩薩が寺塔を建立し「金光明寺」と命名したと伝えられ、本尊は釈迦如来像、脇侍に阿弥陀如来像、薬師
如来像の三尊像を安置して開基したという。弘仁年間、弘法大師が四国を巡教の際、村の人たちが日照りに苦しんでいるのを見て、
この地に井戸を掘られた。この井戸から湧き出た水は霊水で、「長寿をもたらす黄金の井戸」とされ、寺名の「金光明寺」を改め、
「金泉寺」とした。その後、亀山法皇が弘法大師を篤く信仰されて各地の霊跡を巡拝、金泉寺にもしばらく滞在されたと伝えます。
▼右には少々ユニークな阿形さんが、

▼左に吽形さんがガッチリ守りを固めています。

▼それではごくらく橋を渡って境内へ。

▼鐘楼。

▼境内の一部。左が本堂、右にチラッと見えるのが大師堂。

▼少し高みに八角の観音堂。白塗り二重垂木がが目立ちますネ。正面の四角穴から中を覗いて見ましょう。

▼観音堂の内部は荘厳が煌めき、須弥壇中央にお厨子が見えます。本尊勝運観音はこの中でしょう。

▼これもお堂でしょうか、少々侘しい黄金地蔵尊が祀られるお堂です。

▼お堂内のこの井戸、水面に顔がはっきり映ると長生きが出来、ぼやけると命短し。ホンマかいなと覗きましたが暗くて見えません。

▼閻魔堂。

▼本尊は当然ながら閻魔さん。

▼大師堂。方3間、宝形造、本瓦葺、1間向拝付。

▼弘法と書かれた大師堂扁額。

▼内陣の荘厳は瓔珞が数多く飾られ金色燦然、最奥お厨子に本尊お大師さんが見えます。

▼本尊お大師さん。紫色の彩色は高貴と云うよりいささか怖いお大師さん。

▼大師堂。

▼本堂です。桁裄3間、梁間3間、入母屋造、本瓦葺、1間向拝付。

▼精魂込めた鑿の後が窺える向拝貫の彫刻、素晴らしい!

▼本堂内陣須弥壇の本尊釈迦如来坐像。瓔珞でお顔が見えないのが残念です。

▼右横からの本堂。

▼黄金の太刀に巻き付く倶利迦羅龍王は不動明王の化身と云われてるそうです。

▼中之島に建つ小さなお社。

▼弁天さんもお立ちです。

▼切れ長の目、ゾクッとしませんか。

▼六地蔵。アーチ型の建物が中々ユニーク。

▼境内後方高台に亀腹がない多宝塔。

▼上層屋根下の組み物。豪快な造りですネ。

▼敷き紅葉もまだ綺麗なままです。

▼お初なアングルで撮ってみました。

▼石段上の忠魂塔にアタック。

▼立派な忠魂塔にご挨拶をして第三番札所金泉寺オシマイです。

▼第三番札所ご朱印です。

四月に訪ねた一番、二番札所でも感じたのですが、ここ三番札所も参拝者の姿見当たらず、非常に寂しい感じを受けました。
季節によるものなのかは定かではありませんが、お陰でユックリ、ジックリ拝観出来たことはボクにとっては当たりでした。
次に訪ねるのはここから約六キロ、第四番札所大日寺です。近くで大助かり!