土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

智積院、堂本印象さんの襖絵「婦女喫茶図」印象深いです。

2019年01月22日 | 京都の古寺巡り





(2019.01.19訪問)


「京の冬の旅」非公開文化財特別公開で今日訪ねるのは、智積院です。
智積院が古刹と云えるかどうかは別にして、いかに寺勢が凄いかは街中に広大な寺地を誇り、名勝庭園、障壁画や襖絵などに錚々た
る名前がならんでいるお寺だからです。今回の文化財特別公開では近代絵画の雄、堂本印象さんの障壁画「婦女喫茶図」を見ること
ができるんです。「婦女喫茶図」はこのお寺の宸殿襖絵なんですが、これまで宸殿が公開されたことがあまりなく、今回公開される
と云うことで、早速見てみようてな訳で智積院を訪ねた次第であります。





            ▼智積院の「京の冬の旅」特別公開ポスター。
             上の絵がかの堂本印象の障壁画「婦女喫茶図」
             今日はこれを見たいがため智積院に来たようなもんです。      







            [ 智積院 ]
            ●山号 五百仏山 (いおぶさん)
            ●寺号 根来寺智積院 (ねごろじちしゃくいん)
            ●宗派 真言宗智山派 (しんごんしゅうちざんは) 総本山
            ●開祖 弘法大師空海 (こうぼうだいしくうかい)
            ●中興 興教大師覚鑁 (こうぎょうだいしかくばん)
            ●再興 玄宥僧正 (げんゆうそうじょう)
            ●開創 慶長三年 (1598年)
            ●本尊 大日如来坐像
            ▲京都市東山区東大路通り七条下る東瓦町964番地 TEL.075-541-5361  
            ▲拝観料 800円 御朱印300円
            ▲拝観時間 9:00~16:00
            ▲JR京都駅よりバス10分、東山七条下車 市バス206系統、207系統、208系統
             京阪電車「七条駅」より七条通を東へ徒歩約10分





            ▼東大路通に面して山門が建ち、門前にデッカイ寺号石柱。







智積院縁起 (智積院HPから抄出)
興教大師覚鑁が高野山に大伝法院を建て、高野山の復興と真言宗教学の振興に活躍。保延六年 (1140年) 修行の場を高野山から根来
山へ移し根本道場としました。二年後の康治二年覚鑁死去。鎌倉時代の中頃に、頼瑜僧正が大伝法院を高野山から根来山へ移し、こ
れにより根来山はおおいに栄え、智積院はその塔頭寺院のなかの学頭寺院でした。勢力が大きくなると豊臣秀吉と対立、秀吉軍によ
り、根来山内の堂塔のほとんどが灰燼に帰しました。その時、智積院の住職であった玄宥僧正は、高野山に逃れ、秀吉が亡くなった
慶長三年 (1598年) 智積院再興の第一歩が京都東山にしるされました。家康から、玄宥僧正に東山の豊国神社境内の坊舎と土地が与
えられ、名実ともに智積院が再興。境内伽藍が拡充されました。





▼入山受付を済ますとすぐ前に冠木門、参道入り口です。







▼参道右に鐘楼。入母屋造、本瓦葺の大鐘楼です。







▼参道先に見えるのが金堂です。







▼金堂。桁裄七間、梁間五間、入母屋造、本瓦葺、3間向拝付、鉄筋コンクリート造、宝永二年 (1705年) 建立。
 明治十五年 (1882) 焼失。その後、宗祖弘法大師生誕千二百年記念事業として昭和五十年(1975年) 再建。







▼金堂扁額。第五十九代化主秋山祐雅僧正揮毫。







▼須弥壇の荘厳と本尊大日如来坐像。







▼本尊大日如来坐像。お躯も光背もキンピカ、像高197.8cm、木造、仏師西村公朝さん指導により1975年造像。







▼格子戸から柔らかい冬の日差しが。







▼翻る五色幕。

        





▼金堂横に明王殿 (不動堂)。桁裄七間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺、三間向拝付。
 智積院の護摩道場、金堂焼失後金堂として使用されていたお堂。







▼明王殿扁額。第六十五代化主藤井龍心僧正揮毫。







▼明王殿内陣。よく磨かれた床、過剰な荘厳がないシンプルな須弥壇中央に本尊不動明王、脇持に矜羯羅童子、制多迦童子が祀られ
 ています。







▼本尊お不動さんのお顔。像高84.5cm、寄せ木造り、玉眼。







▼金堂裏の石段を上ると奥の境内、鐘楼です。







▼大師堂。宗祖弘法大師空海さんをお祀りしています。寛政元年 (1789年)建立。
 桁裄五間、梁間三間、入母屋造、本瓦葺、一間唐破風向拝付。堂内拝観は出来ません。







▼大師堂扁額。別称遍照金剛殿と揮毫されています。







▼大師堂の五色幕。







▼運敞蔵。第七代化主運敞僧正座像を祀り、僧正一代にわたって収集された書籍文献を収蔵。延宝元年 (1672年) 建立。







▼密厳堂への石段参道。







▼密厳堂。中興の祖、興教大師覚鑁像さんを安置、よって覚鑁堂とも呼ばれている。
 桁裄五間、梁間六間、入母屋造、本瓦葺、一間向拝付。寛文七年 (1667年) 建立。







▼密厳堂扁額。第七代化主運敞僧正揮毫。







▼密厳堂。







▼求聞持堂(文殊堂、護摩堂)。本尊虚空蔵菩薩、嘉永四年 (1844年) 建立。方三間、宝形造、本瓦葺、一間向拝付。







書院の名勝庭園と国宝障壁画を拝見することにしましょう。

▼山門。正面見えるのは講堂。







▼講堂は横に長~い建物で全景は撮れません。
 桁裄十八間、梁間九間、入母屋造、本瓦葺、総檜造。平成七年 (1995年) 再建。







▼講堂中央不二の間に本尊阿弥陀如来坐像が祀られています。







▼不二の間の左右の部屋には田渕俊夫さんの「四季墨絵」
 墨の濃淡だけで表現する驚異的な世界、もの凄い描写力に言葉も出ません。













▼書院にやってきました。部屋から見る前庭、残念ながら治水工事のため池の水は抜かれてています。 













▼書院の障壁画です。見れるのは総てレプリカ。本物は収蔵庫で。







▼長谷川等伯の「楓図」  







▼長谷川久蔵の「桜図」  







▼宸殿。こちらのお部屋で堂本印象さんの障壁画を見ることが出来ます。宸殿は通常拝観出来ません。







▼堂本印象の「松桜柳の図」 







▼堂本印象の「婦女喫茶図」  



印象さん1958年作のこの画、お寺の襖絵にモダン絵画、一見ミスマッチ感で当時批判も有ったらしいですが、このアンバランスが
何とも云えない雰囲気を作り出しているように思えます。





▼智積院再興の玄宥僧正に見送られて智積院オシマイで~す。







▼ご朱印です。