比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
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信濃路・・・中山道をゆく・・・沓掛宿・・・長倉神社

2018-05-05 | 旧街道・峠道・旧宿場

信州上田の・・・六文銭の写真帳 


江戸時代の江戸と京都を結ぶ幹線道路「中山道」・・・碓氷峠を越えた浅間三宿の一つ「沓掛宿」です。遺構は何一つ残っていません。
沓掛という地名も消えました(駅名は1956年、行政区は1960年に中軽井沢に)。沓掛とは・・・崩れた崖地、旅人が草鞋を脱いでひと休みした地・・・とか諸説あります。
律令時代、信濃16御牧の「長倉牧」、江戸時代は沓掛村、明治の大合併で長倉村、塩沢村と合併して東長倉村に。長倉とは長い倉(山の岩の露頭地)かな?

中軽井沢駅近くにある中山道沓掛宿脇本陣蔦屋跡碑
※中山道69次19番沓掛宿、1843年の調べによれば166軒、本陣1、脇本陣3、旅籠17軒、人口502人。
しなの鉄道中軽井沢駅前の交差点を中心に本陣、脇本陣があったらしいのですが遺構は残っていません。


しなの鉄道中軽井沢駅から東に歩いて約10分、国道18号線で湯川を渡ったところにある長倉神社
※927年編纂された延喜式に記されている佐久三社の一つと比定されているそうです。824年創建?
1783年浅間山の天明大噴火で焼失、現在の拝殿は合成建材でできたカフェ風? 裏に本殿があります。


社叢内に・・・沓掛時次郎の碑・・・が。
沓掛時次郎は劇作家長谷川伸(1884~1963年)が書いた劇中の人物、フィクションの人物が記念碑に?
チョッとおかしいですが、いまは地名から消えた「沓掛」の名をひろめたヒーローとして…まあイイでしょう。 
                                 

 ※撮影日は3月11日。


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