知的労働者というと漠然としているので、いちばんわかりやすい例で科学系のノーベル賞受賞者で考えてみましょう。1)日本で生まれ育って日本で研究した人。2)日本で生まれ育って外国で研究した人。3)外国で生まれ育って日本で研究した人。「日本」に関係する受賞者で、このどれが多いでしょうか。きちんと数えてはいませんが、おそらくその数は、1>2>3の順ではないでしょうか(数え方によっては1と2が逆転するかも知れません)。だけど、「日本」という国がもっともっと発展するためには3)を増やすようにした方が良いはず。そうすれば、おそらく3)の増加にほぼパラレルに1)も増加するはずです。日本の研究環境が世界のトップクラスを引き寄せるくらい魅力的、ということなのですから(最初から1を増加させる、というやり方もありますが、外国人を引きつけない研究環境は結局「世界に通用する研究成果」を生みだしづらいもののはずです)。そして、21世紀の情報化社会では、ノーベル賞の数だけではなくて、知的労働者の質と量がおそらく世界の国々を勝者と敗者に分けるキーとなるはずです。
私の推論、どこか大穴が開いています?
【ただいま読書中】『ジャングル・ブック』R・キップリング 著、 木島始 訳、 福音館古典童話シリーズ23、1979年
ジャングルの奥、シオニーの丘に住む狼一家は、裸の人間の赤ん坊を見つけ、育てることにします。それに反対するのは虎のシアカンや山犬のタバキ。賛成するのは熊のバルーと黒豹のバギーラ、そして狼の一族。子供はモーグリ(かえる)と名付けられ、狼たちと一緒に育ちます。彼の家庭教師はバルー。バルーは厳しく「ジャングルの掟」をモーグリにたたき込みます。
しかし、モーグリが人間の世界に帰らなければならない日がやってきました。モーグリは自分自身の中に存在する“ジャングル”から自分自身を閉め出し、丘の巣から立ち去ります。人間の言葉と習慣を覚え、モーグリは「人間」として生きようとします。しかし、彼をジャングルから追い出す原因となった虎のシアカンとの戦いによって、モーグリは人間社会から追放されてしまいます。「悪魔」として。さらにモーグリを養子とした夫婦まで悪魔の仲間として火あぶりになろうとします。怒ったモーグリはジャングルの仲間たちを率いて村人に戦いを挑みます。いつの間にかモーグリは「ジャングルのかしら」になっていたのでした。
かしらとしてモーグリは「よい狩り」を行ないます。デカンから大挙してやって来た赤犬の襲撃からジャングルを守ります。しかし思春期を迎えたモーグリを呼ぶ声は人間世界からのものでした。
モーグリの忠実な味方は、一緒に育った狼の家族・黒豹・熊・巨大なニシキヘビなど多彩ですが、意外にも同じ群れであるはずの狼はそれほどモーグリに忠実ではありません。「群れ」として一致団結しているのは、モーグリの敵役として登場する(そして大量に虐殺される)猿や赤犬です。著者はもしかしたら、「同種の団体の一致団結」があまり好みではなかったのかもしれません。
「イギリス人」がある種絶対的な「善」として描かれているのに私は苦笑しますが、これは「時代」と「舞台」を考えたら仕方ないことでしょう。それよりも、「ジャングル」と「人間社会」との間で引き裂かれるモーグリの姿に、どうしてこんなに私は引きつけられるのだろう、と思います。私自身もその一部は「ジャングル」に住んでいるとどこかで思っているのかもしれません。
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ジャングルの奥、シオニーの丘に住む狼一家は、裸の人間の赤ん坊を見つけ、育てることにします。それに反対するのは虎のシアカンや山犬のタバキ。賛成するのは熊のバルーと黒豹のバギーラ、そして狼の一族。子供はモーグリ(かえる)と名付けられ、狼たちと一緒に育ちます。彼の家庭教師はバルー。バルーは厳しく「ジャングルの掟」をモーグリにたたき込みます。
しかし、モーグリが人間の世界に帰らなければならない日がやってきました。モーグリは自分自身の中に存在する“ジャングル”から自分自身を閉め出し、丘の巣から立ち去ります。人間の言葉と習慣を覚え、モーグリは「人間」として生きようとします。しかし、彼をジャングルから追い出す原因となった虎のシアカンとの戦いによって、モーグリは人間社会から追放されてしまいます。「悪魔」として。さらにモーグリを養子とした夫婦まで悪魔の仲間として火あぶりになろうとします。怒ったモーグリはジャングルの仲間たちを率いて村人に戦いを挑みます。いつの間にかモーグリは「ジャングルのかしら」になっていたのでした。
かしらとしてモーグリは「よい狩り」を行ないます。デカンから大挙してやって来た赤犬の襲撃からジャングルを守ります。しかし思春期を迎えたモーグリを呼ぶ声は人間世界からのものでした。
モーグリの忠実な味方は、一緒に育った狼の家族・黒豹・熊・巨大なニシキヘビなど多彩ですが、意外にも同じ群れであるはずの狼はそれほどモーグリに忠実ではありません。「群れ」として一致団結しているのは、モーグリの敵役として登場する(そして大量に虐殺される)猿や赤犬です。著者はもしかしたら、「同種の団体の一致団結」があまり好みではなかったのかもしれません。
「イギリス人」がある種絶対的な「善」として描かれているのに私は苦笑しますが、これは「時代」と「舞台」を考えたら仕方ないことでしょう。それよりも、「ジャングル」と「人間社会」との間で引き裂かれるモーグリの姿に、どうしてこんなに私は引きつけられるのだろう、と思います。私自身もその一部は「ジャングル」に住んでいるとどこかで思っているのかもしれません。
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