【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

航空宇宙軍史

2019-09-29 06:58:31 | Weblog

 私が「航空宇宙軍史」でまともに読んだ最初の長篇は『エリヌス』(1983年)でした。それまでにもこのシリーズに属する短篇はいくつか雑誌で読んで「ちょっと変わった(工学的な)雰囲気のSFだなあ」と思っていましたが、この作品でその印象はますます強固になりましたっけ。ただ、外惑星動乱が終結して23年後、舞台はそれまで誰も注目していなかった天王星の衛星であるエリヌスですから、そんなところがなぜ作品の舞台になるのだろう、と不思議ではありました。今回このシリーズを“最初"から読んでいて、やっと天王星系が注目されるべき理由が見えてきたような気がします。

【ただいま読書中】『エリヌス ──戒厳令──(航空宇宙軍史・完全版(四))』谷甲州 著、 早川書房、2017年、1500円(税別)

 敗戦したことを受け入れられず、地下に潜ってレジスタンスをしていた外惑星連合軍の残党は、天王星第六衛星エリヌスでクーデターを起こすことを計画しました。このままだとじり貧なので地球から一番遠いところに自分たちの“聖地"を作ろうという目論見です。厳しい監視の目から隠れて複雑に練り上げられた計画でしたが、ちょっとしたことから齟齬が生じてしまいます。エリヌスに強襲部隊を送り込むことには成功したのですが、航空宇宙軍のゾディアック級フリゲート艦アクエリアスも別ルートからエリヌスに引き入れてしまったのです。
 宇宙の戦争と言えば派手な宇宙船同士の戦いが定番ですが、地球上での戦いと同じく、最終的に「地上」を占領するのは「陸軍」です。本シリーズ(完全版)の冒頭で、外惑星連合に「タナトス戦闘団」という陸戦隊が作られる過程が描かれましたが、こんどは航空宇宙軍の側で陸戦隊が作られることになります。著者得意の“主題とその変奏"です。「ホーンブロワーシリーズ」では、水夫たちが陸上の目標を攻撃するために武装して船から降りて陸を進む、という「海兵隊のご先祖」のような部隊が描かれましたが、こちらでも、アクエリアスに乗っている海兵隊2小隊に当直外の乗組員を全員加えて急ごしらえの陸戦隊が作られました。
 航宙はニュートン力学に支配されています。これを限られた推進剤で人為的にいじることは困難です。しかしそこで人がいかに工夫をして敵の意表を突くか、に“ドラマ"があります。
 また、このシリーズの初期から時々姿を見せていた「オガタ・ユウ(と元夫と娘)のドラマ」がこの作品で完結してしまうことも本作に陰りを与えています。戦争が「巨大な物語」であると同時に「個人の物語」でもあることがここでわかります。
 それにしても、最後の「資料編」には圧倒されます。外惑星動乱の推移、戦闘艦の設計思想(無駄なスペースは不要だが、長期間の航宙に乗組員が耐えられる居住性と快適性は必要、など)、人員編制などが、まるで実際の資料を見てきたかのように細かく紹介されているのです。ここには登場しませんが、著者は航空宇宙軍の給与体系までちゃんと設定して執筆をしていたそうで、それが“リアルさ"(たとえば、出港直後の艦は、積み込んだばかりの食料などが倉庫に収まりきらずとりあえず空き部屋に突っ込まれている、といった描写)の裏付けとなっているのでしょう。このあたりは、第二次世界大戦のUボートの艦内の記録を参考にしているのかもしれません。潜水艦も宇宙船も、似たところがありますから。




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