長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

観劇のきもの

2010年03月20日 00時56分25秒 | 歌舞伎三昧
 昭和の終わりから平成の初め、私が二十代のころの歌舞伎座には、いわゆる着巧者のおねえさま方がたくさんいて、とてもとても、くちばしの黄色いヒヨッコが着物姿で観劇を、などという度胸が生じる隙とてなかった。
 ある日のこと。私は俳優祭へ行くために支度を急いでいた。もちろん洋装のオシャレだが、気合が入っていた。玄関先に2種類の靴を出して、出掛けに、最終調整として最もしっくりするデザインのほうを履こうと目論んでいた。
 …しかし、二十代の女子というものは、お出かけの支度にいくら時間があっても足りないものなのだ。結局、出かけ際のスタイルをチェックする間もないまま、私はドタバタと玄関を飛び出した。
 中央線の快速に乗っていた私は、御茶ノ水駅を過ぎて人がまばらになった車内で、向かいのシートのキャリア公務員風ご婦人が、しげしげと自分を眺める視線に気づき、何となく不安な心持になった。そこで、自分の本日の観劇姿に何か齟齬が生じているのではないかと、他人にそうと気取られないよう、密かにチェックしてみた。
 ……!!!!! 自分の足元を見た瞬間、私は気が遠くなった。なんと、左右、違うデザインの靴を履いているではないか。
 心臓が凍りつく、というのは、こういう時に使うべき言葉だろう。このままじゃとても歌舞伎座に行けやしない。…そうだ、新しい靴を買って履き替えてゆこう。
 しかし、靴屋さんにたどり着くまでがあまりに恥ずかしすぎる。私は急遽、降車駅を有楽町に変えて、駅から近くて、品揃えがある程度あって、しかもそんな買い物をしていても恥ずかしくない、フランクなプランタン銀座で靴を購入し、履き替えた。
 結局、ものすごく愉しみにしていた俳優祭に少し遅れてしまった。
 この事件以来、私は洋服で歌舞伎座に行くのをやめて、意地でも着物で観劇することを決意したのだった。
 
コメント (2)
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