千年の愉楽
昨日、シネマ・べティで「千年の愉楽」を見た。こちらの方が観ごたえがあったが、コメントが難しいんだな。何たって原作、中上健次、監督、若松孝二の二大巨匠の映画だから。
中上健次が空想の世界で作り上げた差別「路地」でくらす産婆オリュウノオバ(寺島しのぶ)の目を通して見た、高貴で汚れた血を引き継く「中本の男たち」の因果を描いた物語。
産婆オリュウノオバは路地で唯一の産婆。あの世とこの世を繋ぐ産道から、数々の赤子を取り出し、仏さまから授かった命として慈しむ。もちろん、代々の中本の男たちがはらませた赤子も全てオリュウノオバが黄泉の国から取り出した命。
しかし中本の男がはらませた代々の男たちは、皆、因果な人生を辿る。女が寄って来るぐらいの男前。数々の女性と性遍歴を重ね、子をはらませては、それが故に無残な最後を遂げる。その絶え間ない因果が千年の愉楽である。産婆オリュウノオバはその因果な血筋をこの世に引き出しては、幸せを望み見守るのである。
この不思議な差別「路地」は、如何ようにして出来上がったのだろう。遠い神の国からのものか。解釈は今もって議論となっている。個人的な視点から見て、千年ということは、遠い平安時代まで遡らねばならぬであろう。つまり高貴で汚れた血族の祖先は、権力闘争に敗れ、都落ちした貴族たちの末裔ではないかと。そして「中本の男たち」の血は、その呪われた運命を今もって受け継ぎ、耐えることのない怨念が根強く生き次いでいるのではないか。そんなことも感じられる。
この物語は、そんなスケールの大きい神話を現代に投影してみせた作品なのではないかとMeは感じるのである。
昨日、シネマ・べティで「千年の愉楽」を見た。こちらの方が観ごたえがあったが、コメントが難しいんだな。何たって原作、中上健次、監督、若松孝二の二大巨匠の映画だから。
中上健次が空想の世界で作り上げた差別「路地」でくらす産婆オリュウノオバ(寺島しのぶ)の目を通して見た、高貴で汚れた血を引き継く「中本の男たち」の因果を描いた物語。
産婆オリュウノオバは路地で唯一の産婆。あの世とこの世を繋ぐ産道から、数々の赤子を取り出し、仏さまから授かった命として慈しむ。もちろん、代々の中本の男たちがはらませた赤子も全てオリュウノオバが黄泉の国から取り出した命。
しかし中本の男がはらませた代々の男たちは、皆、因果な人生を辿る。女が寄って来るぐらいの男前。数々の女性と性遍歴を重ね、子をはらませては、それが故に無残な最後を遂げる。その絶え間ない因果が千年の愉楽である。産婆オリュウノオバはその因果な血筋をこの世に引き出しては、幸せを望み見守るのである。
この不思議な差別「路地」は、如何ようにして出来上がったのだろう。遠い神の国からのものか。解釈は今もって議論となっている。個人的な視点から見て、千年ということは、遠い平安時代まで遡らねばならぬであろう。つまり高貴で汚れた血族の祖先は、権力闘争に敗れ、都落ちした貴族たちの末裔ではないかと。そして「中本の男たち」の血は、その呪われた運命を今もって受け継ぎ、耐えることのない怨念が根強く生き次いでいるのではないか。そんなことも感じられる。
この物語は、そんなスケールの大きい神話を現代に投影してみせた作品なのではないかとMeは感じるのである。