長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『サスペリア』(2018)

2019-03-09 | 映画レビュー(さ)

1977年のダリオ・アルジェント監督作『サスペリア』のリメイクである本作は昨今のリメイクホラーと全く次元の異なるアーティスティックな野心作だ。オリジナルからゴブリンによるテーマ曲とトレードマークの赤色を脱色。時代設定はそのままに徹底して社会背景を描き込んだ。オリジナル版がアルジェントの異常なフェチズムで作られたグラフィカルアートだったのに対し、本作の監督ルカ・グァダニーノは東西分裂中だったドイツはベルリンという街の特殊性に着目している。赤軍派ゲリラ“バーダー・マインホフ”によるテロと、民衆のデモに揺れる街で魔女達は舞踊団を隠れ蓑に生き延びてきた。この舞踊団には第二次大戦中、ナチスのプロパガンダに利用される事を拒んだマリー・ウィグマンのカンパニーが反映されているという。そして劇中、舞台となるカンパニーはベルリンの壁のすぐ傍に立つ。

 ここで重要となるのが“魔女”のルーツを知る事だろう。ロバート・エガース監督『ウィッチ』にも詳しいが中世、村八分となった女性達が森に暮らし、漢方等の民間療法で生計を立てていた事に由来する。医療が存在せず、神に祈るしかなかった時代に煎じ薬で治療をした彼女らは魔術を使ったと噂され、やがて魔女として迫害されたのである。このリメイク版では第2次大戦中に迫害されたユダヤ人や、今日までの“女性”の姿が投影されているように思う。

現代を生きる魔女の目的とはいったい何か。
 ヒントは異貌の女優ティルダ・スウィントンにある。本作ではダンスカンパニーの演出家マダム・ブランと、高齢の精神科医クレンペラー博士(男性!)の1人2役だ。近年『スノー・ピアサー』や『グランド・ブタペスト・ホテル』で半ば趣味のように醜女を演じてきたが、今回のそれは決して酔狂なキャスティングではない。方やナチスに抵抗しながらも最後には屈してしまった舞踊家と、ナチスに抵抗したため妻を失ってしまった男という対になっており、この2人の媒介となるのがダコタ・ジョンソン扮する主人公スージーだ。マダム・ブランとの師弟関係を超えた感情を嗅ぎつけられれば、スージーがクレンペラーにもたらす救済も腑に落ちるだろう。スージーはクレンペラーから悔恨と罪悪の念を消し(この罪の意識はドイツ全体が背負ってきたものでもある)、その魔術はエンドロールの後、スクリーンを超えて僕らに向けられる。画面隅の街灯がカンパニー前の物と分かれば、スージーが向かっている先はベルリンの壁であるとわかるハズだ。半世紀を超え、再び分断のための壁が築かれようとしている今、そんな憎しみを忘却せよと魔女は術をかけるのである。魔女とは決して忌むべき者ではない。ダリオ・アルジェントは本作の仕上がりに怒ったというが僕には血の惨劇の後、いつまでも本作の知性と優しさが心に残ったのだった。


『サスペリア』18・米、伊
監督 ルカ・グァダニーノ
出演 ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、クロエ・グレース=モレッツ、ジェシカ・ハーパー
 

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