長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『サウンド・オブ・メタル』

2021-01-02 | 映画レビュー(さ)

 ハードコアミュージックのドラマーを務めるルーベンはボーカルで恋人のルーとのツアー中、突如として聴覚を失う。彼にとってルーとの音楽は人生の全てであり、何より彼は自分でリズムを決めてきた男だ。戸惑い、怒り、途方に暮れた彼は人里離れた聴覚障碍者用のホスピスを訪ねる。厳格なメソッドでコミュニティを運営するカウンセラーのジョーに従い、ルーベンは帰るべき家であったトレーラーハウスを捨て、ルーとの別離を決意するのだが…。

 『サウンド・オブ・メタル』は所謂“難病モノ”だが、今やアメリカ映画もTVシリーズもかつてのように克服を描こうとはしない。近年、多くの作品がメンタルヘルスとの共存を描いてきたように、『サウンド・オブ・メタル』も病を受け入れるまでに主眼を置き、それは終盤30分で人間の心の静寂、平穏とは何かという哲学的主題に踏み込んでいる。実際にろう者の両親を持つジョー役ポール・レイシーの静かなる名演に耳を澄ませてほしい。「静寂の場所は決して君を見捨てない。難聴はハンデではなく、治すものでもない。重要な理念だ。子供たちも私達も日々、そのことを心に留めている」。人生の賢者とでも言うべきジョーを演じるレイシーはこれまでパートタイムでの俳優経験しかなく、LA最高裁の手話通訳士を25年務めているのだという。こんな老優が出てくるのだから、アメリカ映画はたまらない。

 これまでデレク・シアンフランス作品で脚本を務めてきたダリウス・マーダー監督のコンテンポラリーな音響設計が主人公の心理を再現する事に成功している。映画の大半を構成する静寂を使った音響演出は、自宅でのストリーミングでは味わいきれないかも知れない。

 映画が描く真の難病とは“依存”である。往々にして大病には依存が伴い、ジョーの「また依存症が再発したようだ」という言葉にルーベンも僕らもたじろぐ。ルーベンの願う回復とは現実から目を背け、ルーに依存していた頃の自分に戻ることだ。そしてルーもまたルーベンに依存していたのである。終幕、共依存関係にあった2人が互いに病を受け入れ合う壮絶は涙なくして見られない。ルー役オリヴィア・クックは身を投げうつような演技は観る者の心を激しく揺さぶる。

 そしてルーベン役リズ・アーメッドである。彼の演技は映画史において繰り返し演じられてきた難病演技の対極にあり、彼の到達する真なる静寂の表情は僕らを未だ見ぬ境地へと誘うのだ。


『サウンド・オブ・メタル』19・米
監督 ダリウス・マーダー
出演 リズ・アーメッド、オリヴィア・クック、ポール・レイシー、マチュー・アマルリック

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『オン・ザ・ロック』 | トップ | 『マ・レイニーのブラックボ... »

コメントを投稿

映画レビュー(さ)」カテゴリの最新記事