長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ロキ』

2021-07-23 | 海外ドラマ(ろ)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※

 今年3本目となるMCUのTVシリーズは雷神ソーの弟、“悪戯の神”ロキが主人公だ。『アベンジャーズ/エンドゲーム』中盤、2012年のNYからインフィニティストーンを奪って逃走した彼のその後が描かれる。巻頭、ロキは言う「私の物語を定めさせん!」。ロキを再定義し、再びMCUに呼び戻す新章の始まりだ。 

 だがこのロキは僕たちが10年間見続けてきたロキではない。僕たちの知るロキは『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』、『マイティ・ソー/バトルロイヤル』(『ラグナロク』にしておけばいいものを…)を経て、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でソーをかばい、あっさりとサノスに殺されてしまったアンチヒーローのロキだ。第1話、異なる時間軸を垣間見たロキは自身に起こり得たもう1つの物語に心動かされる。いやいや、僕たち観客の10年という時間をたった1話に凝縮するナラティヴは、『エンドゲーム』の達成の後でいささか不誠実ではないか?『ロキ』の最大の問題は、『ワンダヴィジョン』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』がワンダやサム、バッキーら映画版の脇役達をTVシリーズのナラティヴで掘り下げたのに対し、厳密には僕たちの愛したロキとは異なる人物が主人公である事だ。

 だから『ロキ』はいつまで経っても感情的沸点に到達しない。ケイト・ヘロン監督の筋運びは覇気に乏しく、アクションも切れ味に乏しい。また、これは日本独自の問題だが、低画質の日本製ディズニープラスでは先のTVシリーズ2作と違ってCG背景が多用される『ロキ』はより貧弱に見えてしまう。

 そしてMCUでおそらく初と言っていいミスキャストである、別次元の“女ロキ”シルヴィ役のソフィア・ディ・マルティーノのカリスマ不足は致命的だ。ロキが自身の内にある女性性と恋に落ちるという、複雑なアイデンティティクライシスはもっと魅力的に掘り下げられるべきだった(ちなみにロキがバイセクシャルを公言したことに反発の声が上がっているが、神話の神がヘテロなワケがない)。
ようやく(わずかに)心を動かされたのは第5話、オールドロキの登場だ。

 次元の間でロキが出会うことになるこの年老いた自分はコミックに準拠した全身タイツにマントという、実写にすると恐ろしくダサい格好で、これを名優リチャード・E・グラントが活き活きと演じている。トム・ヒドルストンはロキの役作りの1つとしてグラントの『ウィズネイルと僕』を挙げており、グラント自身もいつかヒドルストンとの“親子役”を希望していたという。
 このオールドロキは『インフィニティ・ウォー』でサノスに殺されたフリをして実は瓦礫に化けており、その後は姿をくらまして銀河の果てで孤独に暮らしていたという。ところが数十年経った後、ふと兄ソーはどうしたかと思い、星を出たばかりに時空警察によって次元の間へ送られてしまったのだ。そう、彼こそが僕たちの知るロキではないか!


【“映画好き”にとってのMCU】
 “神聖時間軸”について理解できているかどうか怪しいし、ここで詳しく書く気はない。フェーズ4では"マルチバース”がテーマとなるらしく、早くも予想ファンダムは加熱している。
 しかし僕のようなコミックファンではない、“映画好き”のMCUファンにとってMCUの魅力とは豪華なオールスター映画である事だ。クリス・ヘムズワースやエヴァンス、プラットら新進スターの登場はハリウッド映画を見続ける者にとっての醍醐味であり、ロバート・ダウニーJr.やマーク・ラファロといった演技派による活気あふれるアンサンブルにはいつも心躍った。

 一方でスカーレット・ヨハンソンやジェレミー・レナー、ポール・ベタニーといった中堅演技派スターのキャリアを10年以上に渡って拘束し続ける功罪も無視できない。彼らはMCUのヒットによって出演作を選べるスターバリューを得たかも知れないが、役者にはその年齢でしか表現できないものが必ずある。彼らがMCUに出ていなければ、いったいどんなキャリアを積んだのか…これは確かめようのないマルチバースだ。俳優にとっての10年は決して短いものではない。

 この危惧はトム・ヒドルストンにも感じる。2011年『マイティ・ソー』でのブレイク後、英国俳優らしく舞台にも軸足を置き、ナショナル・シアター・ライヴ『コリオレイナス』ではシェイクスピア劇で名演。TVシリーズ『ナイト・マネジャー』で滴り落ちんばかりの色気を放ち、次期007と目されるほどの人気を得た。スターとしての華が増す一方、40歳を迎えた彼にスーパーヒーロー映画とのミスマッチを感じ始めたのは僕だけだろうか?MCUデビュー当時のギラつきはなく、まるで熟練コスプレーヤーのようなくたびれぶりである。今後のキャリアのためにも『インフィニティ・ウォー』で卒業すべきだったのではないか?

 彼を囲んでサッシャ・レイン、ググ・バサ・ロー、ウンミ・モサクら演技巧者が揃ったが、いずれも本来の持ち味を発揮するには至っていない。僕はオーウェン・ウィルソンが出てくるだけで嬉しくなる性格だが、彼1人にアンサンブルの活気を期待するのは酷な話だろう。


【在り続ける者】
 サプライズは最終回に登場する黒幕、“在り続ける者”に分したジョナサン・メジャースだ。彼こそがフェーズ4のメインヴィランと目される征服者カーンの別次元の1人であり、メジャースは『ザ・ファイブ・ブラッズ』『ラヴクラフトカントリー』と話題作の続く旬の俳優ならではの存在感で魅せてくれる。
だが作劇がそれに応えているとは言い難い。在り続ける者の説明ゼリフに費やされるそれからは本作が“自由意志と決定論”についての物語である事がわかるが、この話は近年『ウエストワールド』で既に3シーズンもやり尽くされている。ポップカルチャーの地平を切り開いてきたMCUがこうも明確に後発に回ってしまうというのは、ちょっと寂しい(しかも『ウエストワールド』を超えていない)。

 『ワンダヴィジョン』の最多タイ23部門のエミー賞ノミネートが発表された夜、最終回を迎えた『ロキ』では壮大な“マルチバースウォー”の始まりが高らかに告げられ、僕はいったいどこまで付き合うのかと軽い徒労感を覚えた。そうして『ロキ』はMCUのTVシリーズとして初めてシーズン2への継続をアナウンスし、幕を閉じるのである。


『ロキ』21・米
監督 ケイト・ヘロン
出演 トム・ヒドルストン、ソフィア・ディ・マルティーノ、オーウェン・ウィルソン、ググ・バサ・ロー、ウンミ・モサク、サッシャ・レイン、ジョナサン・メジャース

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