長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』

2021-05-08 | 海外ドラマ(ふ)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※
 さすがにあのトリッキーな『ワンダヴィジョン』の後ではサムとバッキーのデコボココンビによる痛快バディアクションを予想したが、こちらもさらに突っ込んだテーマを持つMCU屈指の重要作であった。

 『アベンジャーズ/エンドゲーム』でキャプテン・アメリカ=スティーブ・ロジャースから星条旗カラーの盾を受け継いだファルコンことサム・ウィルソン。しかし彼は2代目キャプテン・アメリカを襲名することなく盾を政府に返還してしまっていた。ウィンター・ソルジャー時代のトラウマ治療を続けているバッキーは友の意志を無下にしたサムを許すことができない。一方、「サノスの指パッチンによって半減した世界こそ理想」と標榜するテロ組織”フラッグ・スマッシャーズ”が暗躍。ファルコンとウィンター・ソルジャーは渋々コンビを組み、彼らを追うことになる。

 『ハンドメイズ・テイル』などのTVシリーズでエピソード演出を務めてきたカリ・スコグランド監督が全話を担当し、全体のトーンはルッソ兄弟が監督した『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のリアリズム志向を継承している。そして『ワンダヴィジョン』同様、アクションスケールは映画そのままに、語りのペースはPeakTVの諸作同様、複雑で腰の据わったトーンだ。第1話巻頭こそファルコンのスピードを活かした高速戦闘シーンで魅せるものの、そこからはグッとペースを落とし、各人のドラマを掘り下げていく。

 『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』で驚かされるのはサノスの指パッチンから5年の間、世界中で起きた現象が詳細に語られていることだ。おそらく世界人口の半減により、各国が経済的デフォルト状態に陥ったことは想像に難くない。フラッグ・スマッシャーズのリーダー、カーリの言葉によると国境線は消え、世界は共通の問題に立ち向かうべく協調路線にあったという。ところがアベンジャーズの活躍により消し去られた人々が突如、復活。それは世界の対立軸をも蘇らせてしまう事となる。

 ”世界が共通のイシューを抱えている”という景色は現在のコロナ禍そのものであり、さらに本作はMCUとして初めてBlack Lives Matterに正面から向き合っている。サムの生まれはアメリカ南部ルイジアナ州であり、彼は漁師の息子だった。姉が女手1つで稼業を引き継いだが経営は厳しく、老朽化した漁船を修理する資金もままならない。サムは銀行に融資を頼みに行くが、サインこそ求められても金を工面する事は叶わなかった。サムは政府の”業務委託”戦闘員に過ぎず、実家を経済的に救うこともできないのだ(アベンジャーズで食えていたのは社長だけだったのか!)。

 『ワンダヴィジョン』でワンダがメンタルヘルスの問題を抱えたマイノリティであったように、ここではサムが黒人という人種を背負ったマイノリティとして描かれる。第2話で登場するのがかつて朝鮮戦争でスーパーソルジャーとして戦った退役黒人兵イザイアだ。キャップ同様、国家に作られながらも戦後にその存在は抹消され、彼はスラムで孤独な日々を送っていた。アメリカは第2次大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争など大戦の度に”アメリカ国民”として黒人たちを徴兵しながらも、その一方でアメリカ人としては認めてこなかったのである。昨年もスパイク・リーが『ザ・ファイブ・ブラッズ』でこれを糾弾しており、今なお根深い問題だ。果たして白人達が国威発揚のために創ったアイコン”キャプテン・アメリカ”を、黒人のサムが継承することは正しいのか?

 悩めるサムの対称として現れるのが官製2代目キャップのジョン・ウォーカーだ。カート・ラッセルの息子、ワイアット・ラッセルが好演する彼は大きな大志を抱き、フラッグ・スマッシャーズ壊滅の任に当たるもやがて盾の持つ大きな力に魅せられ、バランスを崩していく。キャップの盾が血にまみれる第4話タイトルは「The Whole World Is Watching」(世界は見ている)。アメリカ国旗を掲げた者達が国内で分断され、互いに血を流し合う現在、MCUはヒーローとは肉体から成るのか、それとも高潔な魂から成るのかと問いかける。時代の折りに触れ、何度も内省するのは”アメリカ映画”の伝統だ。

 サムは言う「オレにはスーパーパワーも強靭な身体もない。オレにあるのは唯一、人を信じる心だ」。新たなキャプテン・アメリカの戦闘スタイルを見てほしい。盾を振るい、敵を倒すだけではなく、彼は盾で守り、時に盾で相手を受け止める。そしてカーリ達の唱える「世界は1つ、人は1つ」という合言葉が尊く響く。2020年代もMCUはエンターテイメントの最高峰であり、そしてこの困難な時代を鋭く描き続けていくのである。
 

『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』21・米
監督 カリ・スコグランド
出演 アンソニー・マッキー、セバスチャン・スタン、ダニエル・ブリュール、エミリー・ヴァンキャンプ、ワイアット・ラッセル、ジュリア・ルイス=ドレイファス

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